スコーデル ∪ カーツ Ⅱ
◇ ◇ ◇
カーツは傭兵団の幹部を緊急招集した。メンバーは副団長であるゴライン、受付主任のエルキス、相談役のログの三名だ。
幹部には技術顧問であるラズリエルも含まれるのだが、彼女は私用のため来ることはできなかったが、その意見はすでに確認済みであり、会議に支障はない。
団長室という名の質素な仕事部屋はさして広くはないものの、日頃重要案件の会議室としても活用していた。室内では仕事机に向かうカーツの前に三人が立っている。
各自の業務を他の人間に肩代わりさせ、無理矢理集合させたため、皆何事かと問いたげだ。
「団長、朝から幹部会議とは何事ですか?」
早速ゴラインが険しい顔で質問をした。いつも忙しく働いており、時間をとられることを嫌う男である。
団長であるカーツはそんなことには頓着せず、仕事机に足を投げ出し腕組みをした体勢のまま答えた。
「教戒師君が保安警務局に逮捕された」
組織名にエルキスが反応する。
「ということは法定傭兵団法に違反したってことか」
「ああ。第五条だ」
あちゃー、とエルキスの手がしかめた顔に当てられる。ゴラインはもっと厳しい顔で押し黙り、言葉が途絶えた。
「どうするつもりなんだ、カーツ」
すでに知っていたログは落ち着いた声で団長へ問いかける。しかし、ゴラインが神経質な様子で頬をピクピクさせて口を挟んだ。
「彼は切り捨てるしかない」
安易な解決法だが、安全な解決法でもある。人情味のない提案に受付主任が質問を飛ばす。
「おいおい、副団長、その判断は早かねーかい?」
「仕方ないだろう! スコーデルの狙いは明らかだ。こっちを潰すつもりなんだ。なら、被害を最も軽くするには早期解決しかない。彼が捕まったとき、彼はどんな業務にも就いていなかった。それは、すでに前日にカーツ法定傭兵団を退団していた。だから、彼の行動は何一つ我々のあずかり知らないことなのだ!」
怒鳴るような答えにエルキスはなだめるように諭す。
「副団長の言いたいことはわかる。だけどよ、切り捨てるのは簡単だが、もしそれが自分だったらすんげーツレーよ」
「おまえみたいに何年もこの傭兵団に尽くしてきた者ならともかく、あいつは入団してまだひと月もたってない。それを同列に比較することはできんだろう」
それに対して、ログが無精髭の生えた顎を撫でつつ渋い顔で反論する。
「ゴライン、おまえが傭兵団にとって一番損害の少ない方法を考えていることはわかっている。だが、ゼフォールが半年後までにどれだけの貢献をしているかはわからんぞ」
「だから、どうした! 問題は起きているのは、今なんだ!」
二人から反対されて副団長の声はますます大きくなっていった。
普段カーツがひたすら書類仕事に追われている部屋は書棚に囲まれていて会議の声が外に洩れることはない。だが、その内容が内容だけに聞かれることは好ましくなかった。
「ゴライン」
カーツがたしなめと鋭い視線を投げかけると、副団長も自重してそれ以上大声を出すことはなかった。エルキスもあえて口を開くことはせず、一転して静まり返る団長室。
これまでカーツは情報を伝えただけで意思を口にしてはいなかった。そのため、室内にはまず団長の考えを聞こうという空気が漂った。
そして、それを代弁するかのようにログが再度問いかけた。
「それで団長の考えは?」
「さて、なあ……」
カーツは首をかしげ、腕組みをしたログから視線を逸らせて少し考えに耽った。
カリーナの訴えは単純だ。ゼフォールはカーツがスコーデルの業務を邪魔するために送り出したと主張している。だから、現場で現行犯逮捕したのだと。
本当にそうかが問題なのではなく、ゼフォールがあの場にいたことによって業務が完遂できなかったことが問題なのだ。
その業務とは、最近西方街道に出没する盗賊団の根絶であり、さらにそこに含まれるテロ活動に従事するコアト族の一掃だった。
ゼフォールのおかげで被害なく盗賊団を捕まえることはできたが、一味を一網打尽にできたわけではない。先に侵入してことによって警戒されてしまい、逃走した者も多かったはず。
つまるところ、カリーナの主張は正しい。むしろ、そんな剣呑な場所へのこのこ出かけたゼフォールの落ち度としか言いようがない。
スコーデル傭兵団は今回のことで純粋に被害を受けたとは言えないのだが、裁判では確実に負ける。
だが、だ。
それはあくまで、裁判を行えば、の話である。カリーナがわざわざ訴えを起こしたからには目的があるに違いない。彼女は単なる腹いせで役人の手を煩わせるような愚か者ではない。
では、それは、カーツ法定傭兵団を潰すこと、なのか?
