お嬢様の休日開けの楽しみ
ある日の休日ストルス王国アンバー公爵にて一人の少女が退屈そうに小説を読んでいた。
「…ねえ、シュバルツ…?私の現状ってこの恋愛小説の悪役令嬢なんじゃないかしら?」
パラパラと普段は読まないような小説を気怠そうに眺めている。
「え、今更気がついたんですか?」
少女の従者と思われる黒髪の青年が意外そうな声で言う
「どういうことよ、あんた知ってたの!?」
少女は驚いた表情で勢いよく顔をあげる
「そりゃあ巷で流行ってる小説ですからね。幼い女の子から貴婦人まで大人気です。お嬢様もどこかで聞いたからそんな普段読まないようなものに手を出してるんでしょう?」
青年は本から顔を上げた主人のためになれた手付きで紅茶を入れる。
「まぁね。この間のお茶会でちょっかいかけてきた令嬢がね、私がこの小説の悪役令嬢にそっくりなんですって。殿下に振られるのも時間の問題なんだとか」
少女は青年が入れた紅茶に口をつけ、満足そうに微笑みを浮かべる
「その人よくお嬢様にそんなことないと言えましたね…
まぁその小説下剋上ものですからね高位の貴族から婚約者を愛の力で奪い取る的な」
青年は主人の満足気な顔を見てお菓子は何にするかと思考を巡らせる。普段から甘党でこだわりの多い主人のため、いくつか候補を用意してある。
「そうなのよ。なんでこんなものが流行ってるのかしら?そしてなぜこの寝盗られた女性が悪役なの?普通に浮気じゃない。」
心底理解できないという表情で疑問を呈す
「まぁそうなんですけどね。してやった感があるんじゃないですか?」
結局マドレーヌにすることにに決め、オレンジピールの入ったものをチョイスする。
「意味がわからないわ
自分がされて嫌だと思わないのかしら?」
基本的に良識的なお嬢様である少女は何故浮気を正当化し、しかも取られたほうが悪く言われているのか分からなかった。確かに小説ないで嫌がらせをしているが浮気と紛う行為が先ではないか
「まぁあれですよ。この国だとお嬢様より上の女性ってあまりいませんから実感がわかないのではないですか?」
主人の言うことはもっともだと思いながらも多少この小説の面白さも理解できてしまう青年は困ったように返答する
「あら、そんなことないわよ。お母様や王妃様がいらっしゃるわ」
少女は自分より身分が上の女性を思い浮かべる
「だからあまり、なんですよ。少なくとも恋敵ではいないでしょう?」
「まぁそれもそうね。」
少女は青年の言葉に納得したのか用意されたマドレーヌに口をつけ、一瞬美味しそうに顔お緩めるが、思考を巡らせ始めたのか微妙な表情で咀嚼する
「だからといってこういった貴族のしきたり全否定の小説が流行るなんて…これは問題だわ
取り締まったほうがいいのではないかしら」
「まぁ普通はそうなんですけどね
今は時期が悪いといいますか。皇太子が率先してやっているようなことなのであまり公にやると目をつけられると思ってるんじゃないですか?宰相様あたりが苦笑というか激怒しているのが目に浮かぶようですよ。」
青年は普段は穏やかだが怒るととても怖い宰相閣下の顔を思い浮かべ、幼少期小さな主人に連れられ興味の赴くまま城内を探検し、結果怒られたことを思い出した。
「そうねぇほんとに何をやっているのかしら。というかなぜ私は浮気をされているのかしら?私ほど美しく可憐で頭脳明晰な女性もいないというのに。」
少女はまるで当たり前と言うように自分を褒め称える
確かに少女はとても美しく、生まれ持った顔以外にも努力の人であったがための体型や、つや、頭脳がある
「美しく可憐は否定しませんが頭脳明晰はどうでしょう?」
青年はこれまでのお嬢様の学園の我が道を行く生活を思い浮かべ、苦い表情で言った。
「あら、私は今期学園でトップでしたのよ。」
少女は自慢するように豊満な胸を張る
「ほらお嬢様はあれですよ。頭のいいバカ。おっといけないなんでもありません。」
「そこまではっきり言ったら取り繕うも何もないと思うのだけど。」
