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【II】


多少、残酷な描写がございます。

 日が沈みかけたころ、鈴音はSIDの街中を歩いていた。

 仕事は支障なく進み、昼すぎには犯人を確保。結局は鈴音の読み通り、ライバル社の平社員だったのだ。

 今抱えている段ボールには新庄から報酬として受け取った、衣類と日持ちをする食糧。それに加えて、鈴音が山積みにされていた中からばれないように掠め取った毛布が3枚ある。腰には鈴のついた革袋に金貨が7枚と銀貨が5枚入っていた。金貨7枚は新庄からの報酬。銀貨5枚は犯人を捕獲した際にかすめ取ったものだった。

 煩い喧騒の中を1人で歩いていると、正面から思い切り人がぶつかってきた。尻もちをつくまでには至らなかったものの、少しよろけてぶつかってきた者をじろりと睨む。

 そこで鈴音は音をたてて固まった。

 

 

「凛々(りりあ)!」

 

 

 ぶつかってきたその少女は鈴音が知っている者の顔と酷似していたのだ。動揺しながら、尻もちをついていた少女を引っ張り起こす。

 

 

「へ、あ、凛々亜って……?」

 

 

 少女の驚いた顔を見て、火照っていた鈴音の脳が冷静に作動した。……別人だ。

 顔はそっくりだが、瞳の色が違う。凛々亜の瞳はブルーグレーだった。けれど、この少女の色は褐色。それ以外は本当に実物のようだが……。

 

 

「……悪い、人違いだ」

 

 

 俯き加減で素直に謝ると、その少女は慌てたように手を顔の前で振った。

 

 

「いえっ、平気です! あ、ついでと言っては失礼ですけど道教えてくれませんか?」

 

 

 にゅっ、と地図を差し出して笑う少女に鈴音は少々面食らいながら、ちらりと目を落とした。途端、疑念が頭を掠める。この地図が示している場所ってもしかして。

 

 

「おれの家に何か用か?」

「へ? ああ、そうなんですね! 丁度よかったです。そこに私の叔父が住んでいて、今日からお世話になります」

「お世話? おれには関係ない。それにお前の叔父はもう半年以上前から行方不明。よって、おれにあんたの世話をする義理はない」

 

 

 淡々と述べた事実に少女は茫然して固まった。鈴音はちらりと視線をくれただけで、声をかけようとはしない。両腕に抱えた段ボールを抱えなおしてゆっくりとその場を去った。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 黙って扉を開ける。 

 丈夫に作られた木の家が鈴音の家だった。秋也は先に帰っていたのか、部屋の中は暖かく、いい匂いが漂っている。

 

 

「思ったより遅かったな。どこかで油売ってたか?」

「……いや、変なやつに会って時間くった」

「ふうん」

 

 

 さしも興味なさそうに適当に頷いた秋也は炒飯の乗った皿を持って奥のキッチンから出てくる。米の焼けた香ばしい香りが二人の食欲を誘った。

 食べながら、今日の仕事の成果をお互いに言い合う。

 

 

「パン屋、どうだった?」

「大したことねえよ。報酬もたった銀貨5枚ぽっち。まあ、パンと小麦粉はいっぱいもらえたけどな。重労働だった割に合わないぜ」

 

 

 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。その様子を見て鈴音がくすりと笑った。

 

 

「そう怒るな。ここの住民にしては結構な儲けだろう?」

「そうだな。そっちは?久し振りの外野はどうだった?」

「金貨7枚と、毛布3枚、あとは、服と缶詰。捕獲した犯人から銀貨5枚も盗ってきた」

 

 

 それに、と鈴音は続ける。

 

 

「変わったな、外野は。閑散としている。前の煩さはどこに消えたんだか。不景気が呼んだ静けさってやつかな」

「けっ、あそこは静かなくらいでちょうどいいんだよ。仕事の上客じゃなかったらあんなところおれが滅ぼしてやるね」

「昔からそうだな、秋也は。全然変わってない」

「ほっとけ。性格だ」

 

 

 食器を片付けて、本棚から本を抜き出したとき、ドアがいきなり強く鳴った。誰かがドアを叩いている。

 誰だ?こんな夜中にこの家に訪ねてくる人の見当が全くつかない。

 

 

「助けて!」

 

 

 鈴音が反応した。忘れるわけがない。夕方にぶつかってきたあの少女だ。凛々亜に瓜二つの少女。助けて、だと?

