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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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スコーデル ∪ カーツ Ⅲ


 案内された先は古そうな調度品で整えられた応接室だった。古そう、というのは年代物ではなく古びたの意味だ。スコーデルのカラーらしく屋内は質素な造りにしてあり、金ピカ趣味はない。そういった方針には好感が持てた。


 ソファーに腰かけて待っているとスコーデル法定傭兵団の団長が颯爽と現れた。

 そして、開口一番。


「カーツ、お前の無精ひげの生えたみっともない顔も見納めかと思うと、それなりに残念だ」


 憎まれ口を叩かれた。今日は剣士風の出で立ちで、化粧もしてある笑顔はとても輝いている。


「とある裁判の関係で、これから警務保安局の役場へ行かなければならん。手短に頼むぞ」


 この女は、とカーツははらわたが加熱しかかったが、煮えくり返る前に頭を切り替えた。

 この態度、やはり彼女は完全に意図的にゼフォールを捕まえたのだ。隙を見せた同業者の喉笛には確実に喰らいつく。


 カーツは普段と変わらず飄々と挨拶を返す。


「大丈夫だ。大した話じゃない」


「なら、早く言え」


 老舗傭兵団の団長は格下がどう切り出してくるのか興味津々といった様子。おそらく泣きついてくるとでも考えているのだろう。

 そして、カーツは期待を裏切るのが好きだった。


「カーツ傭兵団への訴えを取り下げろ」


 予想とはかけ離れた居丈高な態度は口元に険しいしわを刻ませた。


「それはお願いする態度ではないな」


「ま、哀願しにきたわけじゃないわな」


「ほう。てっきり土下座をしにきたものと思っていたのだけど」


 イラっとしたカーツは不愉快さを隠さずに言い返した。


「何で俺が土下座をせにゃならん? 土下座すれば、告訴を取り下げるのか?」


「土下座程度で取り下げたりはせん。だが、下手したてに出れば、その後のことを考えてやらんでもない」


「その後のこと、とはどういう意味だ?」


 話が長引くと思ったのかカリーナは向かいの席に腰を下ろした。


「裁判が終わった時、カーツ法定傭兵団は確実に認可が取り消されるだろう。そのままなら、認可されてないただの傭兵団としての存続は可能だ。もちろん仕事は激減する。『法定』であることの重みはおまえも知っているだろう」


 カーツは重々しく頷いた。

 彼女の言っていることはとてもよくわかっている。モルゲントルンで傭兵団を立ち上げてから、法定の認可を受けるまでの期間は長いものではなかったが、その間決して楽ではなかった。


 通常の傭兵団は法定傭兵団のような信用がないため、様々な依頼もこなさなければ集団を維持することは困難である。多くの傭兵団では事実犯罪に手を染めることも多い。

 だが、カーツはそこに一線を引き、犯罪スレスレでもそこを越えることはしなかった。

 ギリギリまで節約しつつも法定傭兵団並みの人件費を払い、それを売りに優秀な人材を集めた。そのおかげでカーツ傭兵団は困難な業務を請けても達成できる集団へと成長し、法定認可を受けることができた。今いる団員たちはそれを理解して、ついてきてくれたのだ。


 カーツ法定傭兵団の現在のポジションは決して楽して手に入れたものではない。


 最初から『法定』だった老舗傭兵団の三代目にそれを言われ、腹が立たないわけがない。そう、あの苦しみを知らない奴に、だ。


 そんな気持を知って知らずか、カリーナはさらに次のように言った。


「だが、第五条を犯したからには、それは今後の遺恨となる。法定傭兵団同士の遺恨は、有事の相互協力を阻害する恐れがあるため、それを未然に防ぐことも目的に領主の権限で被告側傭兵団の解体が可能だ。認可の取り消しだけではなく、解体だ。私は今日それをリーシュ伯爵に進言しに行くのだよ」


「おまえ、そこまでやるのか!?」


 さすがにカーツは気色ばんだ。牙を剥くように唇を歪めるが、その程度で動じる相手であろうはずもなく、鼻先で笑われた。


「いや、相手がおまえであるが故に油断していない。むしろ、隙がないと褒めて欲しいところよ」


「誰が褒めるかよ!」


「さ、話が以上なら、終わりにしよう。私はリーシュ伯爵に会わねばならない」


 カリーナが勝ち誇った様子で立ち上がる。そのまま話が終わりそうな空気になったので、カーツはムスッとした顔で引き止めた。


「待て。さっき言ったことの説明がまだだ」


 ああ、忘れてた、とスコーデルの団長は掌を打つ。


「そうそう。カーツ、おまえが土下座をしてお願いするなら、解体後のカーツ傭兵団から何人か雇ってやってもいいぞ。全員は無理だが、五、六人ぐらいなら可能だ。もちろん選別はするが」


