宵の仕事2 Ⅵ
黒衣の教戒師は瞬く間に肉薄するものの、斬撃は金属の義手に阻まれた。しかし、その速さは相手に恐怖を覚えさせたようだ。
魔法使いは崩れた家の際まで下がって過剰に距離をとる。それから黒い金属光沢のある腕を突き出して自分と敵を隔てる壁のように手を開いた。あるいは、まるでそこに壁があるかのように手を当てたようにも見えた。
ゼフォールは仕込み杖を一瞥して細身の刃に歯こぼれがないことを確認する。そして、間をおかずに前に出た。魔法使いに魔法を使うための時間的余裕を与える愚は犯したくない。
まずは、間合いの外から大きく踏み込んで袈裟斬りだ。が、それは見えない壁によって阻まれた。打ち込んだときの感覚は柔らかく、包み込むような感触である。
何もないはずの眼前に違和感を感じ、ゼフォールは目を凝らした。すると、そこは蜃気楼のように揺らぐ透明な幕があった。光の乏しい夜では見えづらいが、確かに何かが出現していた。
おそらく魔法で造り出した防壁だ。
ゼフォールは舌打ちをした。右前の半身になり、二度三度と素早く斬りつけるも、粘土に斬り込んだかのごとくすべてが柔らかく受け止められる。
魔法使いの口から哄笑が迸った。
「無駄だ! 貴様に魔法は破れん! 真の魔法はな!」
急に強気になった発言を無視して、ゼフォールはゆっくりと刃を相手に突きつけた。が、それは、やはりゆっくりと見えない壁に押し留められた。
再び魔法使いの高笑いが響いた。実に神経にさわる笑い方だった。
ゼフォールは表情を変えずに右半身のまま、左手で尻ポケットからそっと黄色い紙片を取り出した。普段は使わずに、どうしてもというときのためにとってある象徴印だ。
魔法使いは優越感に満ちた顔でゼフォールを眺める。細い鼻の鼻孔がふくらみ、薄い唇が吊り上がっていった。勝ち誇った顔とはこういう顔のことを言うのだろう。
ゼフォールは左手に黄色い紙片を握り込むと、予備動作もなく魔法の防壁へ突き入れた。
「大衝撃だ!」
激しい振動が大気を震わせ、強い衝撃が揺らめく透明な壁に波紋を呼び起こした。同心円状のさざ波は魔法使いを包む防壁を覆い尽くすと、魔法使いの背後、さざ波の集束した一点から泡のように弾けた。
また、魔法使いは顔面を強打したかのように鼻血を流し、裂けた衣服とともに無様な格好となった。
「な、なんだと!?」
恍惚派の魔法使いはうろたえて後ずさった。魔法が理法魔術の類似品に打ち消されるとはにわかには信じられないと教戒師を睨み付ける。
ゼフォールは鼻で笑った。
「隠秘蹟は魔法や魔術とは違う。戒めを与えるための隠された秘蹟だ。動作ひとつで効能に変化をつけることができる。今のは貴様の魔法の中に伝わるように撃ち込んだ。減衰されてしまったがな」
魔法使いは歯軋りをして、両手で拳を握り締めた。そして、二つの拳を天に突き出す。
「お館様ぁっ、私はやりました! 腕をなくしたのです! だから、私に業火の栄誉をお与えください!」
誰かに訴えかける台詞が奴に後のないことを裏付けている。この男は魔法を初めて使ったのだ。あの魔法の防壁も、十中八九何となく成功した程度の魔法で、明確に意図して出したものではないに違いない。
不意に笑い声がゼフォールの口をついて出た。魔法を使ったことのない魔法使いというフレーズの滑稽さがぶり返したのだ。
「何が魔法使いだ。まともに魔法が使えずによくほざく」
そのとき、魔女の警告が耳に届いた。
「ゼっフくぅ~ん、気をつけてね~ん。魔法使いはまがい物でも、万能箱は本物だから~」
その台詞に触発されたように恍惚派の魔法使いは自分の新たな腕を眺めた。
「私は魔法使いだ。恍惚派の魔法使いだ。炎を眷属とするウォル・オロス様に師事して、偉大なる万能箱も与えられた優秀な魔法使いなんだ。私なら、できる!」
