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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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カーツ法定傭兵団 Ⅱ


 受付を過ぎて中庭に入ると、こぎれいに手入れされた庭園がある。二人はその外周の回廊をゆっくりと歩いた。

 燦々と注ぐ日差しが草木の緑を美しく見せ、中庭の中央にある小さな噴水池を輝かせた。この区画は不思議と暖かく、大気が柔らかな布団のように二人をリラックスさせた。


 昔暮らしていた館の幻影を懐かしみながらラズリエルは愚痴をこぼす。


「しかし、傭兵というのは因果な商売よね。商人の仕事、役人の仕事、領主の仕事、いろいろさせられて、いいことなんて一つもない。悲惨なものを目にするだけよ」


「例えば?」


 少しぼんやりした声が問い返した。


「護衛任務で賊に襲われたり、役人が不法居住者を追い出す手伝いをしたり、借金取りの用心棒をしたり、しいたげ、虐げられを繰り返すのを見続けるの。少なくともお坊さんのすることではないわ」


「それはどうだろう。傭兵とは、自分のために仕事をするのかどうかぐらいしか違わないんじゃないかな。どちらも世間が面倒だと思うことを生業にしている。しかし、自分のためでない分、聖職者は性質たちが悪い。いや、これは愚痴だな。……まさか、私の心配を?」


 声は途中で我に返ったようにはっきりした口調に変わった。

 同時にラズリエルも過去の幻想から覚める。もう応接室の前だった。


「フン……馬鹿言わないで。さあ、着いたわ」


 煤けた褐色の扉をノックすると、入るようにとの返事があった。扉を開けて中に進み、教戒師を招き入れる。

 室内はやや広く、乳白色の漆喰壁に囲まれたそれなりに高級感のある部屋だったが、接客用ソファーと小さなテーブル以外には大した調度品はなかった。


「どうぞ座ってくれ」


 団長が大型のソファーに座ったまま二人を迎えた。団長室で見せた興奮はどこへいったのやら、暇つぶしに会っているとでも言わんばかりにゆったりと腰を落ち着けている。

 彼は右手で向かいの席に座るように指示し、青年教戒師はそれに従った。


 本来はここで退出すべきだが、彼のことが何故か気にかかったラズリエルは二人の横顔が眺められる脇の席に座った。

 カーツが怪訝そうに視線を寄こしたので、にこやかな微笑で手を振ると、それは無視された。


 さて、とカーツが口火を切った。


「傭兵を毛嫌いしている教戒師さんが、カーツ傭兵団に何の御用かな?」


 青年はまず挨拶を口にした。ここに来るまで緊張した様子のない彼だったが、丁寧な口調から張り詰めた気配が伝わってきた。


「初めまして、ではありませんね。私の名はゼフォールです。単刀直入に言います。私をカーツ傭兵団で働かせてください」


「なぜだい?」


 カーツは背もたれて鷹揚な態度で理由を尋ねた。


「昨日も言ったとおり、私は人を捜しているのです。傭兵なら情報を入手しやすいと知ったので、傭兵になりたいのです」


「そういうことなら、人捜しの依頼を出せばいい。うちは情報収集に関してはモルゲントルンで一番だ。決して安くはないが、お茶を奢り損ねた分、値引きしてやるぜ」


 えっ、とラズリエルは不思議に思う。団長室での発言はすぐにでも入団させる勢いだったのだが、逆に突き放した感じである。

 ゼフォールと名乗った青年は浮かない顔を寄せて尋ねた。


「幾らですか?」


 カーツはニヤリと笑い、大きな口を開いた。


「金貨百枚から一枚減らして九十九枚払ってもらおうか」


「九十九枚!?」


 ゼフォールの背筋がピンと伸びる。不快そうな顔だ。


 金貨百枚の仕事といえば相当な大仕事、例えば高価な積荷の荷馬車十両を護衛する料金の倍ぐらいの高さだ。つまり、人捜しに対して法外な値付け。

 ラズリエルも驚きのあまり口に手を当てた。団長が何を考えているのかわからない。聖職者になるような堅物にけんもほろろな応対をしたら、あっという間に決裂してしまうだろう。