 ふざけやがって、と口を衝いて出そうになるのを抑えるカーツ。

 これが本音だ。彼女が欲しいのは人材なのだ。カーツ傭兵団から効率よくヘッドハンティングをするために潰そうとしている。


 カーツは足を組み直し、室内の調度品に目をやって冷静さを保った。そして、目の前の女性の境遇を思い返す。


 スコーデル傭兵団はモルゲントルンでも指折りの大手傭兵団である。それでもアンリエット王国全土で測ればトップクラスとは言えない。

 それは王都という最大市場を押さえていないからだ。王都の一流法定傭兵団からすると、スコーデルですら田舎者の集まりにすぎない。


 スコーデル傭兵団の初代と言えば、城郭都市モルゲントルン初期からの傭兵家業で名を上げた、二代目は法定傭兵団として業務を多数請け負って他傭兵団とは一線を画する規模に成長させ、モルゲントルンで一、二を争う法定傭兵団となった。

 この二代目はモルゲントルン最大手の看板では飽き足らず、だ、他の都市へも屯所を構えて、活動地域を広げた。そして、最大の都市である王都へも出店したが、そこではこれまでと同じにはいかなかった。一年と経たずに屯所を閉めることになる。


 都では大小様々な法定傭兵団が屯所を開き、ただ傭兵仕事を請け負うだけでは立ち行かない。権力者の右往左往する中を泳ぎ渡る政治力も必要とされる。田舎の単純なやり方では通用しない世界が王都にはある。

 他の傭兵団との競争に真っ正直に取り組んだ結果、二代目は都での信用を失い、仕事をすべてなくすことになった。二代目がモルゲントルンに退いて、現在並に立て直すのに十年を要した。


 彼女には父が望んで果たせなかった野望を実現するという使命があった。


 だからこそ、都落ちしてきたカーツのことは、歯牙にもかけないふりをしつつもその動向を気にしていた。王都最大の法定傭兵団出身者を、来るべき王都進出のための仮想敵と見定めているのだろう。


「そうだな……」


 カリーナは考えるように黒ずみのある天井へ視線を投げかける。


「ログとエルキスはいいだろう。あの教戒師殿もオーケーだ。お情けでラズリエルも受け入れよう。カーツ、おまえはどうしようかな」


「お断りだ!」


 唾を飛ばす勢いでそう返すと、勝利を確信したカリーナの顔が向き直り、こちらを見据えてきた。謝るなら今のうちとばかりに。


 ふむ、と内心考えるカーツ。

 付け入る隙の品定めをしている間はあえて花を持たせていたが、そろそろ落とし時だと反攻に転じることにした。


 カリーナ・スコーデルに余裕があるのはあくまでも獲物を仕留める立場だからである。スコーデルは歴史ある有力法定傭兵団であり、相手の隙を衝いた優位があるからこその強気なのだ。

 そういう狩猟的なやり方は仕事ぶりにも現れており、彼女お得意の常勝戦術でもあった。それはある意味、想定しない方角からの攻撃には慣れていないということもできた。


 強気な言動を無視してカーツが意味ありげに笑うと、カリーナの面に不安の色がよぎった。

 それを見逃さず柔らかく言ってやる。


「それより、うちを潰すと困ることになるんじゃないか?」


 予期しない問いかけは不興を呼び、強い語気で返された。


「なんだと」


「ゼフォールは教戒師だ。灰光教の聖職者を自分たちの手で逮捕したのはまずかったと思うぞ」


「また戯言ざれごとを……。法定傭兵団法違反者の逮捕は保証された権利だ」


「そうだな。しかし、教会は独自の規律を持っている。法定傭兵団法なんか知ったこっちゃないだろう」


「しかしだ!」


 反論しかけたカリーナにかぶせて出鼻を挫く。


「この間奴には教会に挨拶をさせてきた。どういう意味かわかるよな。教会は仕事を外注に出そうとしてるんだ。その矢先に提携先が潰されたら少なからず怒るだろうなあ」


 不愉快そうな舌打ちが響いた。


「チッ、見え透いた嘘はやめろ。サン・クルール教会が傭兵団に仕事を依頼することはない」


「普通は、な。が、うちは特別だ。それに俺は王都最大の法定傭兵団で渉外担当をしてたんだ。こんな田舎のものさしで図ってもらっちゃかなわんぜ。そのための教戒師だってことぐらいはわかれよ」


 そして、自信ありげに頷くカーツ。


 対してカリーナは平静を装っているものの、向けてくる視線は強烈であった。そんなことはありえない、と思いつつも相手の引き出しをすべて知っているわけではないので、不安を拭えない。


