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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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プロローグ ~ 宵の仕事 Ⅱ

 ◇ ◇ ◇



 この世の始まりは神によって為されたとされる。


 その被造物にすぎない世界は神からすれば概ね静かな箱庭であるのだろう。特にこの百年ほどは天変地異や大災害などは特になく、人々は世俗の中で限りある命を謳歌している。


 しかし、人のいる限り、世の中には希望や欲望が満ち、争いが起こり、泣く者、笑う者が現れる。大国があれば小国もあり、友好的な貿易が盛んであると同時に戦乱の気配が耐えない。


 戦乱は敵国の滅亡、版図の拡大、武功による立身出世といった血生臭くもきらびやかな物語を繰り広げるが、その裏で虐げられた民衆の慟哭をこだまさせた。

 そういった悲しみの多くは心の支えを必要とし、まさに信仰へと向かう。


 今の時代、哀惜の念を和らげる宗教がその名を大きくすることとなったが、中でも圧倒的な存在となったのが『灰光教はいこうきょう』である。


 ラグリーズ教会はその灰光教の拠点の一つであった。

 この地域では中規模だが、司祭が管理するものとしては規模が大きい部類に入る。本来、信徒を統轄し、信仰を司る役目を担うのは司教なのだが、規模によっては司祭が代行する教区もある。ラグリーズ教区もそういう小教区の一つだった。 


 青い空の下、墓石が整然と列を成し、芝生の手入れのされた様子もラグリーズ教会の墓地を清く印象付けている。手がかけられているのは、それだけ大切にされているということだろう。

 いまだ肌寒い折、祈りや思いを捧げる人の姿が僅かながらあった。


 その一つに近づく白いローブのような祭服の男がいた。

 首から長く垂れ下がる帯とそこに走る三本線が、彼が司祭であることを示している。髪には白いものが多く混じっているが、歩き方には壮健さが感じられ、悠々として力強い。 


 男の声は大きくなくとも朗々として聞く者の耳を奪った。


「報告は聞いた。首尾よく片付けてくれたようだな。礼を言う」


 黒いロングコートの青年は立ち上がり、一礼した。その手には花束があった。


「ラシエル様、こちらこそ根無し草を使ってもらいありがとうございました」


 司祭は頷きで返し、墓碑を見た。そして、再度感慨深げに頷いた。


「彼も心置きなく神の御許へ旅立てるだろう」


 青年は曖昧な微笑とともに頷き返した。


 その教戒師はどんな些細な問題でも自分の道を正したい人には丁寧に戒めを与え、ラグリーズ教区の多くの人から慕われていた。そのために半日かけてわざわざ足を運ぶ人もいたぐらいだ。

 また、先輩教戒師として流れ者のゼフォールにも優しく接してくれた。


 今、その人物は列を成す墓石の下で眠る。すでに終わった話だった。


 それを理解した司祭は咳払いをして、話題を変えた。


「ところで、ゼフォール、君はラグリーズ教会付きの正式な教戒師としてやっていくつもりはないか?」


 急な勧誘に青年は驚いて問い返す。


「突然、どうしたのですか?」


「腕の立つ教戒師は少ないが、手際のよい者はもっと少ない。しかるに君は腕が立ち、手際もよい。だから、ラグリーズ教会では君を迎えたいと考えている。『宵の仕事』は常に人手不足だ」


「それは……」


 と言いよどむ。考えるというよりは、どう断ろうかと迷っている感じである。

 司祭は畳み掛けるように話を続けた。


「教会付きではない教戒師は君が言った通り根無し草だ。修道士でもなければ、いずれ腐る。そういった者を私は見たことがある。それに神の教えを実践するなら土地に根付くことが必要だよ。これは考える時間が必要なことかね?」


 振られた頭は寂しげだった。


「私は妹を捜して故郷を遠く離れました。ここは隣人を気遣い、貧者をおもんぱかり、教会を敬う、教えの行き届いたよいところです。ですが、妹を見つけることはできませんでした。次はモルゲントルンへいこうと考えています。あそこは国内屈指の大都市なので、少しは手がかりがつかめるんじゃないかと期待しています」


 ふーむ、と司祭は息を吐いた。歓迎される話と思っていただけに意外な回答だったのだ。


 彼は司祭として自教区における教会活動の充実と活性化に尽力するために優秀な人材を必要としていた。しかし、その気のない者を強引に引き留めるほど困っているわけではない。

 ただ、この若い教戒師がいれば、教会の威光が住民に伝わりやすくなるのは間違いない。


 そのため、もうひと当たりすることにした。


「どうやら事情があるようだな。無理にとは言わんが、考え直すつもりがあれば教えてほしい。最近は都会の商人が入り込んでこの辺りの平和な空気を乱すことも増えてきた。教戒師の必要な状況に変わりつつあるんだ。確かに田舎の教会には都会で得られるほどの地位と名誉はなかろうが、やりがいはあるはずだ」


「お誘いはとてもありがたいのですが、故郷を出るときに神に誓ったのです。妹を見つけるまで腰を定めないと」


 青年の返答は変わらなかった。申し訳ないという表情だが、引き締まった顔つきには固い意志があった。


 これ以上の慰留は互いに多少なりと遺恨を残すだろう。ここは潔く引いたほうがよい印象を与えられる。

 そう考えた司祭はゆるしの微笑みを与えた。


「そうか。では、話はここまでとしよう」


「申し訳ございません。何か他にできることがあれば、おっしゃってください」


「そうだな、もし、有能な人材がいたら紹介してくれると嬉しい」


 青年の顔がなごみ、彼は深々と頭を下げた。


 司祭がその場を去ると、青年は花束を墓の前に供える。そして、振り返ることなくラグリーズ教会を後にした。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


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