「私はただの教戒師です。そんなお金はありません」


 悔しさをにじませた言葉に対してカーツはつれなく返した。


「なら、諦めろ」


 しばらく無言が続いた。

 青年の目は険しかったが、ふっと和らぐと彼は言った。


「……わかりました。ここがよいと勧められてきたのですが、そうでもないようですね。受け入れてもらえないなら、他の傭兵団へ行きます」


「ほう、当てがあるのか?」


 悠然とふんぞり返るその態度は尊大という他はない。


「スコーデル『法定』傭兵団とか」


 反発するような言い方だったが、そのことより口にした名称にカーツは反応した。ゲラゲラと大声で笑って膝を叩いている。明らかな嘲笑だ。


「それもいいかもな。しかし、あそこは軍隊式で先々代から荒事(あらごと)専門だ。個人からの依頼はまず受けないし、繊細な仕事をこなす力もない。まあ、スコーデルに限らず、余所(よそ)じゃあ捜し人は見つけられないだろうよ」


「何故ですか?」


 イラついて語気は強かったが、丁寧な口調は崩れなかった。


「金にならんからだ。万が一、そう、万が一だぞ、スコーデルが金貨一枚でおまえの仕事を受けたとしよう。それで期待できる成果は金貨一枚分。期待できるのは、結局見つからないという結果だけだ」


 団長は青年の様子をつぶさに眺めてから皮肉たっぷりに言葉を続けた。


「だが、おまえが金貨百枚を支払うなら、カーツ傭兵団は必ず捜し人を見つけておまえの前に連れてくる。金額の差ってのは、成果の差なんだよ」


 押し黙ったゼフォールにカーツは迫った。


「さあ、どうする?」


「お金はありません。ですが、どうしても妹を捜したいんです! 私をカーツ傭兵団で働かせてください!」


 彼は急に立ち上がると、深々と頭を下げた。彼の横顔から伝わるのは悲痛さ。そこには純粋なひたむきさもあった。


 ラズリエルは静かに吐息を洩らした。お願いすれば何とかなるという考え方は、これまでの彼の気楽な暮らしぶりを連想させる。


 だが、それが彼のすべてなのだろうか?


 世の中で言われているとおり、聖職者資格は難関だ。教義を修得することのみならず、深い信仰を示す必要もある。単に能力だけではなく、精神も試されるのだ。

 見るところ、彼は根っからの聖職者というわけではなさそうだ。それ故に教戒師になるにあたって相応の努力をし、その上で切り捨てたものがあったはずだ。教戒師であることは彼の覚悟の表れだ。


 そして、少女を庇うためらいのない姿。そのときに彼が見せた顔つきには、やはりひたむきさがあったことを思い出した。


「フン……妹を捜してるのか」


 カーツは鼻を鳴らし、自身の割れた顎を撫でた。


「金はない。しかし捜したい。だから捜す術のある傭兵団に入りたい。話はわかった。それで、うちはおまえを入れてどういうメリットがある。俺からすれば、給料を払わなきゃならん奴が一人増えるんだ。わかるか?」


 嘲るような台詞にゼフォールは頭を上げ、拳を固めた。その瞳には決意がこもっている。


「仕事は何でもやります」


「『人殺し』でもか?」


 ハードルの高い問題が提示された。その高さに口ごもるゼフォール。


「それは……」


 もちろんだ、とラズリエルは心中で代弁する。ここは勢いで乗り切る場面だと。


 確かに傭兵ならば、命のやり取りをする場面に遭遇することもある。しかし、それは、今、この場所ではない。それに実際に戦いの場に身をおくことになっても、必ずしも命を奪う以外に選択肢がないわけでもない。

 もし、本気であるなら、コノ場は、誰でも殺ってやるぐらいの割り増し文句は必要であろう。


 ま、本当の殺人鬼は御免だけど、と思いつつラズリエルは観戦を続けた。


 団長は掌を見せて肩をすくめた。


「別に暗殺しろという意味じゃない。法定傭兵団はあくまで法律に則り、国や領主から認可を受けた仕事人の組織だ。が、それでも仕事の成り行きで人を殺すことはある。盗賊とか、な」


