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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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仮面の暗殺者2 Ⅲ


 ラズリエルが手足をバタつかせて泣き言をわめき散らす。窮地に陥ったわりに目元がニヤついているところが嘘くさい。

 付き合いが深いわけではないが、彼女の考えていることなど手に取るようにわかる。慌てる様を期待しているのだ。


 そんな茶番に構わず、カリーナは残りの男達を片付けようと向き直った。


 ちょうどそのとき、通りの向こうに松明の光が見えた。数人が連れだって小走りに近づいてくる。治安役場の警ら隊らしい。


「夜警がきた!」


 暗殺者の一人が叫ぶ。

 理法魔術師はその男に叫ぶように確認した。


「夜間巡回の連中は皆抱き込んでいるんじゃないのか!?」


「全員は無理だ!」


 苛立たしげな舌打ちをすると、奴は仲間の一人を蹴りつけた。それからまくった袖を戻しつつ踵を返した。


「ちっ、使えんグズどもめ。退くぞ。譫妄派、次に邪魔をしたら殺す」


 手下の暗殺者達は負傷者を庇いながら闇へと消えた。


「殺されるの間違いでしょ。べべべのべ~!」


 ひとしきり罵り返すと、ラズリエルも急いだ様子でカリーナに声をかける。


「ほら、あたし達も早く逃げないと」


 いかにもカーツのところの人間らしい発想である。やはり再教育が必要だな、とカリーナはため息をついた。


「馬鹿を言うな。むしろ、こちらから報告にいくのが、よき市民というものだ」


「あーらら、つかまっちゃうわよ。……ゲッ、何するの!?」


 自分だけ去ろうとするラズリエルをつかまえ、カリーナは警務官が近づいて来るのを待った。周囲が照らされると、裏路地らしい小汚ない道がよく見えた。


 革鎧を着込んだ警務官は気むずかしそうな顔で二人を見た。あいての表情などに頓着せず、カリーナはいつも通りに尊大な態度で声をかける。

 

「任務、ご苦労」


 上から目線の態度に、警務官は怒鳴り返すどころか改まって敬礼をした。


「団長、お疲れ様です」


「うむ」


 実に二人はスコーデル傭兵団の人間であった。人気のない夜間巡回業務は人手不足のため、多数の法定傭兵団に依頼があり、スコーデルからは最も多くの人員を出している。


 先ほどの奴らは金をつかませて夜間巡回の時間かコースを変えさえるといった策を講じていたのだろうだが、規律に厳しいスコーデルの団員に賄賂は通じなかったようだ。

 カリーナはそのことに満足感を覚えつつ、ここであったことを二人に説明した。


 警務官は現場検証を始め、その確認ためにカリーナとラズリエルもしばらく付き合うことになった。


 警務官はメモに状況を書き付けて、記録をとっていく。その仕事ぶりを査定するようにカリーナは民家を背にして眺める。土に汚れた壁は小汚なく背をつける気にはならなかった。

