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【V】


今回文章短めです

 

「失敗した。すぐにこれを渡しておくべきだった」

 

 

 そう言われて差し出されたのは、白色の携帯電話だった。小型な最新式のようだ。

 

 

「これは?」

「携帯電話だ。見ての通りな。それでこれからは連絡を取り合う。今日みたいな目はもうごめんだからな。それを常に持ち歩いてろ。そうすれば、あんたの位置が特定できる」

「特定って……。ペットや子供じゃないんですから……」

「ペットにしろ、子供にしろ、あんたにしろ、厄介だってことには変わりない」

「反論はできないですけどね」

 

 

 苦笑する。だが、ある疑問が汐里の脳内に浮かび上がった。

 今日で宿泊期間は終わったはず。なのに、何故携帯など渡すのだろうか。もしかしたら、これからもここに居ていいのか、という期待がよぎる。

 

 

「それと、これ」

 

 

 鈴音が差し出した紙袋の中に入っていたのは、前勤めていた屋敷で来ていたのと似たようなメイド服だった。首をかしげる。中に入ってる1枚のメモ用紙をみると、中条綾子邸中級メイドとだけ書いてある。中条という名は聞いたことはあった。何しろ、前の屋敷でも電器メーカー社長の美人秘書と噂があったのだ。

 

 

「中条の名は知っているな? 明日からお前はそこで働くことになった。契約内容も申し分ない」

「ええ? で、でも私住むところがないですよ?」

「ここに住んでもらっても構わない。またここにかけ込まれちゃ迷惑だからな」

 

 

 無表情で淡々と話す鈴音に思い切り頭を下げた。迷惑そうな顔で見られたが、気にはしない。鈴音のおかげで住む場所も就職場所も決まったのだ。しかも最初から中級メイドだなんて信じられない。普通はメイド専門学校を卒業したら初級メイドから始めるのだ。中級メイドになるにはそれだけの素質が必要になる。前の屋敷でもドジばかりやってしまって初級メイドにしかなれなかった。

 

 

「そんなことより、秋也はどこに行った?」

「あ、分かりません。結構前に出て行ってそれから帰ってきてないので」

「……そうか」

 

 

 苛立たしげに頷いた。何か用だったのだろうか?

 

 

「じゃあ、先にシャワー浴びてきます」

 

 

 若干高揚した気分を隠せずに、シャワーに向かう。このとき、汐里はあることを実行しようと決めていた。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 秋也は木枯らしの吹く中に身を潜めていた。

 眼下に広がるのは、無数の飢えた子供たち。何とか今日の分の食糧を手にしようともがき苦しんでいる。物乞いの子もいれば、盗みに走る子もいる。ごく稀には自分の肉まで喰らおうとする子供もいるが、それは最後まで生へしがみつこうとする者だけだろう。大半の者は最後は諦め、せめて楽に死ねる方法を探す。

 秋也も、その中の1人だった。さして自分の命にさえ興味を持たず、このまま死ぬなら死ねばいいと思っていた。母親に食べ物を盗ってこいと言われ、失敗すると殴られるよりは死んだ方がマシに思えていたのだ。死への憧れ、欲求。それが子供の頃の秋也のすべてだった。それが、変化したのは……。

 

 

「ここに顔見せるなんて久々じゃないか」

 

 

 背後から聞きなれた声が聞こえた。振り向くと伸びっぱなしの髪の毛にもじゃもじゃの髭面の老人がいた。

 

 

「……何だ、じじい。まだしぶとく生きてんのか?」

「お陰さまでな。最近仲良くなった外野の嬢ちゃんが食べもんを与えてくれるものでのう、助かってる」

「けっ。あんたも元気なもんだな」

 

 

 軽口をたたく秋也の目には少しだけ穏やかさが見て取れた。

 じじい、と呼ばれたこの老人は名を(おきな)と言う。だが、それは周りの人々が便宜上つけた名前であり、本名ではない。翁はまだ誰にも自分の名を明かしてはいなかった。

 何者なのか分からない老人だったが、秋也はいつしか翁と仲良くなり、今では顔を合わせれば世間話をする仲でもある。

 翁はずいぶん前から、このスラム街のようなSIDの一画に住みつくようになった。

 

 

「お前さんも逞しくなったな。見違えたものじゃ。若者らしい力を感じる」

「心にもないこと言ってんじゃねえよ。お世辞はあんたには似合わないぜ」

「お世辞じゃない。褒め言葉くらい素直に受け取ればいいじゃろう?」

「余計なお世話だ」

「そうじゃ、お前さんに情報がある」

 

 

 急に翁は周りをはばかるように声を潜めた。秋也もその声を追って耳を傾ける。

 

 

「裏の政府が何かよからぬことを考えているようじゃ。恐らくは、鈴音という少女について。この前の襲撃も政府の手が回ってると考えた方がいいじゃろうな。お前さんも気を付けてな。うっかり、命を落とさぬように」

「気に入らねえな。鈴音と政府、どんな関係だってんだ。検討がつかない」

「そこまではまだ調べられてはおらん。分かり次第伝えるようにするが……。目を付けられるような動きは慎むんじゃぞ」

「わかってらぁ」

 

 

 秋也は一瞬だけ目を足元に移し、その場を離れた。早足で家へと向かおうとする。その背には焦りと不安が感じられる。

 翁が黙秘した、もうひとつの重大な情報を取り残したことも知らずに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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