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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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黒いチョーカー Ⅱ


 玄関にたどり着く前にエイマス院長が二人の男に突き飛ばされるところに出くわした。年老いた院長の倒れる姿にイーリスとエルミールは小さく悲鳴を上げて固まる。

 男の一人がしゃがむと面倒くさそうにエイマス院長の襟をつかんで顔を近づけた。


「おい、爺さん、返済期限がとっくに過ぎてんのは自覚あんだろ。金の工面くめんができなきゃとっとと出てけって」


「もう少し待ってくれ。金は何とかするから」


 老院長が弱々しく応えると男は確認のために首をねじって見上げた。仲間は首を振って即答する。


「もっと若けりゃ仕事を斡旋してやるところだが、じじいはダメだ」


 よく見るとその仲間はルロイ傭兵団の顎デカ男だった。名前は知らない。が、その大きさを忘れるはずもない。釘が打てるぐらい顎が前にせり出し、顔の大半を占めている。もはや雄大と形容してもよいぐらいである。


 怒りを覚えたゼフォールは素早く飛び込んで襟を持つ手を杖で打った。顎が普通の男は慌てて下がり、腰の剣を抜く。その隙にスルリと院長と男達の間に入った。

 イーリス達がエイマス院長を助け起こしたので、そのまま後ろに下がらせた。


 顎デカは黒衣に身を包んだ教戒師を見て憎しみをあらわにした。


「チッ、カラス野郎か。あの胸のでかいネーちゃんはいねーのか」


「見てわからないのか。栄養が顎に偏ったようだな」


 巨大な顎の上で唇が歪んだ。手に短剣が握られる。


「そーいやぁ、お預けの勝負があったなあ」


 顎デカが合図を送ると仲間の傭兵が威嚇するようにユラユラと武器を左右に振った。


 ゼフォールも不機嫌さを面に出して吐き捨てるように言う。


「それより、貴様、老人に乱暴するのが法定傭兵団のやり方か!?」


「何を寝ぼけてやがる。テメーらだって借金の取り立てぐらいするだろうが」


「うるさい」


 痛いところを衝かれたゼフォールは顔をしかめたが、怒りは一層強まった。


 つと一歩を踏み出すと、雑な斬撃が降ってきた。刃の届かない威嚇だ。ゼフォールは身をひねってかわしながら踏み込むと、黒杖が剣を持つ手をしたたかに打つ。

 傭兵は驚いた顔をして剣を取り落とした。


 それを見たデカ顎は素早く短剣を突き出した。こちらは手加減なしで脇腹をえぐるつもりだ。

 が、刃の先端は途中で進めなくなった。目にも留まらぬスピードで手首をつかまれたからだ。これで二度目である。ただし、前回と違ってその手には凶器がある。


 ゼフォールはデカい顎に顔を近づけた。端整な顔立ちに酷薄な表情が浮かぶとより凄みがあった。


「確か、ルロイ傭兵団だったな。次にまた、この孤児院で出会うようなら、貴様の人生を戒めるぞ」


 聖職者らしからぬ雰囲気に傭兵は眉をひそめた。


「テメー、本当に聖職者か?」


「今は傭兵だ。文句ならカーツ傭兵団に言え。私が聞いてやる」


 ゼフォールが手首をひねって押しやると、デカ顎は手首を痛そうに押さえて後退した。

 そして、仲間に合図すると、壁に当たり散らしながら孤児院を出ていった。


 傭兵家業が板についてきた気がして、ゼフォールの肩は自然と下に落ちた。


「大丈夫?」


 声に振り返ると、鍋をかぶったイーリスが勇ましくも箒と塵取りを手に立っていた。


「ああ、私は大丈夫だ。それよりエイマス院長は?」


「エイマスじいちゃんも大丈夫よ」


 無事を聞いてホッとしたが、あえて厳しい顔を作る。


「そうか。……ところで、イーリス、危ないまねはするな。ログからも言われているはずだぞ」


「うぅ……。ご、ごめんなさぁい……」


 イーリスの顔は泣きそうなものに変じた。唇を引き結び、こらえている。この少女の他人を心配する気持は人として大事な資質だ。それを持ち合わせていることを否定するつもりはない。