魔法使いは自己暗示をかけるように口走り、義手を振り上げた。すると、その肘から先の金属部分が赤く浮かび上がる。箱が義手に変形したときと同じ光だ。黒い表面に赤い筋が走り、複雑な模様を作り上げたのだ。
「喰らうがいい。これが真の魔法の炎だ!」
黒い拳を振り上げ鉄槌を下さんとするかのような姿にはこれまでにない迫力があった。
ゼフォールの背筋を悪寒が駆け上る。だが、その腕の長さで届く距離ではない。伸びるならともかく、そのような材質には見えない。
が、金属の腕がゼフォールめがけて振り下ろされると同時にその腕が輝いた。魔法陣を描いた赤い光とは異なり、直視できないまばゆさだ。倒壊しかけた壁や瓦礫の山が照らされると同時に目を閉じた。
見えないながらも咄嗟に体を開いてよけるゼフォール。真っ直ぐ噴き出る炎の刃が体の前を通りすぎ、その炎刃は激しい光と熱を発していた。
ゼフォールの体は無意識に反応し、さらに上体をひねって炎熱からその身を遠ざける。理法魔術の火柱を何十と収斂したような炎だった。その熱量は桁外れで理法魔術では再現できないものだ。
刃の先の瓦礫は焼けるだけでなく、表面が溶けており、ゼフォールのいた地面はえぐれてさえいた。あの炎刃に直接触れれば即死は免れない。
「フハハハ! やったぞ!」
恍惚派の魔法使いは自信を取り戻した顔でそう叫んだ。どうやら、意識してあの炎の刃を作り出したらしい。これを契機に攻撃が一変した。
魔法使いが腕を振ると、届いていないにもかかわらずゼフォールは腕の側面に強い衝撃を受けた。たたらを踏んだところへ炎の刃が焼き焦がそうと襲いかかる。素早く飛び退いたのだが、長い炎刃の熱は容赦なく皮膚を焼いた。
ゼフォールは間合いを大きくあけ、用心するように仕込み杖をかまえた。
すると魔法使いは鼻で笑い、金属の義手で地面を削り取った。手の中で二、三度土くれを転がすなり、それらを無造作にゼフォールやラズリエルめがけて放ってきた。
危険を感じて確実によけるゼフォール。落ちた地面が、ジュッと音を立てて焼ける。案の定、土くれは真っ赤に焼け、粘性のある溶岩へと変じていた。
「ゼフ君、ヘボでも何回か使えば慣れてくるから、早めの決着がお勧めよン」
アドバイスするラズリエルには魔法の攻撃をよけた形跡もなく、のんびりと教戒師と魔法使いの戦いを眺めている。
のんきな奴だ、とゼフォールは腹立たしく思う。
と、そのとき、心の中に、魔法に対するとある感慨が生まれた。
恍惚派の魔法は、呪文や魔法陣という形式を廃した上位の力。だが結局、できることは理法魔術の延長にすぎない。単に同じものに端を発しているというだけのことかもしれない。
そう思うと唐突なおかしみがとめどなく溢れだし、ゼフォールは肩を震わせて笑った。
頭の中にも笑い声が大きくこだまし、その笑いがぐるぐると渦を巻いた。それは瞬く間に大渦となり客観的に認識する意識そのものがその流れの中に巻き込まれた。
おかしい……。そう思ったのも束の間。ゼフォールの自我は狂ったような笑い声の渦に呑み込まれていった。
これまで宵の仕事の最中に血に酔うことがあっても、厳しく己を律することで我を忘れるようなことはなかった。これは自分の笑いではない、とぼんやり考えつつ、やがてその渦に完全に沈みきった。
そして、ゼフォールはうつむき、くつくつと笑いながら立ち尽くした。
この異変にラズリエルは目を細め、上空を一瞥した。何かが起こる前兆であると悟ったかのようであった。あるいは、それはすでに起こっているのかもしれない。
