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【VI】

 鈴音は扉を閉めた後、ドアの横に付いているモニターに視線を流した。

 しゃがみ込み、暗証番号を入力して1センチほどのメモリカードを取り出す。

 それをジーパンのポケットにねじ込んで、次の目的地へと向かった。

 

 

「おう、台は空いてるぜ」

「ああ」

 

 

 鈴音が来たのはSIDには数少ない電化製品を取り扱っている店だった。

 最新の最薄PC、中古の電話機など割と品揃えが豊富である。

 鈴音はそれらを無視してさらに奥へと足を進めた。

 最新式のノートパソコンが数台、テーブルの上に置かれている。カラー印刷機付きだ。用があるのはこれ。

 40分使用で銀貨5枚。ぼったくり極まりないが、しょうがない。その分の金は用意してある。

 

 パソコンを立ち上げ、メモリカードを差し込む。

 昨夜の映像が見事に残っている。

 滅多に使わない監視カメラのスイッチを昨日に限って入れといたのは正解だった。

 暗視機能付きだから、暗闇なんてお手の物。

 ちなみにこれを作ったのは電気屋の社長……と言うべきだろうか。

 早瀬とゆいなだ。 この二人はこのようなものを作り出す腕だけは突出している。

 余談だが、これもSIDでは珍しく、この二人は仲の良い新婚夫婦だった。

 

 しかし、暗闇を取り払ったとしてもあの青い瞳は黒に身を包んでいた。顔もよく見えず、性別さえも判断し難い。

 それ以前にこれは本当に生身の人間なのかも怪しいのだ。

 アップした映像を静止画に加工してプリンターにまわす。

 角度を変えて何枚か印刷し、夫婦に金を払って電気屋を後にした。

 

 

「何も手がかりなし……か。期待が外れたな」

 

 

 無感動にそう呟いて、夕飯でも買っていこうと商店街の方へ足を進めた。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 秋也がシャワー室から出てくると、汐里が部屋の中をせわしなく歩きまわりながら片付けをしていた。

 それは秋也の自室にも手が及んでおり、思わず頭に血が上る。

 

 

「勝手なことしてんじゃねえよ」

 

 

 威嚇の声を発して汐里に近づいた。汐里は驚きと僅かな恐怖で両手に持っていた本を取り落とす。

 びくびくとしたその姿はか弱い小動物のようだ。

 ちっ、と舌打ちをして本の埃を払い、テーブルに乱暴に投げ置く。

 

 

「何でそんなに怒るんですか……?」

 

 

 汐里がぽつりと呟く。それに対して秋也は溜息をついた。

 

 

「ものを勝手に動かすな。おれはそう言ってるんだ。この家の所有者は鈴音だぜ。客人のお前には何もする権利はねえだろ。無駄にものを動かされると落ちつかねえ」

 

 

 幾分声を抑えながら話すと汐里は目を見開いていた。何を言っているのか理解できていないようだ。

 秋也が更に言い募ろうとしたとき、汐里が口をゆっくりと開く。

 

 

「そんなに今の状況が変化するのが嫌なんですか? 掃除なんて誰でもするでしょう?」

 

 

 部屋のことを言われている。それはわかっているのだ。しかし、頭では違うことを考えてしまっていた。

 汐里に自分の中にいつも身を潜めて隠れている、ただ一つの恐怖を暴かれた錯覚を覚えた。

 一瞬意識が飛んだように足が凍りつく。

 数秒で覚醒した意識にあるのは目の前にいる自分とは違う純粋無垢な少女に対する、混じりけのない怒りだけだった。

 理性が警告を発する。殴ってはいけないと。

 それに対し、本能が叫ぶ。

 汐里(こいつ)を自分の前から追い出さなければいけないと。

 そうしなければ、あの時のような恐怖が、絶望がまた姿を表すかもしれない、と。

 

 

「ふ……ざけるな……っ!」

 

 

 ひゅっ、と耳元で自分の拳が通り過ぎる音がした。本能には逆らってはいけない。信じられるのは己の直観だけ。

 今は躊躇わずに、目の前の敵を削除するのみ。

 汐里が小さい悲鳴を漏らして一歩後ずさる。

 

