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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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仮面の暗殺者2 Ⅰ

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 カリーナ・スコーデルの日課は自宅へ帰る前に軽くお酒を飲むことである。行きつけは何軒かあるが、とある酒場は特別に思い入れのある店だった。


 その『カミナリ親爺バー』は元傭兵が営んでおり、客も傭兵が多い。店内の雰囲気は落ち着いていて、忙しい毎日の締めくくりにはうってつけの憩いの場である。

 それに何よりカリーナの父と祖父が常連客だったため、彼女も幼い頃より幾度も連れてこられており、思い出深い。


 その日はルテール・カーツの申し出を考えながらカウンターで静かに酒を飲んだ。

 店内の人間に彼女がスコーデル傭兵団の団長と知らない者はおらず、余計なお誘いを受けずにじっくり考えることができた。


 カーツ傭兵団を潰して必要な人材を引き入れるか、それとも業務提携をして現在の陣容でレベルアップを図るか。


 ゼフォールの逮捕は、スコーデル傭兵団の人材的拡充をするために咄嗟に思いついたことであった。

 直接被害を受けたわけでもなく、普段なら不問に付する程度のことであったが、カーツのところの技術顧問だと思うと彼のような人材が欲しくなったのだ。それは彼女には珍しく衝動的な行為だった。


 王都へ手を広げるためには、単に荒事が得意なだけではやっていけない。それを知っているカーツが雇い入れた人物であれば、当然、王都進出に不可欠な才覚を備えているであろう。


 それを手に入れることができれば、次のステップへ進む道が見えてくる。スコーデル傭兵団はモルゲントルンではすでにトップクラスとみなされており、これ以上この町で勢力を伸ばす必要はない。

 そろそろ次のことを考えるべき時だ。それに先代から尽くしてくれている古株にはもう一度夢を見させてやりたい。


 まだ見たことのない王都を想像し、カーツの提案を頭の中で右から左に転がす。細やかな細工のあるグラスの中で琥珀色の液体が減っては増え、増えては減りを繰り返した。

 しかし、結論が出ることはなかった。


 このまま考え続けても深酒になるだけと思い、カリーナは帰ることにした。


 モルゲントルンは高い大城壁のおかげで光の遮られた暗がりがそこかしこにある。中心部の丘が明るく照らされている分、城壁に近い地区の暗さが際立つ。

 そのため、大通りにはランプが灯されているのだが、それ以外の細かい路地までは整備されていない。


 カリーナが帰るために選んだ道もそういった道の一つだった。


「ふう……」


 溜め息をつくカリーナ。生暖かい風が頬を撫でるも、スパイスを利かせた料理のようにピリッとした感覚が肌に残った。


 仕事柄恨みを買うこともある。そのため、夜道を帰るときは気をつけて道を選ぶことにしていた。しかし、スコーデルに直接敵対するほどの愚か者はおらず、何かあることなどなかった。これまでは。


 少し前から背後につけてくる気配がある。そこまで多い人数ではないものの、ニ、三人よりは多い。物盗りではないだろう。カミナリ親爺バーを出たところからなので、あきらかにカリーナを狙っている。

 カリーナもそれをわかってひと気のない道を選んだのだ。例え襲われたとしても通行人がいなければ、思い切り剣を振ることができる。


 少し広い十字路でカリーナは足を止めた。ここなら星空の光が届いて、人相がわかる。振り返って呼びかけた。


「そろそろ出てきたらどうだ」


 機を窺っていたのであろう、フードをかぶった男達が濃い影の中からバラバラと現れた。五人は洩れなくデスマスクのような白い仮面をつけ、威嚇するように剣の柄頭に手を乗せていた。

 奥の建物にもう一人、同じような格好の、壁にもたれて立っている者がいた。ただ、その人物は様子を見ているだけで出てくることはなかった。


 カリーナは威圧感を跳ね返すように腕組みをして尋ねる。


「私に何か用か?」


 それには応えず、怪人物たちはジリジリと囲むように広がった。腰の剣は抜かれ、刃の先端から中央へと殺気が集中する。


 斬りかかろうという気配があるのはあきらかだ。そして今、揉めているのはカーツ傭兵団だけ。故に最初はカーツの差し金を疑ったが、彼は暴力より罠にかけることを好む。おそらく別口だ。


