【V】
「さて、昨日のことを聞かせてもらおうか」
尋問のような口ぶりに汐里は身を固くした。
否、尋問に近いものがあるかもしれない。
汐里は今、鈴音の家のテーブルで二人とむきあうような形で座っていた。
「お前は明らかに怪しすぎんの」
秋也が皮肉をたっぷりと含めた口調で言う。秋也のその態度に鈴音は軽く頷く。
「それに、営業妨害でもあるな。この体じゃ仕事にも行けやしない」
「え、仕事って何してるんですか?」
「知りたいのか?」
聞き返された。
汐里は瞳を大きく開いてわずかに身を乗り出した。気になる。この少女がどんな生活をおくっているのか。
「はい。知りたいです」
「……秘密」
話をはぐらかされた気がしたが、鈴音は見向きもせずに話を進める。
「それはそうと、何でおれに助けを求めた?」
一番の疑問はそれだということに汐里は気づいた。。
なぜ見ず知らずの鈴音に助けを求めたか。見放されてしまう可能性も十分にある。しかし、汐里には鈴音以外に頼れる人物がいなかった。あのまま、殺されてしまうのがいやだった。必死で逃げてきて居たらいつの間にか鈴音の家の前に来ていたのだ。あの化け物は汐里がその扉をノックするのを待ちわびているかのように、襲い掛かってはこなかった。
「まるで、誘導されているみたいだったんです。鈴音さんの家に」
「誘導?」
「はい。私は足が遅くてとろいから、あの化け物にいつ追いつかれてもおかしくなかったんです。けれどそうされなかった。明らかに手を抜かれていたような気がして。私に手を出してきたのも鈴音さんが家から出てきてからです」
鈴音は視線を汐里から外し、じっと考え込んでいるようだ。ギイギイと古びたイスが軋む音が部屋に響く。
窓の外は風が強く、窓はガタガタとうるさく騒いでいる。この雲行きから見て、午後には雨が降りそうだ。
がたん
鈴音がおもむろにイスから立ち上がった。薄手の上着をつかんでドアに手をかける。
「質問は一旦お開きだ。おれは少し野暮用で出かける。帰りに何か食いもんを買ってくるからそれまでは家のものは勝手に食べるなよ」
振り向きざまにちらりと秋也に意味ありげな目配せをして、静かにドアは閉まった。
二人だけの室内にチリ、と小さな緊張が走る。
汐里は遠慮気味に秋也を見て、小さく喉を鳴らした。そして俯き思想にふける。
この少年が自分のことをよく思ってないのは明らかだった。朝も汐里のことで些細な喧嘩をしていた。
扉に遮られて中身はよく聞き取れなかったが、自分の名前と苛立ちを含んだ秋也の声だけは聞こえていた。
悪いことをしてしまっただろうか……。
しかし、もう宿泊代も払ってしまったのだ。この家を出て行きたくはない。
自分の全財産、金貨6枚はすでに宿泊代金として鈴音が持っている。
6日間の間に仕事と住居を見つけなければ。
しばらくお互いが無言の時を過ごしたが、先に口を開いたのは汐里だった。
沈黙に耐えられなくなったのだろう。
「り、鈴音さん大丈夫でしょうか?怪我をしたまま外出しましたけど」
気のせいだろうか。
汐里が話しかけた途端に視えそうなほどの不機嫌オーラが立ち上ったような気がした。
話しかけたと言うのに顔も汐里に向けようとはしない。
「シャワー浴びてくる。せいぜい大人しく待ってることだな」
返事を返す間もないまま、秋也は奥にあるシャワー室にドカドカと足を鳴らして消えていってしまった。
1人になってしまった汐里はまだ整理ができない気持ちの置き場所をなくして、当たりを見渡す。
キッチンも今いる部屋も読みかけの本やら食べ終りの食器やら段ボールがだらしなく散らかっている。
心持ち几帳面な汐里はこれを何とか片付ようと動きだした。
*****
くそ、調子が狂う。
あの汐里と名乗った少女が無償に腹立たしい。
乱暴にシャワーのノズルを回し、熱い湯を頭からかぶりながら秋也は
完全に己を見失ってしまっていた。
SIDなんかで助けを求め、鈴音に傷を負わせたことも苛立ちの原因の一つ。
しかし、一番は汐里に対する鈴音の接し方だ。
秋也がいる時こそ、冷たく突き放すような言動をしていたものの、夜中での怯えていた汐里を慰めるような態度が気になった。
自分が記憶する限り、鈴音が他人相手にあんなに優しげな声を出すのを聞いたのは初めてのことだ。
あの少女のどこに鈴音は惹かれているのだろう。
本来は何事にも執着を持たない鈴音に一晩……いや、数時間であれほどに興味を持たせたあの少女は何者だ?
屈託のないただの世間知らず。
自分の目ではそうとしか感じ取れなかった。
わからない。
やつの考えが。
秋也は収まらない苛立ちに頭を悩ませるばかりであった。




