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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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スコーデル ∪ カーツ Ⅰ

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ゼフォールの逮捕から二日が過ぎた。カーツ法定傭兵団に裁判所から召喚状が届き、それは速やかに同団団長であるルテール・カーツの元に運ばれた。


 裁判所の使者から手渡された召喚状をカーツは無造作に取り上げ、ざっと目を通す。興味のない顔を重苦しく変じてから、投げるようにラズリエルに渡した。

 うまくキャッチした技術顧問は流れる動作で書状を広げた。


「あら、まあ……第五条にひっかかっちゃったの?」


 法定傭兵団法・第五条(外注業務の安定遂行)。あらゆる傭兵団は他の法定傭兵団の公的業務を妨げてはならない。


 法定傭兵団は、本来、領主によって管理されるいざというときの予備戦力であり、法定傭兵団同士の争いは原則ご法度だ。そのため、普段より争うことのないよう互いの業務には干渉しないと定められている。

 それでも民間からの受注における小競り合いは自由競争と考えて黙認されているが、公的機関からの受注業務の妨害に関しては厳罰に処せられる。


 ただし、それは他の法定傭兵団から訴えられた場合に限る。


 訴えられた場合は裁判が行われ、有罪となれば、妨害の程度により、一週間から一ヶ月間の業務停止以上の処罰を受けることとなるのだ。

 さらに、そこに悪意あったと判断された場合、認可取り消しの厳罰にも処せられる。


 むろん、それ以上に巷での信用がガタ落ちになり、その後の商売に大きく響くのは火を見るより明らかだ。


 ただし、裁判次第では無罪になることもありうる。そのときは訴えた側が不用意に告訴したかどで厳重注意と一週間の業務停止を受けることになる。その場合、先ほどとは逆に同業者を無用に訴えたとして、他の法定傭兵団からの信用や巷間での威信も地に落ちるわけだ。

 原告はそのリスクを負ってまで訴えるわけであり、明確な証拠があるケースが多く、被告の有罪で終わることがほとんどだ。


 そして、今回は相手が悪かった。


 スコーデル傭兵団。リーシュ伯爵の覚えめでたきモルゲントルンで一、ニを争う法定傭兵団だ。領主がどちらに重きをおくかと言えば、間違いなくスコーデルと断言できた。


 書状を届けに来た役人は、五日間の調査の後、裁判を開く、と告げると応接室を去った。


「それで、カーツ、どうするつもり?」


 さも心配そうに尋ねるラズリエルは口許を隠して笑みを洩らした。毎日偉そうに命令する団長の苦しむ様が眺められるのは心地よい。

 とは言え、ゼフォールが逮捕された状況では楽観もしていられなかった。


 スコーデルのカリーナは無闇に訴えるタイプではなく、常々どっしりと構え、目に余るちょっかいを出さない限りは歯牙にもかけない。が、やるときは確実に相手を確実に弱体化させる。

 つまり、スコーデル側はすでに証拠を押さえてあるということだ。目撃証人がいるとか、犯行現場を見られたとか、現行犯逮捕だった、等々。


 カーツの返事は深い溜め息だった。


「あのツリ目狐が喰らいついたんだ。おそらく、どうしようもないわな」


 あまりにも情けない返事に罵声で応じるラズリエル。


「団長のクセに、なぁっっっさけないわねえ!」


「うるせえ。おまえも技術顧問なら少しはアドバイスしてみろ」


「あなたに必要なのはアドバイスじゃなくて、初心よ。この傭兵団を立ち上げたときの気持」


「マジうぜえ……」


「王都で最大の傭兵団を追い出されたのは誰よ」


「黙れッ!」


 カッとなって立ち上がるカーツに対し、ラズリエルは静謐な視線を向け、ゆっくりと首を振って座るよう促す。


 彼がモルゲントルンで旗揚げしたのはそこまで昔の話ではない。最近になってようやく中堅ポジションに定着した。他の傭兵団からは勢いがあると見られているが、団長自身はそう思ってはいないようだ。

 ラズリエルとしても、このところカーツ傭兵団は伸び悩んでいると感じていた。

 毎日津波のように押し寄せる依頼に追われ、その状態に疑いを持つことがない。このまま忙しいことをよいことだと思っていては、いつまでも中堅を脱することはできない。


 そして、モルゲントルン有数の傭兵団たるスコーデルを凌がずしてアンリエット王国一の傭兵団になれるはずもない。


 このゼフォール逮捕はカーツ傭兵団の今後を推し量る試金石となるに違いない。それは、ラズリエル自身がこの傭兵団でこのままやっていくかを占うことにも繋がっていた。


 ラズリエルはひと呼吸おいて立ち上がり、人差し指だけ伸ばして両手を胸の高さに上げた。


「……さて、あなたには二つの選択肢があるわ」


「うるせえっつったろ」


 無視して続けるラズリエルは右手をさらに高くした。


「一つは比較的安全な道。ゼフ君を切り捨てる。彼は三日前にうちを退団して、勝手に出て行った。退団届けもあって、カーツ法定傭兵団は彼がその後おこなったいかなる出来事にも関与してない。そうしらを切る」


