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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
19/35

黒いチョーカー Ⅲ

 ◇ ◇ ◇



 モルゲントルンの南方には大きな山々がそびえている。雪をかぶった頂が白い壁の様相を呈し、まさにハイリウム王国との国境そのものであった。

 過去には大噴火を起こした活火山も含まれ、山脈沿いは火山灰の堆積した土地が多い。そのため、草木の乏しい痩せた土が目立ち、ハイリウムが近いこともあって人はあまり住まない地域である。


 ゼフォールは物悲しい風景から目を逸らして、南大門の内側へと顔を向けた。


 門前の広場は隣国ハイリウムとの戦争で活躍した英雄たちの銅像やレリーフが数多く設置され、建築物も石造りの武骨な装いのものが目立つ。特に法定傭兵団の建物は飾り絵のある盾を窓の下に飾り、その雰囲気作りに大いに貢献していた。


 モルゲントルン南面はハイリウムの侵略があると真っ先に襲われるため、その傷跡の残る建物が史跡として残された。どの時代の都市計画でも細かい道や袋小路が敵兵の侵攻対策としてそのまま保存された歴史的街並みのエリアでもあった。


 ゼフォールは南大門のそばで銅像の台座にもたれ、広場や門を通る人物に目を注いだ。多数の人が右往左往しているが、妹がいればすぐに見つける自信があった。

 もちろん、そこを通れば、だ。


 今いる間に必ず通るかはわからない。が、何度も見かけたというエルミールの話を信じるなら、釣り糸を垂れるつもりでここで張り込むしかない。ゼフォールはとにかく今日はここで一日過ごすことを覚悟した。


 すると、隣から自分の名前が聞こえた。


「ゼフォールって、けっこう馬鹿だよね」


 この上から目線発言の主はイーリスだ。


「何だ、ついてきたのか。さっきも言ったが、今日は手間賃はないぞ」


「別にいいわよ。教会付きでないとお坊さんも貧乏だってわかったから」


 そこへエルミールが付け足した。


「お世話になってばかりじゃ、友だちとは言えないしね。ちょっと僕が情報を集めてくるよ。僕が見たって言ったわけだから」


「ちょっと! 何であんたがおいしいところ言っちゃうのよ!」


 小娘の容赦ない蹴りが少年を襲い、彼は脛を押さえて転げまわった。凶暴な相棒をもったのが運の尽きだと思ったが、それは自分も同様だとゼフォールは身につまされる。


 気の晴れたイーリスが後を引き取った。


「エルミールが南広場のお店や屋台とかから話を仕入れてくるから、期待して待ってて。行くよ、エルミール!」


 強気の塊は相棒を引っ立てるようにして広場へと去っていった。情けは人のためならず、とはよく言ったものだ。


 ゼフォールは微笑を浮かべて二人を見送る。自分ももっと気合を入れて確かめないといけないな、と改めて目を皿のようにして人の往来を眺めた。

 この辺りは交易商人こそあまり見かけないものの、反面傭兵は多数たむろしており、腰に剣を吊った女性は何人もいた。


 ジロジロ見つめると誤解される恐れもある。さり気なく観察して見分けるのはまどろっこしいが、散策するふりをして一人一人を見て回った。しかし、妹の姿はなかった。


 だからといって疲れも落胆もない。この一年、噂を頼りに捜し歩いてきたのだ。今日一日捜し回ることも、明日も、さらに次の日も、もっと次の日も捜し回ることは苦痛ではない。

 むしろ、真の苦痛はリセルが見つかった後に感じるのであろう。それも養父の影によって。


 ゼフォールは遠くに思いを馳せ、足を止めた。


 そのとき、背中に硬い物がぶつかる感触があった。続けてドサドサと物の落ちる音がした。


 振り返ると、長い黒髪の女性が分厚い本を取り落とし、苦々しい顔をしている。その女性は腰に手を当てると、ゼフォールに険しい眼差しを送って寄こした。


「急に止まるとは実にろくでもない。大切な書物が落ちてしまったわ」


 細く通った鼻筋は涼やかで、冷たい清水を思わせる風貌は美しいだけではなく、酷薄な印象を与える。


 一見してラズリエルと同じ年頃と思われる。彼女とは異なり貫禄があるが、前を歩く人に近すぎたというおのれの過ちを一顧だにしない傲慢さは同じだった。謙遜という言葉の意味を知らないタイプだと直感した。