 

「秋也、やめろ」

 

 

 無機質な声が暴走を止めた。声のした方に緩慢な動作で首を向けると真っ黒な瞳がじっと秋也を見透かしていた。

 ぽたり、と乾いていない髪の毛から滴が垂れる。

 次いで顎から一筋の冷や汗も同時に床に落ちた。

 乱れた呼吸が煩い。

 秋也は鈴音に何か言おうとするが口をつぐみ、振り上げていた手をさげる。

 

 

「2人とも座れ。話がある」

 

 

 何もなかったように振舞われて逆に安心した。秋也は不様な醜態をさらしてしまったことに羞恥を覚える。

 たぶん、鈴音は何も問いただしたりはしないだろう。

 そういう奴だ。

 

 2人が座ると鈴音は脇に抱えていた写真をテーブルの上に置く。

 昨日の写真か……。

 

 

「電気屋で印刷してきたのはいいが、結局なにも手がかりはなしだ。こんな格好されたんじゃ男女区別もつかない。それに、正常な人間であるかも怪しい」

「どういう意味だ?」

「それはこれから見る昨日の映像でわかるさ。汐里、部屋の電気消せ」

「はい」

 

 

 鈴音愛用のノートパソコンにメモリカードを入れると壁に映像が投影された。音声を出していないのであたりは沈黙に包まれる。

 ある場面で鈴音は映像を停止する。

 

 

「ここ、よくみろ」

 

 

 アップにした映像から読み取られたのはあの伸縮自在の指。

 それに呆気にとられて秋也と汐里は眼を大きく見開いた。

 

 

「これ、合成獣(キメラ)ってやつじゃねえか?」

 

 

 合成獣。

 それは今、政府内部で秘密裏に開発されていると噂のものだ。

 まだ成功が報道されてはいないが、外野の一部がその開発代に大いなる貢献をしていると聞く。

 

 

「……その可能性もあるが、理由がない。それに形が人間そのものだ。まだ開発段階でここまで精密なものを作ることができたのも考えがたい。合成獣ではないだろうな」

 

 

 それまで黙っていた汐里がおもむろに口を開いた。

 

 

「これ、外野にも度々出現していました」

 

 

 その言葉に鈴音の瞳があやしく光を帯びる。

 

 

「どういうことだ?」

「私、ここに来る前はご婦人のメイドを職業にしてたんです。その時、うっかり耳に入ってしまった話なんですが、ここ一か月の間に外野での犯罪行為が急に増加してきたんだそうです。それに頭を悩ませた政府が何らかの手を使い、犯罪数を激減させたと。それは真っ黒の姿をし、青い目を持ち、超人的な能力を携えた人間なのだと……」

「お前も見たのか?」

「いえ、私は一度も。ただ、奥様が助けてもらった経験があって、自慢げに私に話されていました」

 

 

 鈴音は足を組み、なにやら深い思索に没頭しているようだった。

 静寂。

 風が窓を揺らす音だけが響く。しばらくして鈴音が組んでいた足をほどいた。

 汐里がその動作に見入っていることが分かる。

 確かに鈴音は他の人はあまり持っていないような、独特の雰囲気を持っている。

 綺麗、艶やか、端整。どれも鈴音の前では色あせてしまうような。

 

 

「秋也。おれの肩に刺さっていた触手、まだ残ってるか」

「とりあえずどうしたらいいかわかんなかったからペットボトルに入れて冷蔵しといた。出すか?」

「ああ、頼む」

 

 

 返事をして立ち上がる。

 汐里も手伝おうと腰を浮かせたが、片手でそれを制し1人で取りに行く。

 その後ろで鈴音が汐里相手に不審な質問をしていた。

 

 

「お前、昔、姉がいなかったか?」

「姉……ですか」

 

 

 汐里は記憶をたどるような仕草をする。

 やがて申し訳なさそうに小さく首を振った。

 

 

「いないと思います。両親からもそんな話はされたことありませんし……」

「そうか、ならいいんだ」

 

 

 鈴音が汐里から興味をなくしたように視線を外す。

 再び、秋也の心にモヤモヤとした黒い疑念の感情が襲った。

 何とか落ち着かせようと首を左右に振って冷静を装い、ペットボトルを取り出す。

 

 

「……っ、気味が悪いな。何だよ、これ……」

 

 

 狭い中で謎の触手は静かに息づいていた。小さな気泡を浮かべて、生命を主張している。

 思わず、手を離し鈍い音がしてペットボトルを落としてしまった時だった。

 

 ぷしゅっ!