青年の無礼な言葉も普段通りと聞き流す
「とにかくお嬢様はあまり下々のものの気持ちがわからないところがあるんですよ。」
青年はお嬢様は人の上に立つ性格であり、尊敬されやすいとも思うが並び立ちたい、負けたくないと思う相手にしてみると相手にされていないと思われがちになる。実際はそんなこともないのだが、さっぱりし過ぎなのか勝負と思っていないのか相手には伝わらない。
「そんなことないわよ
私慰問には積極的だし平民の食堂でご飯を食べるのも好きよ」
前回街で食べた親子丼を思い出し、普段は家で食べられないがとても美味しかったこのメニューを何とか両親に認めされることはできないかと算段を巡らせる。
「んーなんというか…悔しさとかメンツとか男心とかですかね」
きっと言ってもあまりわからないだろうなと思いながら一応周りの気持ちをそれとなく伝える
「はぁあまり興味はないわ
そもそも政略結婚なのだから最初から思い合っているわけではないのに…こういうのは互いの努力でしょう?」
自分だって殿下のことを調べて好感を持てるように努力しているのに…とあまり見つからない長所に辟易している少女がため息混じりにことばをこぼす
「お嬢様にしてはまともなことを」
普段の協調性を辞書で調べて来てくれないだろうかという少女の態度からは想定出来ない言葉に失言をもらす
「にしてはって何よ失礼ね」
これはほんとに驚いてるなと今まで殿下のことを調べていたことは知っていたはずなのになんだと思っていたのだと苦言を呈したくなった
「いえいえ、実際、お嬢様は寛容でいらっしゃるしきちんと向き合えば好きになれると思うんですがね」
青年は少女が考えていそうなことに何か殿下の弱みを握るつもりだと思ってました。と心の中で返答し、率直な感想を述べる
「あらいいこと言うじゃない
今夜の食事は期待していいわよ」
興が乗ったので先に使用人の賄いを親子丼にしてあげようとニンマリと微笑む
「っしゃ!ありがとうございます
とにかく出会いが悪かったんですよ。最初からお嬢様のほうがなんでもできてましたし。昔はなんというか…男らしいというかとても紳士的でいらっしゃいましたから…」
夕飯を楽しみに思いながらさらに昔を思い出し、可愛らしい幼女が可愛らしいドレスを着てかっこいい行動を良くしていたことを思い出す。
「そんなことないと思うのだけれど…
きちんとドレスを着こなしていたわよ」
「そこじゃないんですよ
ほら顔合わせのパーティーの際、殿下が子供らしい失敗をなさったときです。お嬢様かっこよすぎてどこぞの貴公子かと思いましたよ。」
殿下がお嬢様を前にして緊張し過ぎて大声でお嬢様を罵り、そばにいた陛下たちのみならず周りの貴族も何事かと目を凝らしてみていた。もともと公爵家とのファーストコンタクトということで目立っていたが、じっくり見ても不思議ではない理由を与えてしまったため会場のほぼすべての視線が殿下たちに集まってしまったのだ。
そんな状況の中、お嬢様は微笑み、自己紹介を始め、可愛らしいとか、緊張しておられるのですねそのような言葉貴方には似合いませんよとか何とか言って殿下を誘い、ダンスを始めてしまった。
おかげで王家と公爵家の中を悪くすることもなくむしろ良好になるだろうと思われていた。
「あぁあれか
しょうがなかったと思うわよ
だって殿下、真っ赤になって困っていたしこういうのは注目をずらすのが一番よ。」
「逆に目立っていたかと。男女逆転して殿下が守られてるか弱い女性みたいでした。」
一応お嬢様が女性パートのはずだったんですが…と思いながら小さい頃の出来事に思いを馳せる
「周りからはそんなふうに見えていたのね。だからその後殿下はやけにつっかかってきていたのね」
幼いプライド傷つけちゃったのかしら?とお嬢様はまだ可愛かった頃の殿下を思い浮かべながらなぜ今はこんなに可愛くないんだと現状と比べ悲しくなった。いや、イケメンではあるのだか。
「そして惨敗して去っていくまでかセット