 が、聖職者という立場上、ゼフォールは如才なく謝るスキルを有している。 


「それは申し訳ございませんでした。すぐに拾いましょう」


「当然です」


 うら若い女性にしてははっきりした物言いだ。強い意志の力を感じる。

 ゼフォールが腰をかがめて落ちた本を拾っている間、彼女は見下ろすばかりで手伝う気配はなかった。


 砂を払った本の表紙には小難しい題名が書かれており、その名称から理法魔術の本とわかる。彼女も理法魔術師なのだろう。

 先輩の知人かもしれないと思うと、ますます後で文句を言われないようにという気持になった。

 適正が傲岸不遜とはさすが就職難関職業だけのことはある。


 ゼフォールは笑顔で七冊の本を差し出した。


「どうぞ。本をお返しします」


「本当に詫びる気持があるなら、運ぶべきでしょう」


 どこまでも居丈高な理系女子リケジョである。


 モルゲントルンに来る前なら笑顔が強張りそうな台詞だったが、そこは日々先輩の非常識な言動に鍛えられたおかげで、にこやかな表情のまま首を縦に振ることができた。


「ええ、喜んで」


「あらあら、ゼフォール、その必要はないわよ」


 やけに気取った声が二人の注意をひいた。聞き覚えのある鼻にかかった声はニ連休中の先輩のものだった。


「リプリス、情けないわねぇ。見境なく男に声をかけるなんて、モテない女の苦悩がにじみ出てるわよ」


 リプリスと呼ばれた女性がやれやれと顔を向けると、その先には今朝見た通りの格好のラズリエル先輩がいた。


「あなたの性格の悪さほどではないわ、ラズリエル」


「彼はあたしの部下なの。勝手に使わないでもらえるかしら」


 部下という単語に違和感を覚えたが、ゼフォールは不穏な空気を感じ取り、ここではあえて訂正しない。


 リプリスはプイっと顔を背けると、ゼフォールの手から本を奪い取る。小声で汚らわしいとまで言われた。おかげで初対面の印象よりさらに負けん気が強く見えてきた。


 一方、先輩はフフンと鼻先で笑う。


 二人の様子からどのような間柄なのかは容易に想像がついた。十中八九、商売敵だ。脈絡もなく優越感に浸る顔は後輩として見るに耐えない。


「リプリス、あなたが遅いからわざわざ呼びに来たのよ。感謝なさい」


「……たわ言を。そもそもあなたが急に会合を催したいと言ったからでしょう。来てあげただけでありがたいと思いなさい」


「自分の至らなさをありがたがれとか言うからモテないのよ。ねぇ、ゼフォール?」


 非番の日まで迷惑をかけに来るとは、よほど暇をもてあましているようだな、という嫌味は頭の中だけにしておいた。

 むしろ、女理法魔術師の血で血を洗う争いに巻き込まれないよう、ゼフォールは堅く口を閉ざした。


 ラズリエルは肩をすくめただけで踵を返し、リプリスも不機嫌そうにその後に続いた。二人の後姿はすぐに人ごみに消えていった。


 今回の休暇はどうやら理法魔術師の会合に出席するためらしい。傭兵稼業の彼女しか知らないゼフォールは、モルゲントルンの理法魔術師界に興味を覚えた。しかし、競争の激しい世界にはむやみに顔を突っ込まないほうが賢明なのは確かであろう。


 何はともあれ、女理法魔術師(マウンティングじょし)の小競り合いに巻き込まれる危難を免れたわけで、それだけで今日はツイてるような気がしてきた。

 傭兵としての争いなら、同じ法定傭兵団の団員として助勢するところだが、勝手のわからない理法魔術師の世界には足を踏み入れたくない。


 今日ぐらいはリセル探しに専念したい。


 広場の中ほどに戻ると、慌てた様子のエルミールが右往左往しているのが目に入った。ゼフォールは手を挙げて彼に呼びかけ、注意を惹いた。少年は息せき切って駆け寄ってきた。


「ああ、こんなところにいた! リセルさんがいたよ!」


 思いもよらぬ言葉にゼフォールは驚いた。


「本物か!?」


「人違いじゃないよ。僕もしっかり顔を見たから。今、イーリスが話をして引き止めてるんだ! 大門前だよ!」


「わかった。ありがとう」


 ゼフォールは息の荒いエルミールに礼を言って、その場を離れた。しかし、大きな門扉を目前にして胸が高鳴るも思わず足を止める。


 果たして、いきなり姿を見せてよいものだろうか。


 妹が何も言わずに家を出たのには理由があるはずだ。それについては旅の間ずっと考えてきたが答えが出なかった。

 それがわからないまま再会して、彼女がまた姿を隠したらと思うと無性に怖くなった。


 ゼフォールは少し離れたところから、本人かどうかの確認だけをしようとイーリスを捜した。


 すると、門のすぐ外に栗色の髪の少女がポツンと立っているのが見えた。そこには彼女一人しかおらず、他に人影はない。

 さては遅かったかと、ゼフォールはイーリスのそばに歩み寄った。


「リセルは?」


「南のほうに行っちゃった……」


 言葉は尻すぼみに小さく消え入った。よく見ると、少女の頬は桜色に染まり、ポ~ッとした様子でリセルの去ったと思われる方角を向いていた。


 改めて話を聞いてみると、その女性は優しい笑顔が印象的でとても素敵な女剣士であったとのこと。そして、美しい顔を支える白い首にはゼフォールのものと同じチョーカーがあったそうだ。

 名前は聞けなかったが、南大門を抜けて南方の山地へと足早に去ったらしい。


 ゼフォールは白茶けた丘と岩山を眺めた。この方角には町や村はなく、アンリエットとハイリウムを隔てる山脈があるのみだ。ただ、南から北へ向けて川が流れ、山の雪解け水を平地に運ぶ。

 あのような山しかないところに、いったいどんな理由で向かったのであろう。薬草集めのためか、それとも王都を出奔したことと関係があるのだろうか。


 それを知るためにもゼフォールは門の外へと足を向けた。



 ◇ ◇ ◇


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