 

 

「おい、お前の客か?」

「まあな。屋根から少し状況見てくる」

 

 

 ため息をひとつ付きながら屋根へと続く梯子をのぼった。外は暗い。鈴音の口からは真っ白な吐息が。梯子を上った先には凍てつくような風と闇。いくらSIDが南に位置している街でもこの時期にはこれくらいは冷え込むのだ。

 身を1回震わせて、鈴音は屋根から見下ろした。ドア付近には夕方の少女、その後ろにいるのは……なんだ?

 全身が真っ黒だ。闇に紛れてその顔は見えない。いや、青い瞳だ。光を放っているかのようにそこだけが黒に映えている。深い青。飲み込まれてしまいそうだ。

 少女が恐れているのはこいつのことか。

 そっと腰にさしていた小型銃を抜く。片手にはサバイバルナイフを。

 目標に向かって銃を撃った。乾いた銃声が響く。少女の背中がびくっと揺れた。弾は鈴音が狙った右腕に見事に命中する。

 

 

「なっ……!」

 

 

 鈴音は驚愕の表情を浮かべた。右腕には放った弾が貫通しているはずだった。本来ならば、血が吹き出し、相手はどんなに屈曲な者でも退くはずだった。しかし、弾丸は食い込んだまま威力をなくしたかのようにその場に留まる。

 こいつはなんだ? 人間じゃない。人間ができることではない。

 闇が突如切り開かれた。

 鈍く光沢を帯びた長い槍のようなものが鈴音の右肩を貫く。深く肩に食い込んだそれを引っ張られて体が傾いだ。

 世界が反転する。 いや、反転したのは鈴音自身。闇の中へ落ちていく。真っ逆さまに。

 いまさらながらに右肩から吹き出るような痛みを感じた。

 

 

「っ……!」

 

 

 屋根から叩き落とされた。息が詰まる。その上から肩口の激痛が波打つ。

 胸を激しく上下させながら目を開けた。見下ろしていた青い瞳が自分を見据えている。その背後には少女の姿。

 あいつはここにいてはだめだ。

 掠れた声を振り絞るようにして出す。

 

 

「中にいろ! 邪魔だ! 秋也!」

 

 

 青い瞳が鈴音の言葉に反応して今度は少女を捉える。

 少女に向かって手を伸ばす。 

 

 

「早く!」

 

 

 鈴音が再び叫ぶ。秋也の腕がドアから伸びて恐怖で体が硬直している少女を部屋の中に引きずり込んだ。

 次の獲物を見失った青い瞳は伸ばしかけていた腕を鈴音にかざす。

 目を見張った。

 そのかざされた手。長く、黒い指が5本揃っている。その指から自分の肩口を刺した物と同じ光沢があった。

 未だに右肩に突き刺さったままの槍を右目で辿る。

 それは確かに指から出ていた。自分の指を二倍にしたような太い指が伸びて、右肩に達している。

 今、自分にかざされている指もそうであった。

 伸びている。

 

 

「ぐっ」

 

 

 追い打ちをかけるようにもう一本の指が伸びて、右肩を抉った。息をつめ、自分が相手にしている人間離れしたものを凝視する。 

 


「くっそ……!」

 

 

 苦痛の中で呻いた。苦し紛れに左手に握られていたナイフを掲げ、刺さっている指に突き立て、思い切り押し込んだ。

 ぶちっ、と肉の切れる不快な音が聞こえる。

 青い瞳は半歩後ずさる。その隙を逃さずに鈴音は後ろに回り、後頭部に鋭い蹴りを食い込ませる。

 

 

「秋也!」

 

 

 屋根から秋也の放った銃が眉間に1発当たり、立て続けに胴、脚を容赦なく狙う。

 ぎゅう、と青い瞳が唸った。

 指がなくなった手で顔を覆い、闇へと逃げていく。何発もの銃弾が当たったにも関わらず俊足だった──……


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