 表情を和ませてゼフォールは優しく促す。


「さあ、私は大丈夫だから、院長のところへいってあげなさい」


「はぁい……」


 言い聞かせると彼女は素直に食堂へと向かった。その小さな背中には精気が満ちているが、同時に心細くも見えた。


 その後姿をゼフォールは見つめ続けた。


 孤児院にいる。それはすなわち、彼女達が孤児であることを意味している。


 自分は彼女のような身寄りのない人、この孤児院のような弱い立場の人間の拠り所を守ることに意義を見いだしているのだ。だから、教戒師というものを続けている。


 妹は養父の元を出奔した。リセルは再び頼るもののない道へ分け入る選択をしたのだ。ならば、救うためにリセル探しに時間を費やしても何ら後ろ暗いことはない。

 教戒師と同じ信念でやっていける。


 そう思っていた。


 しかし、胸の奥でモヤモヤしたものが消えずに、そしてしつこい雨雲のように滞留している。


 この心境をよしとするには葛藤が残るが、どんな判断にも妥協が付き物だ。ゼフォールはいつものように割りきることを己の心に強いた。


「ゼフォール、早く来てよ」


 イーリスの呼び声が聞こえる。この葛藤はエイマス孤児院とは関係のないものだと言い聞かせつつ、そちらへ向かった。


 エイマスはエルミールに引っ張られて移動したものの、食堂に続く扉の前で腰が抜けたように座り込んでいた。


 疲れた様子の老人に手を貸し、食堂で椅子に座らせた。イーリスの持ってきた水を飲むと、エイマスはようやく一息つけたように肩を落とした。


 ゼフォールが理由を尋ねると、三ヶ月前に資金繰りに困り、とある金貸しに金を借りたらしい。資金難は続いており、その支払いが滞ったせいで取り立てが来たのだ。


 運営資金はエイマスの私財と寄付によって賄われている。この半年ほどは物価が高騰していて資金難は解消されていない。

 ログは大口の寄付者で、ボランティアとして働いてもらっていることもあり、迷惑をかけないように黙っていたとのこと。


 ゼフォールは決断するように一度目をつむると財布から全財産を取り出した。その後しばらくの押し問答があり、エイマス院長には何とかお金を受け取ってもらった。

 たいした金額ではないが、生活費も含めてすっからかんとなってしまった。後でカーツにかけあって前借りさせてもらおう。うんと言わなかったら暴れてやる。


 その後、エイマスは仕事に戻り、ゼフォールはイーリスの淹れてくれたお茶を飲んだ。


 切り替えの早い彼女らははしゃぐように質問を始めた。


「さあ、質問タイムの再開よ。教戒師ってあちこち移動するものなの? 色んなところを旅行できていいわね」


 強いなと感心しつつ答える。


「いや。大抵はどこかの教会に所属して、主に教区内で仕事をすることが多いんだ。ただ、私は妹を捜して旅をしている変り種なんだ」


「じゃあ、モルゲントルンにきたのは、その妹さんがいるからってことよね」


 頭の回転が速い娘である。


「それらしい人がいるという噂を聞いた」


「ねえ、妹さんってどんな人なの? 見かけたら、ゼフォールが捜してるって教えてあげるよ。そうすれば妹さんからもゼフォールに会いにくるんじゃない?」


「それはやめてくれ。彼女は自分から出ていった。探されているとわかると、別の町にいってしまうかもしれない」


 エルミールがボソッと質問した。


「それって、探していいの?」


 そのことは常に心に引っかかっていた。ゼフォールは孤児である自分たち兄妹を育ててくれた義父の顔を思い出した。


「それはわからない。……ただ、何か困っているなら兄として助けてやりたい」


 イーリスは拳を握ると力強く頷いた。


「わかったわ。だったら、ゼフォールに知らせてあげる」


「ああ、それは助かるな」


 期待するわけではないが、プロが相手をしてくれない以上、気休めにはなるだろう。そう考えてゼフォールはリセルのことを簡単に説明した。外見や剣の腕前など、評判になりそうな特徴をだ。


 しかし、イーリスは渋い顔で腕組みをした。


「う~ん、イメージは湧くんだけど、他にもっとはっきりわかる特徴はないの? それじゃあ、似た人がいたら、妹さんかどうか判断できないじゃない」


 思わず舌を巻くゼフォール。この娘はただ頭の回転が速いだけではない。論理的に考える力も持ち合わせているのだ。


 みだりに見せたくなかったが、襟を広げて自分の首に巻かれているチョーカーを見せた。

 黒い革紐が首を一周して、ちょうど喉元にあるメダルが留め金となっている。そのメダルには樫の木を挟んで隠者と騎士が向き合っている図案が刻まれており、精緻な意匠は非常に凝ったものだった。


「リセルはこれと同じものをしている。見せびらかすものではないから、役に立つかわからないが……」


 すると、う~んとエルミールが首をひねる。


「僕、そんな感じの首飾りをしている女の人を見たよ」


「ほう……」


 すぐに目撃情報が出てくるとはにわかには信じ難い。とはいえ、時間がかれば信憑性が増すというものでもない。要は手がかりのある人に会えるかどうかだ。

 詳しく尋ねると、その女性は二ヶ月前から南大門の付近に数回姿を見せており、二日前にも見かけたとの話だった。


「その人はゼフォールさんとよく似た明るい金髪の女の人だった。一度、道を訊かれたことがあるんだ。男の人みたいな格好で剣を腰にぶらさげてたよ。顔はよく覚えてないけど、見たことがないくらい凄い美人だった」


「本当か!?」


 剣士風の女性というとスコーデル法定傭兵団のカリーナも同様の出で立ちだ。その上、この町では女性の傭兵自体が珍しいというわけでもない。

 エルミールにもう一度チョーカーをよく見せると、彼はうんと頷いた。


「同じような黒い紐でメダルがついてて、その紋章みたいなオシャレなデザインだったよ」


「そうか、本当にこれを見たのか……」


 ゼフォールはしみじみとそう言ってから、嫌がるエルミールの頭を撫で回す。礼もそこそこに孤児院を出た。

 そして、南大門前の広場へと急いだ。



 ◇ ◇ ◇


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