いや、彼女はそういった浅い目的で動く女ではない。
というのも、これまでも軽い小競り合いぐらいなら何度かあった。後発の中堅法定傭兵団が一つ減ったところで、スコーデルの得になることは思いつかない。むしろ、喜ぶのは他の中堅法定傭兵団だろう。
スコーデルのようなバリバリの武闘派なら、専門性と難易度が高く、尚且つ実入りのよい業務を抱えているはず。中小規模の傭兵団が請け負うような旨味の少ない業務まで回されることはない。
とすると、彼女はカーツ法定傭兵団が潰れたことによって生じる何かを目当てにしているのだ。モルゲントルンのみならずこの地方に名を馳せる有力な法定傭兵団にはなく、この格下傭兵団にあるもの。
それは何か?
ピンときたカーツは足をゴツい机から下ろした。もっと近づくよう三人に手招きをする。
「もちろん俺は自分のところの団員を見捨てる真似はしない。おまえたち、業務停止にもならず、訴えを取り下げる方法があるんだが、乗るか?」
カーツはニヤニヤ笑いを絶やさずに思った。
これっぽちも楽しくはないのだが、どれほど不利な状況であろうともこういう余裕のある態度を示しておかないと、部下は不安になる。
とは言え、カリーナの要求を満たしつつも、その思惑をスカしてやることができるのだから、笑う価値は充分にあることなのだ。
◇ ◇ ◇
スコーデル傭兵団の屯所は緩やかな斜面の終わりに建てられている。斜面には役場や貴族、富裕層の館が立ち並んでいてひと目で山の手とわかるたたずまいの地域だった。
各戸によく手入れのされた庭があり、朝から使用人や庭師たちが掃除にいそしむ姿が絵になっている。
どいつもこいつも金があるんだろうなあ、とカーツは感慨深く眺めた。さらに、いずれはカーツ傭兵団の屯所もこの領主のお膝元に移してやる、と夢想する。
しかし、それもこれから行うカリーナ・スコーデルとの会談次第だ。
スコーデル傭兵団に申し入れをしてすぐにアポイントメントがとれた。ただし、翌日の朝一番なら、との条件付きだ。
カーツは一も二もなく了承した。たまたまかもしれないが、裁判までにまだ日があるとはいえ、忙しいカリーナがわざわざ会ってくれるのだから、何か思惑があるのだろう。それもあり、今日は部下を連れず、単独で乗り込んだ。
屯所の覆い被さるような高さの土塀に圧迫感を受けつつも、カーツはニヤけた目つきで立番役の傭兵に声をかけた。
訪問者を確認した門番はすんなり通してくれた。うさんくさい奴を見送るといった風情が腹立たしい。腹いせに小物を眺める視線を送り返してやった。
敷地の中は想像より狭く、中心には剣術や弓術の訓練場がしつらえてあり、それを取り囲むように三階建ての館がコの字型に鎮座する。
館の外周近くには厩舎もあり、馬の姿も見えた。ここに持ち馬のすべてが収まるはずもなく、別で郊外に大きな牧場でも持っているに違いない。乗馬は常にレンタルの傭兵団からすると、実に羨ましい限りである。
カーツは悔しさを抑えて初めて訪れる館の中へ入っていった。