 水の入ったペットボトルが内側から壊れた。否、壊された、と言う方が正しいかもしれない。

 檻から出た触手は秋也の頬を掠め、後方の窓を破ってあっという間に出て行った。

 

 

「どうした?」

 

 

 音を聞きつけて、鈴音がキッチンに姿を現す。

 一瞬の出来事であまり脳が上手く作動しない。肝心な時に役にたたない脳みそを軽く疎ましく思う。

 

 

「いや、おれもよくわかんねえ。ただ、わかったのは……。あの触手が生きていたことだけだ。悪い、驚いたら床に落としてそしたら、ペットボトル突き破って逃げた……」

 

 

 ところどころの語尾がたどたどしくて、なんとも分かりにくい状況説明になっている。

 だが、それでも衝撃を与えるには十分な事実が伝えられていて、3人には中身のない沈黙が、おりた。

 

 

 

 *****

 

 

 

 鈴音は今、手作りの地下室に引き籠っていた。

 あの後はただ鈴音が誰にも口外するな、と口止めしただけでもう二人は寝息をたてている。

 

 

「くそっ」

 

 

 珍しく、苛立って思わず誰も居ない空間に悪態をついた。

 キャスター付きのイスの上で膝を抱えてその中に顔を埋める。

 ここは鈴音だけの空間だ。

 畳5畳分ほどの地下室は鈴音が一人でいたいときによく居座る場所だった。

 キャスター付きのイスとデスクしか置いてあるものはないが、誰も入らないように指示してあった。

 

 ──あれの正体はなんなのか。

 

 さっきからそればかりが脳を支配している。

 おそらく犯人であろう者が一名だけ胸の内をよぎったが、そのはずはないと否定したかった。

 

 

(あの人は、愛情表現の仕方こそ歪んでいるものの、確かにおれを愛していた。あの人はこんなことはしないはずだ……)

 

 

 顔を苦悶に歪めて肩を震わせた。

 自分はこんなにも弱い人間だっただろうか。

 

 膝から頭を離し、鈴音は己の上半身を見下した。

 ……女の、身体。

 それがひどく艶めかしいものに見えた。

 筋力トレーニングをすることで腹筋こそ男のように割れてはいるものの、それ以外はれっきとした女の身体だった。

 戦闘場面に陥った場合、男の体よりも小柄ではあるが女の身体ならではの強みもあり、それに感謝したこともあったが、やはり力では敵わない。

 女だというだけでこれだけのハンデ。

 

 様々な危険と隣合わせの生活を強いられると理解していながらも男として生きる道は捨てられなかった。

 女として生活していれば今の生活よりは楽なものになっていたのかもしれない。

 脱ぐことについてそれほど抵抗はなかったのだから、むさ苦しい変態に身体を差し出していれば、金貨は今の二倍は稼げる。

 

 実際のところ、今の状態はさらに厳しくなってきている。

 自分が女だという噂が流れているのだ。

 その噂を聞きつけた女がわざわざ鈴音の胸に手を触れたこともある。

 その度にあらゆる手段を使ってバレないようにしてきたが、そろそろ限界か。

 

 急げ。

 疲れ果てている心身に叱咤する。

 急ぐんだ。

 もうあまり時間はない。

 早くあの人を見つけて、ありのままの体を。

 鈴音は再び膝に頭を沈ませ、一度だけ身を震わせた。

 

 そして、小さく呻くように呟く。

 

 

「凛々亜……」

 

 

 誰も居ない、真っ暗な闇にその名は、弾けた。


やっと第一章、終了です。

思ったよりも長くかかってしまいました^^;

ここまでお付き合いして頂いてありがとうございます。



次からは謎に少しづつ近づいていく予定ですので

ぜひ読んでみてくださいね(^ω^)

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