 カリーナは自分に言い聞かせるように言った。


「我々は教会に毎年多額のお布施を納めている。関係は良好だ」


「だから、それがご破算になっちまうのさ。聖職者があるべき姿を壊されることを嫌うのは知ってるだろう。毎日をつつがなく同じように繰り返すことが平穏であり、灰光の教えだ。それを乱されれば間違いなくムカつくさ」


 口八丁の相手の言い分を鵜呑みにするほどカリーナも愚かではなかった。


「そんな『かもしれない』話は信じられん。具体性に欠けたホラ話に騙されうと思うな。私を侮るんじゃない!」


「信じないなら、それもいいさ。だが、信仰の篤い団員は嫌がるだろうな。教会が迷惑をこうむった後で大聖堂に顔を出さなきゃならんのだからな」


 むう、との唸り声が発せられた。しかし、言葉が途切れたのは一瞬で、カリーナは負けじと切り返した。


「とはいえ、悪事を働いたわけではない。教会の取引先がなくなったところで我々が直接不利益をこうむることはない」


「おいおい、もう少し想像力を働かせろよ、カリーナ」


 飲み込みが悪いなと言いたげな口調で説明が続く。


「教会で働く下男が大聖堂を訪れた信徒たちと世間話をするとしよう。そこで愚かな下男は、スコーデル傭兵団が教会が仕事を任せようとしていた法定傭兵団を潰した、と事実を話すわけだ。しかもスコーデルはお布施をくれるお得意様だ。さぞかし尾ひれをつけて話すだろうな」


「回りくどいぞ。さっさと言え」


「商いの大きな商人が仕事を法定傭兵団へ依頼しようと考えたときに、教会と反目しているかもしれない傭兵団を取引先に選ぶと思うか?」


 赤い唇の隙間から舌打ちが洩れた。両腕は胸下で組まれ、人差し指が細かく肘を叩いているのが見える。

 やはり脳筋タイプは相手を疑うことはできても確証がないと判断に自信がもてないようだ。


 だからといって、考えることを放棄するような器では、法定傭兵団の頭を張ることはできない。例え得意でなくとも、諦めず思考停止をしないところは彼女の美徳でもある。


 そろそろ目的地を教えて話を進めようかとカーツは口を開く。


「こちらもタダで取り下げろと言わん。スコーデルのことはここいらじゃあ一番の傭兵団で信頼できる実力と信用できる実績があると考えている。だから、もし、訴えを取り下げて器を見せてくれるなら、俺たちカーツ傭兵団は戦時召集時はスコーデルの傘下に入ろう」


 突拍子もない申し出にカリーナの指がピタリと止まる。彼女の眉はひそめられた。


「おまえ、正気か?」


 カリーナの反応は正しい。いざというときに命を預けると言っているようなものだ。普段の関係次第では捨て駒にされる恐れだってある。

 質問の意味を理解しているカーツは苦笑する。


「もちろん、万が一にも、カーツ法定傭兵団だけに犠牲を強いるような作戦には反対する。だが、俺たちの信頼を勝ち得ている限り、俺たちはおまえの指揮下に入ろう」


「それはある意味、我々に対して膝を屈するに等しいことだぞ」


 軍隊式はこれだから困る、とカーツは肩をすくめる。


「そうじゃない。業務提携だ。通常業務でも提携し、そっちで請けた業務に対して技術要員が不足する場合は、こちらからスキルのある人材を貸し出すし、こっちも困ったときはそっちに助けを求める。その場合、互いに手間賃を払うし、あくまで五分と五分の付き合いだ」


「我々よりおまえたちのほうがメリットが大きい気がするが」


「何を言ってるんだ。そっちは業務受付の幅が広がり、何よりうちの多様性のあるノウハウが学べるんだぞ。スコーデル法定傭兵団に足らないのは柔軟性と多角的視点だ。王都では『できません』のひと言が命取りなんだ。できることが増えることは王都進出におけるこの上ない強みだ」


 熱弁をふるって畳み掛けるも、すげなく言い返された。


「フン、都落ちしたおまえの言葉が成功へ繋がるとは思えないね」


「言ってくれるねえ。だが、うちと組めば、名実ともにモルゲントルンで最高の法定傭兵団と言えるんじゃないのか?」


 カリーナはしばらく黙って考え込んでいたが、厳しい顔で首を横に振った。


「おまえの調子のいい言葉は眉唾物だ。それぐらいはわかっている」


 その後、すぐに面会の時間は終わり、カーツは追い出されるようにスコーデル法定傭兵団屯所を出た。門番の険しい視線を省みず、振り返って屯所を眺める。


 カリーナの考え込む姿に満足を覚えつつも、これだけではまだ足らないことはわかっていた。


「ダメ押しといくか」


 カーツはそう呟いて建物の続く丘の斜面を見上げた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

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