恍惚派の魔法使いも数瞬遅れて敵が動かなくなったことに気づいた。炎の刃を突きつけるが身を守ろうとも避けようともすることはなかった。もはや防ぐ術はないと諦めたようにも見える。
魔法使いは悠然とゼフォールに近づいた。尖った顎を残る自分の手で撫で、神経質そうな顔は勝利を確信して満足そうな愉悦にひたっている。それは油断ではなく、敵が自分の魔法を防ぐことができず、よけることも無駄だと悟ったのだから、勝者の権利だと言えた。
「これで終わりだ、教戒師!」
炎の刃が絶対に避けられないタイミングでゼフォールの頭頂を狙う。が、届くことはなかった。
魔法使いは信じられないと顔を歪める。顔をあげた教戒師が虚ろな目で見返している。
「そんなバカな!」
ケタケタと笑うゼフォールの右手が、素手で炎の刃を受けていたのだ。そのまま手を滑らせて万能義肢の手首をつかむ。残る片手で仕込み杖を振るい、金属の左腕を乱暴に斬りつけた。それまでの流麗な動作を忘れてしまったかのようで、それは斬擊というより打撃だった。
二度、三度殴るうちにガキンと音がして仕込み杖の刃が折れ飛んだ。ゼフォールは折れた仕込み杖で力任せに何度も叩くが、万能義肢が傷つくことはなかった。
刃のなくなった仕込み杖を投げ捨てるゼフォール。
それを見て、高笑いする魔法使い。
「馬鹿が! 魔法により精錬された金属だ。万能箱がそんなことで傷つくものか!」
すると、ゼフォールの顔が見たことのないような邪悪な笑顔に変じた。そして、接合部付近の腕を両手で持ち直すと、軽々とへし折った。それも金属部分をだ。
魔法使いの哄笑は悲鳴に変わった。
高々と持ち上げられた万能義肢はさらにひねってねじ切られた。金属にも関わらず断面は無惨にひしゃげ、魔法の炎は消えてなくなってしまった。単なる腕の形をした金属の塊と化した万能義肢はガラクタのように投げ捨てられた。
そのそばで魔法使いは地面をのたうち回り、泣き叫んでいた。
「う、嘘だぁぁぁ、そんなことあるはずがない! 四元素鋼の万能箱だぞ! 物理的には破壊できない物質なんだぞ!」
「だったら、物理的な手段ではない、ということよね。当然の帰結だけど」
いつの間にか、ラズリエルが魔法使いのそばに立っていた。もう興味は失せたというように冷淡な目付きで見下ろす。揶揄こそすれ、笑いもせず、そこにはなんの感慨もない。
一方、魔法使いはなくなった腕の先を押さえ、膝をついた状態で顔をあげた。絶対に勝てないことを悟り、さらに首をねじって屋根の上に助けを求めた。
その視線の先にいるのは仮面をつけた恍惚派の女剣士だった。だが、花嫁の付添役は微動だにせず、静かに見下ろすだけだ。
助けるつもりはない、ということだ。
生き延びるには、もはや敵に命乞いをするしかなかった。
「し、死にたくない……」
消え入るような声で魔法使いは言った。
「ん? ひょっとしてまだ生きていたいの?」
「……そ、そうだ。私は死にたくない」
「どうして? あたしと小手調べの段階でケチョンケチョンにやられ、頼みの綱の万能箱は宵の教戒師に壊されて、惨敗したのに? あんな大言壮語を吐いてこのざまじゃ、もう生きていても仕方ないじゃない」
魔法使いはゆっくりとこうべを垂れ、無念さのにじむ顔を伏せた。
「くっ……頼む。私にはやるべきことがあるんだ。故郷に……」
「うるさい」
とラズリエルは軽やかに腕を振る。白金の杖がまるで刃のように首を刎ねた。魔法使いの頭が転げ落ち、かくして恍惚派の魔法使いは言い終えることなく絶命した。
わずかに痙攣しながら死体が横倒しになる。しかし、ラズリエルの視線はそちらを向いていなかった。向いたのは屋根の上だ。
その光景を目の当たりにした仮面の女剣士は何もない星空を見上げた。仲間の死などとるに足らないが、夜空には気がかりがあるのだと言うかのごとく。それから決心するように一人頷いてから瓦を蹴り、ひと跳びで闘争の場へと下り立った。