 これ見よがしに揺れる五本の剣を鼻で笑い、再度言った。


「用なら早く言え」


 すると、背後の一人が無言のまま斬りつけてきた。


「まったく……」


 文句を口にして軽やかに避けるカリーナ。その間に自分も剣を抜いて、続く斬撃を放とうとした相手へ剣尖を突きつける。


 カーツのせいで酔えない酒を飲む羽目になり、思考も心も消化不良を起こしていた。鬱憤を晴らすには好都合であった。


 剣を抜くと、男達は一様に笑いを洩らした。五人には熟練兵の貫禄があり、侮れない相手と見てとれた。顔を隠していることからも名のある傭兵団の団員の可能性が推察できた。

 となれば、この囲まれた状態は好ましくない。一対一ならともかく、多数を相手にするのは危険だ。同時に死角から攻撃されては手に負えない。


 カリーナは袖の隠しのナイフを投げて牽制しつつ、その隣の男に斬りつけた。相手が受け止めると、そのまま体当たりをかまして相手の体勢を崩す。そして、その隙にナイフを弾いた男との間を駆け抜けた。


 後頭部でシュンと風を切る音が聞こえる。投げナイフがなければ斬られていたことだろう。


 カリーナは見もせずに背後を横に薙ぎ、追撃の気を削ぐや向き直って構えた。あとは背後をとられないようにして一人ずつ片付けていくだけだ。


 手前の男の右側を追い抜くようにして一人が斬りかかってきた。勢い任せの攻撃だが、短絡的に対応すると後ろの男がその隙を狙う寸法だ。

 それを理解しているカリーナは受けるふりをしながら横に逸れてその後ろに飛び込んだ。


 楽に後の先をとる算段をしていた男は慌てて剣を上げた。が、もちろん間に合うはずもなくカリーナが眼前に迫る。

 カリーナは駆け抜けつつ胴を撫で斬りにするも、その手には重い手応えが残った。


 これは、と顔をしかめるカリーナ。フードの男達は内に鎖かたびらを着込んでいるようだ。腹を打たれた男は後ろに下がり、別の二人が息を合わせて襲いかかってきた。


 面倒になったカリーナは素早く手首を返して、瞬時に二本の白刃を叩き落とす。その動きを目で追えなかった二人は無様に剣を取り落とした。

 そのまま流れるような動作でカリーナの剣が仮面を襲う。一人が呻いて顔に手を当てた。仮面こそ落ちなかったが、そこから血が滴り落ちている。斬られた、というより鼻の骨が折れて鼻血が出たのだろう。五人は心持ち後ろへ下がった。

 結局、手練れとはいっても敵ではなかった。


 決着を予感したカリーナは早々に興味を失った。これ以上時間をかけるのも無駄と思い、この勢いに乗じて攻めに出ることにした。

 剣を腰高に据えるや後背になびかせて前に出る。


 その刹那、視界の下辺に赤い揺らめきが踊った。合わせて体の前面に熱を感じる。それも高温だ。

 背筋に悪寒が走り、カリーナは跳びすさる。


 今進み出ようとした場所に激しい火柱が立ち上った。強烈な光が周囲を照らし出す。その炎は体を覆い尽くすほど大きく、火力は殺人的だ。あの中にいたら、肺が焼かれるのはもちろん、確実に肉が焦げ、血は沸騰し、命を落としていただろう。


 カリーナは距離をとり、態勢を立て直す。狼狽することなく冷静に考えた。


 何もないところに炎が起こるなどあり得ない。そんな不思議があるとすれば、理法魔術に違いない。

 敵はあの五人以外にあと一人いた。建物にもたれていた奴だ。キッと視線を送りつけると、案の定、その人物は手に紙片を持ち、こちらを見返していた。

 仮面の意匠が他の五人とは違い、額に一本の短い角がある。そして、覗く口元が楽しむような笑いを浮かべていた。


 カリーナは苛立たしげに舌打ちをする。ひ弱な理法魔術師が好んで暗殺まがいのことをするとは意外だった。


 魔術師相手にどう戦うか。

 そんなものはカリーナには想像できない。そもそも魔術は世の中を便利にする技術であって、戦闘の手段ではないからだ。

 どんな攻撃ができるのかは想像の域を出ず、先ほどの炎のように日常の危険がそのまま武器となるのだろう。炎の熱、強い風、落下の衝撃、氷の冷たさ、鋼の硬さ、刃物の鋭さ、などなど。


 理法魔術師の手が動き、新たな紙片を腰から引き出す。象徴印ソフィアのある呪式譜だ。


 狙いが定まらないようにとカリーナは移動したが、五人の暗殺者達がそれを阻む。再び囲まれ、五本の剣が行く手を阻んだ。


 動きが止まるのを見計らい、仮面の理法魔術師は見せつけるように呪式譜を顔の高さに上げる。薄ら笑う口元が何か呟くように動いた。


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