 隣にラズリエルが横に並ぶとくすぶりの残り香がカリーナの鼻孔をくすぐった。


 横目で眺めると、ラズリエルが期待顔でこちらを見ている。その表情に微妙に悔しさを覚えたが、それとこれとは別と割り切り、礼を述べた。


「助力に感謝する」


「ほーら、強硬手段をとるより業務提携したほうがメリットあるんじゃなーい?」


 さてはカーツが寄こしたな、と苦笑するカリーナ。


「どっちが立場の弱い状態かわかってないのか」


「これだから自分に酔ってる酔っ払いは困るわねえ。自分の居場所を潰した相手の誘いにホイホイ乗るような変節漢は、カーツ傭兵団にはいないの」


「破格の好待遇を準備してるのだけどね」


「まあ、あたしはおとこじゃないから、条件次第では心が動くかもしれないけど……。でもね、そんなあたしは、もっとよい条件があれば、すぐにさよならするんじゃない?」


「フン……」


 カリーナは鼻を鳴らした。彼女の言い分にも一理ある。都へ進出するにあたって仲間が一致団結していなければ、父と同じ轍を踏みかねない。

 かといって、カーツの話にそのまま乗るのでは癪に障る。


「カーツ傭兵団に選択の余地はない。リーシュ伯爵には話をつけてあるのだ。すでに答えは出ている」


「へえ、さっき、理法魔術で暗殺されかけてたのに強気よね。次に襲われたとき、信頼と実績のある理法魔術師がそばにいると心強いんじゃない?」


「理法魔術師を頼るツテぐらいある」


「そう? はい、では問題です。カリーナちゃん、魔法は理法魔術で防げるのでしょうか?」


 子供をあやすような言い方にムッとしたが、少し考えてみた。


 今でこそ理法魔術は魔法の代名詞だが、厳密にはいわゆる魔法の一形態にすぎない。あえて理法魔術と区別するなら、魔法は昔の技術であり、不確実な手法でもある。

 そのため、現在における魔法研究は下火で、主に魔法復古運動に携わる者が熱心なだけだ。


 魔法について詳しくないカリーナは世間一般の知識以上のものは持ち合わせていなかった。だが、この質問の流れは『否』という答えへ導こうとしているのは明白だった。


「防げない、ということだな」


「厳密には、対応しきれない、という意味だけどね」


 ラズリエルは肩をすくめた。


「理法魔術は洗練され、使用者のことを考慮して考案された優れた技術よ。だけど、魔法は時代遅れながらも強大な力を内包する真理なの。決してなくならないし、理法魔術で代用はできないものなの」


「さっき言っていた『恍惚派』とか『譫妄派』とかいうのは何だ?」


「どちらも魔法復古運動における派閥よ。あまり知られていないけどね」


 魔法復古運動のことはカリーナも知っていた。しかし、魔法を使える魔法使いはごくわずかで、その上実用に耐えうる腕前の人物はさらに少ない。


「だが、魔法はあまりにも不確かだからこの世から消えていったのだろう」


「消えてないわ。日常からは見えない深みに沈んだだけ」


「それを消えたというのよ」


「見えなくても存在するの。危険な力は、ね」


 カリーナは頭を横に振った。憶測で話すのは、非常に気持ち悪い。ここではっきりさせるべきことは一つだ。


「それでおまえは魔法使いなのか、ラズリエル?」


「さて、どーかしらねぇ?」


 さっきの暗殺者が彼女のことを『譫妄派』と呼んでおり、彼女の発言は眉唾とは思えなかった。こちらが想像する以上の真実を含んでいるのだろう。


「仮面の理法魔術師が魔法使いだとして、どうして魔法使いが私を暗殺する?」


「さあ、それは知らない。あたしが暗殺依頼を受けたわけじゃないから。だけど、奴に手を貸す傭兵がいるのは確かよ」


 薄々感じていたことを指摘され、カリーナは深く頷いた。夜警に鼻薬を嗅がせるという発想は、それが通用する環境だと知っているからのものだ。

 つまり、賄賂が効きそうな相手を把握しており、金に目のない連中、つまりこの町の傭兵が一番怪しい。


「そうそう……」


 ラズリエルがさも忘れていたといった風情で掌を叩いた。


「あの仮面の男達は、例の戸籍行政官殺しの犯人だから」


「貴様、どうしてそんなことを知ってる!?」


 唐突な爆弾発言にカリーナは色めき立った。この件はリーシュ伯爵も重要視しており、治安役場ではなく、ある意味上位組織である保安警務局が全力で捜査を行っているところなのだ。

 それを知らないラズリエルの返事はのんき且つ衝撃的だった。


「だって、その場に居合わせたからね」


「何だと!」


「奴らとはそのとき一度やりあってるのよ。かなりキナ臭いんであなたみたいにリーシュ伯爵に忠実で実力のある存在は目障りだから、真っ先に狙われるかなと思ってたわ」


 あっさりと言われてカリーナは舌打ちをした。この女は有能なのか、いい加減なのか、いつまでたっても判断ができない。

 ただスコーデル傭兵団には見当たらない稀有な人材なのは確かだ。


 カリーナは怒りをこらえて指摘した。


「どうしてそれを我々に伝えない。恩を売るチャンスじゃないか」


「さーてね。それでぇ……」


 はぐらかすなり、急に猫なで声に変わる。松明の明かりに照らされ、彼女の瞳がキラリと光った。


「告訴を取り下げる気になった?」


「さて、それは気が向いたらね」


 カリーナは渋面でバッサリと切り捨てた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



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