 そして頭を突き出すと、相手の瞳の奥を覗き込むようにして言った。


「金を払わず、自分で捜すなんて……おまえ、本気で見つけたいと思ってないんだろ」


「そんなつもりはない! 必要なら手を汚す覚悟はある」


 最後の言葉にゼフォールも気色ばんだ。それまで自分を飾っていた敬語が失せた。

 ついに内面をさらけ出したぞ、とわくわくするラズリエル。


 団長は大きな口で喰らいつくように応じた。


「なら、おまえを雇ってやろう。地味な仕事が多くて忙しいかもしれんが、実績が積めるし、金も貯まる。時間もかかるが、情報を集めるには金も時間も必要だ。情報収集はうちの十八番だからな。まさに一石二鳥だ」


 早くも立ち上がって、歓迎のポーズで両腕を広げるカーツ。先ほどまでの冷たいあしらいからは想像できない満足した笑みだ。

 信頼の厚いログの推薦があったとはいえ、自分で試さないと気がすまないところが彼らしい。


 が、しかし……。


「私はここに長くいるつもりはないんです」


 とゼフォールが言いにくそうに洩らした。


「は!?」


 今度はカーツが憤慨する番だった。


「結局、自分の都合だけか!?」


「仕事には全力で取り組みます。しかし、捜す時間は確保させて欲しい」


 しかも土壇場で条件をつけてきた。

 ゼフォールの顔は真剣そのもので、決してあわよくばと言うだけ言ってみたセリフではなかった。


 ただし、カーツの怒りはもっともだ。


「条件を言える立場か! だから、情報を集めるほうは情報屋に任せればいいだろう。無駄に動いても見つからないんだよ。自分勝手な奴だな!」


 さすがにこのままでは決裂まで秒読みだ。


 そろそろあたしの出番かな、とラズリエルは内心でニヤリと笑う。怖い顔つきで対峙する二人を眺めて心がワクワクしているのだ。


 このゼフォール青年はラズリエル自身と大差ない年齢のようだが、まだまだ世慣れた感じがない。しかし、そこに何か惹かれるものがあるのも事実だった。

 何よりイケメンだし、と腹を据えた。


 ラズリエルがバンとテーブルを叩くと、視線が集まった。この、場を支配する空気が実に心地よい。


「カーツ、熱くなるなんて、あなたらしくないわね。あたしは彼を技術顧問に推薦するわ」


 てっきりゼフォールをなじると思っていたカーツは、逆の発言に腰を砕かれる。


「何だって?」


「彼が理法魔術を使うのを見たのよ。魔術に詳しい人材が一人だけだと、あたしが気兼ねなくお休みをとれないでしょう」


 そして、ウフッととっておきの笑みを浮かべる。

 笑み(それ)は一顧だにされなかったが、『理法魔術』という単語(ワード)はカーツの心を捉えた。


「理法魔術か。だが、聖職者が魔術を使うなんて聞いたことがない。使えても専門家と呼べるほどなのか? それに、おまえの休暇のために一人増やすなんてのは論外だからな」


「待ちなさい、門外漢。この教戒師君は頬に湿布を貼っていて、そこに腫れ止めの理法魔術が施してあったの」


「金で買ったんじゃないのか?」


 と疑わしげなカーツ。

 質問の代わりに視線を投げかけると、ゼフォールは答えた。


「自分で湿布に書いて作った。入団面接で顔が腫れているのは失礼だと思ったから」


 ほらね、とラズリエルは自慢げに頷いてから説明口調でカーツに言った。


「ああいう細かい魔術を併用した商品は手間がかかって、売値に見合わないから商品として流通しないの。あまり知られてないけど、灰光教では一部の聖職者は理法魔術が必修らしいわ。それにね、隠秘術(ミスティア)という独自の魔術があるとも聞いたことがあるのよ。門外不出の秘術で聖霊卿配下の限られた聖職者だけが会得しているそうだけど。確か教戒師っていうのは、祓魔師と同じく聖霊卿の配下じゃなかったかしら?」


