【III】
少し血などの表現がございます
青い瞳が闇に紛れたのを確認すると、鈴音は身体を引きずるようにして家の中に引き返した。
「しくじったか」
秋也のテノールの声が迎える。それに対して鈴音は薄く笑っただけで何も答えない。
「……刺さってるやつ、抜いてほしいんだけど。結構、痛い」
「結構じゃねえだろ。ったく、ここに寝ろ。手荒くするぞ」
示されたベッドに仰向けに寝転がる。パサっと布が落ちる音がしたのは秋也がタオルを取り出したからだろうか。
「いくぞ」
掛け声とともに今日で何度目かの激痛が体内を駆け回る。喉の奥で殺しきれない呻き声が絡まった。
「女! タオルとれ、タオル!」
抜いた途端に真っ赤な血液が肩口からあふれ出すのを感じた。それを前もって用意しておいたタオルで秋也がきつく止血する。
「えっ」
「1枚じゃ足りねえんだよ!早く!」
ばたばたと足音が聞こえて少女が慌ててタオルを取り出すのが横目で見えた。
──本当によく似ている──
艶のある栗色の髪の毛も、小さい華奢な身体も。しかし、今は感傷に浸っている場合ではないのだ。それは十分すぎるほど理解していた。
目の霞むような痛みの中で感傷に浸るなんてどうかしている。自分らしくない。
「痛っ!」
いきなり降って来た熱い痛みに身をよじった。
「秋也……お前、麻酔は? 消毒液の原液そのままかけやがって」
「しょうがねえだろ。麻酔は今切らしてんだ。それより…この傷何かおかしい。毒でも塗ってあったのか? 血が止まる気配がまったくしねえ」
「ふん。毒が、ね。ずいぶんと用意周到で」
さっきから少し寒いと感じていたのはそのせいか。ショック状態を引き起こす前に止血できなければ失血死になりかねない。
こんなところで死ぬなんてごめんだ。
「止血剤は?」
「待て、今探してる。女! 早くしろ!」
叱咤の声が響く。少女がか細い声ではい、と答えた。
「口開けろ」
水と一緒に粒の止血剤が流れ込む。それを静かに飲み下して、力をこめていた手をシーツから離した。脂汗で前髪が額に張り付いて邪魔くさい。
止血していた少女の手を振り払って慎重に起き上がる。痛みに顔をしかめながらベッドに寄りかかり、吐息を洩らした。
貧血か。軽く眩暈がする。傷もだいぶ痛むし、今日は寝付けないかもしれない。
止血剤が功を成したのか、タオルを真っ赤に染めていた出血は収まりつつあった。貫通しているから縫っておいた方がいいのだろうが。
「今は針と糸もないから今日はそのままで寝ろ。明日には縫い合わせてやる」
傷口にガーゼを当て、少し黄ばんで古くなった包帯を几帳面に巻きながら秋也がぼそっと言う。そして秋也から目をはずし、ちらりと横に突っ立っている少女に目を向けた。
そう、問題はこいつだ。
だれだ?
「名前は?」
少女に問いかける。彼女は瞳を潤ませていた。泣きだすのかと思ったが期待が外れる。
少女はSID以外の裕福な場所で育ってきた。それが引っ越し早々あんな目に遭ったのだ。
当然泣きだすものかと思っていた。
「汐里……」
ぱらりとテーブルに置いていた本が捲れる音がして冷たい風が吹き込んだ。
「秋也、外に出るならドアを閉めろ。寒い」
「はいはい」
少しばかり不機嫌な声で返事をしてドアが閉まる。
「汐里って言ったか。お前、これからどうする?」
「え?」
「おれはお前を助けた。けど、ここはおれの家だ。はっきり言うようで悪いが、ここにお前の居場所はない」
「そ、それは」
「事実だろう? あてにしていた叔父も行方不明だ」
「じゃあっ、改めてここに居候させてもらえませんか?」
それまで床を睨んでいた瞳をあげ、恐る恐るといった体で鈴音を見た。
どうする?
自分自身に問いかける。汐里が足枷になるのは目に見えているのだ。
「無理だ。今回みたいにまたトラブルを持ちこまれちゃ困る」
「何でもします! だから……」
何でも、か。危険な言葉だな。それに、汐里とは関わらないほうがいい。
これは何の根拠もない、ただの直感だが。
「へえ。じゃあ、1日金貨1枚」
「えっ」
「宿泊料だ。おれも3人養えるほど裕福じゃないもんで」
汐里の顔が歪む。
肩にかけていたショルダーバッグを漁り、小さい財布を取り出した。それを鈴音の前に突き出す。
「この中に金貨が多分、6枚入ってます。私の全財産です。これで私を6日間泊めてください」
それを受け取りながら鈴音は溜息をつく。
厄介なことになってしまった。