 カーツは割れた顎をなでながら厳しい顔で技術顧問を見つめていたが、億劫そうに催促した。


「もう一つは何だ?」


「こっちは難易度高いわよ~。ゼフ君は大切な仲間である。故に決して見捨てることはしない。昔、自分が味わったような、ね」


 団長の過去を思い返す顔は険しいものだった。そして、口を開いたときの声は暗く重かった。


「どうやって?」


 ラズリエルは苛立ちを隠さずに机をドンと叩いた。


「それを考えるのはあなたの役目でしょう! 方法なんかどうでもいいの。やるべきはモルゲントルン中にあなたの名を轟かせることよ。カーツ団長は団員を決して見捨てない。例えモルゲントルン有数の老舗法定傭兵団が相手でも一歩も退くことはない。そして、カーツ法定傭兵団も無事に存続させるっつーの!」


「そううまくいくかよ」


 そう応えたカーツの顔は暗く、覇気が感じられない。しかし、あの教戒師に話しかけようと耳打ちしてきた彼は生き生きとしていて、ラズリエルに彼が自分を勧誘してきたときのことを思い出させた。

 昔の彼がやったように大げさに両手をブンブン振り回して言ってやった。


「なら、思い出しなさい! あなたがモルゲントルンまで流れ着いてようやく重い腰を上げ、ログやゴラインやあたしに出会って、傭兵団を立ち上げようという気になったんでしょう!? あなたはそのとき何て言ったの?」


 強い語気に圧倒され、団長はのろのろと口を開いた。


「カーツ傭兵団を世界一の傭兵団にして、奴らを見返してやる、だったか……」


「それをやるつもりなら、この程度の窮地は窮地に入らないわ。片手でチャチャッと片付けるぐらいのつもりでドーンと大胆に行きなさい! あたしも手伝ってあげるから」


 ラズリエルが勢い余って床を踏みつけるとその音にカーツは驚いたような顔をしたが、口から飛び出したのは笑い声だった。


「クカカカカ! ラズリエル、おまえに励まされると、つい裏を勘ぐっちまう。だが、うちの技術顧問の言うとおり、こんなちゃちな裁判ぐらい、鼻で笑い飛ばすぐらいでないと王都に巣食う魔物連中とは渡り合えないな」


 ラズリエルはホッとして笑みをこぼし、カーツは肩の力が抜けたように肩をぐるんと回した。


「オーケー。わかったよ。なら、まずは状況把握だ。あの甘えの抜けない教戒師君の言い分を聞いておこうじゃないか。もちろん、おまえも手伝えよ」


「え~、面倒なのはイヤよ」


「そう言うと思ってたさ」



 ◇ ◇ ◇



 大都市モルゲントルンは城塞としての機能もあるため、大城壁と呼ばれる巨大な城壁に囲まれている。その中心には大城壁から頭を覗かせる丘陵があり、丘陵の頂に青灰色の岩山が鎮座する。


 岩山には領主の居城があり、そこに寄り添うように重要施設が集まっている。例を挙げると、サン・クルール教会、モルゲントルン城塞騎士団、他に家臣や役人たちの居住区だ。

 また、丘陵の麓には、各種役場や老舗法定傭兵団などもあり、この都市の中枢エリアと言って過言ではない。


 そして、逮捕されたゼフォールが引っ立てられていった拘置所もこの地域にある。

 各地方の警察業務にはその地域の治安役場があたるものだが、戦時に兵力と数えられる法定傭兵団に関する案件については国の機関である保安警務局が扱い、裁判については領主であるリーシュ伯爵が執り行うものであった。


 その日、裁判待ちの被告との面会に牢屋を訪れた者がおり、その被告人は面会室でその人物と対面した。


 面会室には粗末な木の机と椅子が両側に相対するように置かれている。言うまでもないことだが、部屋の隅では怪しいマネができないように立会いの刑務官が睨みを利かせている。