「よく知っているな。ただし、その呼び名は学者が勝手につけたもので、正式には隠秘蹟ミスティカだ」


 ゼフォールの顔色が変わった。驚いた風でもあり、警戒した風でもある。あたしの博識さに驚いたか、とラズリエルはほくそ笑む。


「まあ、彼がその隠秘蹟ミスティカを会得しているかは教えてもらえないと思うけど、あたしの見るところ理法魔術は使えるわ。それに教戒師というのは他の傭兵団にはいないレアな人材じゃないかしら」


 もっともらしく入団のメリットを述べると、団長はムシャクシャした気分を落ち着かせるように腰に手をやった。

 それから鼻の頭に皺を寄せて舌打ちする。


「チッ、おまえはこいつの味方をするのか? まあ、おまえ好みの色男だからな」


「ちょっと! そーゆー言い方はないんじゃない!」


 今度は怒りに任せて両手で机を叩く。


 ドンドンドン! ついでに、ドドンがドン!


 今の発言にはむかっ腹が立ったが、ここは冷静に考えた。少し整理してやれば、問題点が明らかになって話も進むだろう。カーツはこの程度の怒りで利益を見逃すような男でなはい。

 ラズリエルはポーチから紙とペンを取り出してさらさらと書き込むと、四点の箇条書きを二人に突きつけた。


「あなたたち、入団可否については、こんなところで落ちをつけなさい」



【肯定的な要素】


 ○理法魔術の腕はある。(専門家(あたし)が認める)

 ○頑張る気持は本物。(カーツが判断しろ。あたしはOKだ)


【否定的な要素】


 ×長くはこの町にはいない。(けじめとして契約期間中はいるべきだぞ)

 ×長時間の拘束は無理。(技術顧問は拘束時間が短い。あたしみたいに)


 そして、ゼフォールをビシッと指差す。


「ゼフォール君、あなたも妥協すること。それに、カーツ、灰光教の聖職者がいれば教会から仕事がもらえるようになるんじゃない?」


「ん……それは一理あるな」


 教会の仕事と聞いた途端に頭の中で別の算盤そろばんを弾き始めたようだった。すぐに答えが出た。

 カーツの大きな口がニヤリと口角を上げる。


「いいだろう」


「ゼフォール君は?」


 紙を受け取って少し考えていたが、彼も頷いた。


「わかりました。私も身勝手でした。契約期間は六ヶ月。最低でも半年はいます。一日の中の拘束時間は受け入れます。その代わり妹の情報が入って動くときは許して欲しい」


「よし、それで手を打とう。ただし、こちらも一つだけ条件を出す。おまえは妹捜しを正式にうちに依頼すること。それさえ呑めば、入団を認める」


 ゼフォールの解せない様子を見て、カーツはクククと笑う。


「カーツ傭兵団では、正式業務に時間を費やして文句を言われることはない」


 殺伐とした傭兵団の長らしからぬ温情裁定にラズリエルは目を見張った。カーツがそんな気の利かせ方をするとは珍しい。教戒師という灰光教とのパイプにけっこうな高値を期待したようだ。


 それまでの発言の容赦のなさから一転した提案に言われた相手すら驚いて言葉を途切らせた。


「それは、私が団員として……?」


「もちろん、俺がそれを命じたときだけだぞ。ただし、お代は頂く。金貨九十九枚。さあ、今度こそ、カーツ『法定』傭兵団へようこそ」


 ゼフォールの顔に苦笑が浮かぶものの、二人はガッチリ握手を交わした。


 ようやく落としどころが見つかり、この青年教戒師は入団できることとなった。


 ラズリエルはほっと胸を撫で下ろし、床に視線を落とした。何年ぶりの人助けだろうかと思うと感慨深い。自分の善人っぷりを褒め称えたいところだ。


 あたしのおかげよ、と言ってやろうと得意満面で顔を上げる。すると、ちょうど二人が話しながら応接室を出るところだった。


「早速仕掛かり中の仕事で相談したいことがある。理法魔術絡みなんだが……」


「ええ、話を聞かせてください」


 男二人の背中が扉の向こうへと消える。

 取り残されたラズリエルは、キーと金切り声を上げて後を追いかけた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


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