屋根の上では気配も感じないほど静かに佇んでいたのだが、ラズリエルと対峙した今、彼女の全身から激しい闘志が溢れ出した。
相手のやる気を感じ取り、ラズリエルもクスリと笑った。
「さーて、そろそろ本格的にあたしの出番よね」
言いつつ杖を脇に手挟み、腰のポーチから白い丸薬をつまみとった。目の高さに丸薬を持ち上げると、宝石のように眺める。
「ちょっとだけ本気を出しちゃおうかしら」
花嫁の付添役が不意を衝くように飛び出した。鞘走る刃が魔女の腰を薙ぐ。
キィンと澄んだ音がして、刃は白金の杖にとめられた。
「あら、あなたもせっかちさん?」
仮面の内から押し殺したような声が応える。
「白剣杖のラズリエル。侮れない相手と聞いているが、邪魔をするならこの場で討つ」
「あなた、花嫁の付添役なんでしょう? 混沌の花嫁のそばにいなくていいの?」
「譫妄派の関知するところではない」
ああ、わかった、とラズリエルは手を打った。
「花嫁もモルゲントルンに来てるのね」
花嫁の付添役の殺気がふくれあがった。次の動作は、まさにラズリエルの目にも止まらなかった。ただ危ないとだけは感じ、反応ができた程度だ。
勘で杖を立てると辛うじて袈裟斬りが当たり、直撃は免れた。しかし、それでも強烈な勢いに圧され、よろめいて後ろに五歩も下がることとなった。
ラズリエルは目をパチクリさせて相手を見る。とりあえず自分の無事を確認する。幸い、漆黒のドレスに斬られた跡はない。
「あっぶないわねー」
凄腕の剣士に魔女が剣で勝つことはできない。それを今の一撃で思い知った。
魔女はするすると後退すると、焦点の合わない目で立ち尽くす教戒師に近づいた。ゼフォールは女剣士の凄まじい技量を見ても反応することはなく、ただ薄ら笑いを浮かべるだけだった。
ラズリエルは微笑んで丸薬を口に含む。すぐさま噛み砕いて口に含んだ。それから、ゼフォールの首に腕を回すと、その唇に口づけをする。それは場違いな甘いものではなく、己の唾液で丸薬を流し込んだのだ。
それから、自分の得物である白金の杖をゼフォールに渡すと、体を離した。彼女の顔はいたずらっぽい表情を浮かべて、さらに退いた。
「狂気の操り人形……」
魔女がそう呟くや否やゼフォールの体は弛緩した。しかし、崩れ落ちるわけではなく、ただ肩や腿の力が抜け、糸で吊られたようにだらしない立ち姿となった。
ラズリエルの軽く手で払う動作と同じようにゼフォールの体も動く。そこにゼフォールの意志はない。とはいえ、そもそもゼフォールに意識があるようには見えない状態だった。
魔女は踊るような動作で教戒師を操り、恍惚派の女剣士に迫る。狂気に冒された笑顔のゼフォールは女剣士に匹敵する速さと膂力で斬擊を繰り出した。
花嫁の付添役はうるさげに杖を打ち払うと、自分も後退して距離をとった。女剣士は淡々とした声で言った。
「譫妄派の魔法使い。その男の狂気をもてあそぶな」
「どーゆー意味かしら?」
「彼はおまえとは違う。狂気を志してはいない」
「さあ、それは……」
「もう一度言う。彼を狂気に引き入れるな」
「でもぉ、狂気のほうで放っておかないんじゃない?」
ラズリエルが上を指すと、相手は舌打ちした。
「聞く耳をもたないか……」
花嫁の付添役は腰を落とし、剣に手をやる。
すると意外なことにラズリエルは拒否するように手を振った。
「早まらないの。それより、あたしも少し訊きたいことがあるのだけど、そのチョーカーはあなたのもの?」
女剣士のシャツの合わせ目から首を飾るメダルが覗いていた。暗い夜だが、魔女の常人離れした視力はそれを捉えた。