意地でもお嬢様を負かせたいのではないでしょうか?」
別に殿下が平均より劣っているとかではないと思うのだけどお嬢様か別格すぎるだけである。お嬢様は努力の天才なのだ。
「全く良い迷惑だわ
国の評判まで落としかねないのに…これでは皇太子交代もあり得るわね」
お嬢様は本気でそのことも視野に入れる必要がありそうだと次の継承者は誰につくべきかと考え、いや、その前に婚約破棄されたら私は誰と結婚するんだ?と婚期を逃しそうなことに青ざめる
「そうですね
あまり公にいうべきではないのかもしれませんが。お嬢様も気をつけてくださいね。
精神的に追い詰められたら殿下でも何をするかわかりませんよ。」
そんなことよりも婚期なのだが…最悪この従者とでも結婚して市井におり、事業でも始めるか。親子丼屋をやりたい。と取り留めのないことを考える
「まあ気をつけておくわ
この本にあるように公衆の面前で婚約破棄。なんてことになったらお笑いぐさではすまないもの。」
王家にそんなことされたら普通の貴族は絶対に娶ってくれなくなる後妻なんて絶対に嫌、変態も嫌そんなことならこの頭脳を使って企業よね!と決意を新たにする
「ですね。公爵家のみならず王家の権威を貶めることになりかねません。」
お嬢様がそんなことを考えているとは露とも知らない青年は真っ当な返答をする
「そうよね。公衆の面前で堂々と契約を破る皇太子なんて…いくら言葉で取り繕っていても浮気なのは一目瞭然。たとえ謝って来たとしても王家の信用は落ちるわ。
火遊びぐらいで落ち着いてくれないかしら?
別に婚約破棄をしてもいいのだけれどこっそり話を進めるだとか…
いや、むしろ私から動くべきかしら?」
「お待ちくださいお嬢様。何をするおつもりで?」
青年はお嬢様のいつもどおりの行動力に不安を覚え、止めたほうがいいのではと遠回しに伝えようと試みる
「嫌だわ。変なことなんてないわよ?殿下に直接話を持っていくだけ。婚約破棄するにも当人同士でまず話し合いのもと、陛下やお父様に掛け合いに行きましょうと」
「しかし殿下が話を聞くでしょうか?たとえ聞いたとして陛下や旦那様はお聞き入れくださるかどうか…」
まず無理だ。お嬢様を手放すなんて勿体無いことを王家が許すはずがない。旦那様はお嬢様を溺愛しているが、相当な理由がない限り認めることはないだろう
「まぁ何もせずにいるよりマシだわ。この物語のようになるかはわからないけれど直接本人に確認すれば少しは話がわかるってものだわ。たとえ断られたとして今後の動向の参考にもなるしね」
お嬢様は読み終わりテーブルに置いていた恋愛小説の表紙を撫で、今後の方針を決める
「そうですか…では殿下のお相手にはご注意くださいね」
きっとこのお嬢様は自分の言葉では行動をやめない。そんなことは知っていたがせめて注意を促す
「あの浮気相手のご令嬢?
まぁ私より劣るけれどなかなか可愛いらしい子よね」
殿下の好みのチェックのため相手のことはもちろん調べていた。ただ自分のタイプとあまりに違いすぎて参考にならないと思っていたがあざとく、自己アピールのうまい少女だと感じている。実務的な能力は不明だが、外交に使えそうだと将来的な部下候補として目をつけている。確か、市井育ちの子爵の庶子だったと思う。
「物語によればこういう女性はなかなかの曲者。少なくとも現実でも殿下の興味を引くだけの実力があります。」
「そうよね。殿下の気を引きたいのは男女ともに多くいるもの。その中で選ばれたのだからなかなかの実力者よね。」
ゴクリとお嬢様と執事は生唾を飲む
「なんだか楽しみになってきましたわ!
やはり限られた学園生活。面白いことの一つや2つ発見していかなきゃね!」
「そうですねお嬢様
私は一番そばでこのお話が小説よりも奇となることを心より楽しみにしております。」
来週から再び始まる学園生活を楽しみにしつつ目下の親子丼定番メニュー化を目指し、まずは今日の使用人の晩御飯を親子丼にすべく料理長に伝えにお嬢様は動き出す。
こうしてお嬢様の休日は更けていく…