「ヤッホー、ゼフォール、ドジこいたわね」


 上から目線で掌をヒラヒラさせる少女にゼフォールは憮然とした顔を向けた。


「イーリス、こんなところまで何しに来た」


「脱走のお手伝いでお駄賃稼ごウ……ガフガ!」


 大柄な牢務官が睨みつけてきたので、慌てて少女の口をふさぐ。娘は細身の体からは想像できないほどの怪力でゼフォールの手を外した。


「息が止まるじゃない!」 


「いや、それより本当にどうして来たんだ?」


「そんなの頼まれたからに決まってるでしょ」


「誰に?」


「カーツとかいう団長とログによ」


 カーツはともかく、ログが拘置所という健全とはほど遠いところに彼女を寄こしたとは信じがたい。ただ、彼女がここにいる事実にゼフォールは憤慨した。

 脅かすように怖い顔で少女に言う。


「イーリス、すぐに帰るんだ。カーツとログに面会はありがたいが、用があるなら自分で来るよう伝えてくれ」


「それが無理だから、あたしが来たの! フン!」


 イーリスが偉そうに頭を逸らすと栗色の髪の毛が大きく揺れた。何かと背伸びをしたがるのは子供の証拠だが、決して来たくて来たわけではないだろう。

 そう思うと、ゼフォールはそれ以上強く出る気にもなれなかった。


 代わりに、説明して欲しいと下手に出ると、少女は無知を憐れむような表情で説明してくれた。


 それによると、証拠隠滅や口裏合わせによるアリバイ工作の懸念があるため、被告側の法定傭兵団の人間は面会を禁じられているのだそうだ。

 そして、彼女が来た理由は、実際の出来事、あるいはゼフォールの言い分を聞き出すためであった。エイマス孤児院の老院長は高齢で話の細かい部分が要領を得ない可能性があったからだ。


 やはり傭兵団の意向で年端も行かない少女が拘置所に使いに出されたとわかり、ゼフォールの胸には言いたいことが山ほど積まれた。しかし、それは彼女に言うことではない。

 それに自分の立場上、怒りは抑え、包み隠さず話すことに徹した。


 イーリスは一言一句余さず覚えるように口の中で同じ台詞を繰り返していった。


「紙にメモすれば簡単だぞ」


 助言は逆ギレで返される。


「文字が書けないの!」


「そうか、今度私が教えよう。君なら覚えるのは早そうだ」


 呆れ顔で少女は肩をすくめる。


「ええ、無罪放免されたら、喜んで教えてもらうわよ」


「もちろん無罪だろう。すべて誤解だ。あのときのことは君も知ってるはずだ。スコーデル傭兵団の業務のことなんて私は知らなかった」


「そうなんだよ。そうなんだけどね……」


 イーリスは口ごもった。先を促すと、彼女は堰を切ったように話しだした。


 あの日、あの場所でスコーデル傭兵団が業務をおこなっていたことは事実であり、その渦中に他の法定傭兵団所属であるゼフォールがいた時点でアウトなのだ。

 そして、このまま有罪になると、カーツ傭兵団は業務停止になる可能性が高い。スコーデル側の言い分次第では傭兵団の法定認可が取り消されることすらある。


 そういう話を聞かされ、ゼフォールはみぞおちに鉛が沈み込むような感覚を覚えた。

 自分の身だけであれば、灰光教の聖職者であることを盾に赦免を求めればよいとも考えた。しかし、入団を許したカーツ法定傭兵団に逃れる術はない。


 すべて話終わると、重い沈黙が垂れ込めた。イーリスは居心地悪そうにモジモジすると、他に伝えておくことはあるかと尋ねてきた。


 状況が飲み込めた今、彼女に託すことはない。カーツがどう決断するのかはわからないが、団員一人を助けることが傭兵団解散という大きすぎるペナルティに繋がり得るなら、その団員を切り捨てる以外に選択肢はない。

 カーツはそのことを暗に伝えるためにイーリスを寄越したのだろう。


 それは団長として当然の判断だ。ただ最後に、ゼフォールは、自分が故意にカーツたちに迷惑をかけるつもりではなかったことだけは伝えたかった。

 教戒師の秘蹟である『教え戒める』ことを初めておこなったときのように静かな心持ちで語った。


「私はスコーデル法定傭兵団の業務を邪魔するつもりはなかった。あそこにいたのは、リセルを、妹を探しにいっただけだ。それだけを伝えてもらえれば、それでいい」


「……わかった。ログが必ず助けてやるから、心配せず待ってろって」


 頷きで返す。


「じゃあね、ゼフォール」


 気持の落ち着いたイーリスはそう言って席を立った。


「気をつけて帰るんだぞ」


「うん……」


 と去りかけてイーリスは慌てて戻ってきた。面会部屋のドアを開けようとしてスカされた牢務官がイラついた顔でゼフォールを睨みつける。


 気にしたところで仕方もないので、それは無視して栗色の髪の少女に目を向けた。


「ここは長居するところじゃない」


「んとね、ラズリィからの伝言を忘れてた」


 ゲス魔女の美しくも憎らしい面差しが脳裏をよぎった。どうせ、小物が無茶して失敗したんだから自業自得だとか、自分勝手な行動で迷惑を掛けた分はお金で請求するぞとか、小バカにした文句を垂れたのだろう。

 忌々しい気持を仏頂面に表して伝えられる言葉を要求した。


「どんな内容だ?」


「美の化身こと頼れる先輩ラズリィ様にズドドーンと任せておきなさいって言ってたよ」


 あのゲス先輩がそんな温かみのある台詞を口にするとは、と驚くゼフォール。

 思わず訊き返した。


「本当か?」


「うん。で~、あとね……」


 イーリスは少し間をおいてから、ラズリエルそっくりな笑顔で言った。


「小物は小物らしくおとなしくしてろってさ」


 ある意味、安心できる台詞だった。



 ◇ ◇ ◇


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