指し示す指から目を話さずに女剣士は答える。
「そうだ」
「ふーん。ゼフ君が……この教戒師さんがそっくりなものを持っているのだけど」
微動だにしないゼフォールへ首を振りながらそう言うと、女剣士はキッパリと答えた。
「知っている。だからこそ、彼を譫妄派の手元にはおいておけない」
「でも、あたし、ゼフ君のこと気に入ってるのよね」
「なら、力ずくでも……」
そこへ、新たな声が水を差す。
「ラズリエル、やるなら、手を貸すわ」
まだ破壊されていない建物の陰から一人の人物が現れた。そちらを見ることなくラズリエルは言葉を返した。
「あら、リプリス、珍しいわね。あなたが現場に来るなんて。埃っぽいのは嫌いでしょ」
名前を呼ばれたのは、長い杖を手にした冷たい容貌の若い女性だ。彼女は長い黒髪を風になびかせ、ラズリエルの隣まで進み出る。その手に持つ笏のような杖をくるりと回すと、短い杖は黒い刃のついた斧槍のような長柄の武器に変じた。
「恍惚派が来ているとなれば、話は別よ。無傷で逃がそうものなら、モルゲントルン=ワイズマンクラブの恥よ。だから、ほら、私以外にも来てるわよ」
斧槍がサッと振られると、花嫁の付添役を挟むように建物の屋根に二人の人影が現れる。
一人は白い髪を一本の長い三つ編みにした女性。両手に錘のついた鎚を持っている。もう一人は鉄の棒にしか見えない杖を手にした無精髭の生えた男性。
二人とも譫妄派の魔法使いであった。
三方を囲まれた花嫁の付添役はそれぞれを視認すると中腰体勢を維持した。充分な注意を残しつつ上空に視線を向ける。
すると、そこには少し前にはなかった分厚い雲が垂れ込めていた。それもただの雲ではない。その中央にとてつもなく強大な気配があった。それは夏の陽光が熱を伴うように全身ではっきりと感じ取れるものだ。
女剣士が仮面の奥で眼を凝らして魔法の視覚に意識を集中する。すると、雲の塊の中央に途方もなく巨大な目玉が見えた。それは唐突に存在し、魔法使いにしか見えないものであった。が、そこに確かに存在していた。
不気味な眼球から鈍く光る赤い線が網目のように伸びていた。黒雲の下面に張りつき、その瞳はゼフォールを見つめている。
巨大な眼球が不意に花嫁の付添役に向いた。途端にその足がよろめいた。
「チッ……」
仮面の内で舌打ちが響く。次の瞬間、剣士の姿はまるでインクが滲むように淡くなり、消えてしまった。
「追うか?」
無精髭の魔法使いがそう尋ねると、白髪の魔女は首を横に振った。
魔法使いは髭のある顎をこすりながら肩をすくめた。ラズリエルとリプリスへ尋ねるように顔を向ける。
リプリスが頷くと、二人の魔法使いは背を向け、その場からいなくなった。
「私も引き上げるわ」
そう言いながら、彼女はラズリエルに片手を上げてみせる。斧槍を振って杖に戻してから、踵を返した。
「そうそう、ラズリエル、あなた、面白い素材を手に入れたわね。譲るつもりはない?」
「ないわ」
と同様に手を上げ返すラズリエル。
リプリスの後ろ姿が消えるまで見送ったあと、横たわるゼフォールを見下ろした。
そして、肩をすくめる。
「さて、どーしたもんだろ?」
彼女は少し思案してから、サッと腕を振る。白金の杖は元のペンに戻った。
「いちおうデトックスしますか。さあ、お眠りなさいな、ゼフ君」
その言葉が言い終わらないうちに、ゼフォールの体がズブズブと地面に沈み始めた。いや、正確にはラズリエルの影の中に呑み込まれていったのだ。
ラズリエルが瓦礫の山を後にしたとき、その場にゼフォールの姿は影も形もなくなっていた。
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