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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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仮面の暗殺者 Ⅰ

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 山のように高い城壁は赤い陽光を遮り、町の中を早く夕闇に落とす。モルゲントルンでは日が暮れると四方を守る大門が閉じられ、夜の始まりとともに歓楽街は幕を開ける。


 日没以降、大門脇の通用門以外は通れない。国境の南境みなみざかいに位置し、古来隣国ハイリウムの侵略を受けてきたモルゲントルンでは特に厳しい習わしであった。

 夜の入出も可能だが、町の守備兵の詰め所で厳しい入町審査を受けなければ入れないし、荷馬車などの荷物を運び入れることもできない。大門の外にはそういった客目当ての宿屋がちらほら建っている。


 また、逆に言うと、夜になると観光客、交易商人といった人々は大城壁の内側で過ごすしかなかった。


 ゼフォールは酒場や料理屋の立ち並ぶ道を、どこからこれほど人が集まるのだろうと辟易しながら歩いた。押し合うほどではないが、まっすぐ進めず、いちいち周囲を気にしながらの前進である。

 そして、ゼフォールは一人ではなかった。酔っ払ったラズリィに肩を貸しているのだから、歩きにくいのは当然だ。


 こんなことなら晩御飯はいつもの安いパンを買って一人ですませてしまえばよかったと後悔する。


「あ~ら、あな~た、い~い男ねえ、あた~しと飲まな~い?」


 ラズリエルは見目良い男性を見つけるたびにおかしなイントネーションで誘いをかける。

 下心丸出しで見返す者もいたが、ゼフォールから放たれる無言の怒気と教戒師の黒杖を見て、皆そそくさと退散した。

 ムチムチボディの技術顧問はめげずに次の男を物色し、右手をヒラヒラと振って楽しそうに声をかける。


 もうやめてくれとゼフォールは心の中で悲鳴をあげた。


 今日はまた一段と傭兵という生物の愚劣さがよくわかる一日だった。

 法によって認められた法定傭兵団も、無認可の普通の傭兵団も、構成する各個人をとってみれば大した差がないことが身に沁みた。


 特にこの肩に上半身の体重を預けてくれる技術顧問は小悪党さが目立つ。そのうち金品だけではなく身ぐる剥ぐか、下手すれば死体から(あさ)ることすらやりかねない。


 ゼフォールは溜め息をついて肩を落とした。ラズリエルが重心を崩したので慌てて担ぎなおす。

 自分はいったい何をやっているのか。いつまでこんなことをしなければならないのか。そして、頼る先を誤ったのではないか。そういった迷いが心を占めた。


 気もそぞろになったゼフォールは何度も肩がぶつかり、酒臭い息で怒鳴りつけられた。その都度、頭を下げ、嫌な思いをする。

 ここにいること自体が煩わしくなったゼフォールは、とにかくこの通りから外れることにした。遠回りでもよいので、裏道から彼女を送ろうと細くて暗い路地に足を向ける。


 心の迷いは、進むべき道の迷い。そして、ゼフォールは道に迷った。


 気がつくと、二人は昼間に掛売り代金の回収に訪れた貧民地区に足を踏み入れていた。

 建物同士が近く、月明かりの差さない裏道は静寂そのもの。左右の薄汚い壁が、選べる道はもうないぞといわんばかりに迫っていた。


 酔っ払いの呟きが聞えた。


「小賢しい、愚昧坊主が、迷いすぎぃ~……」


 その後の『ケケケケケケ』という笑い声が腹立たしさに拍車をかける。 


 そのときだ。ゼフォールの脳内に閃光が走った。


 これは灰光の啓示だ。灰色の光はこう告げている。

 罪なき教戒師の手が滑って彼女は派手にすっ転ぶであろう、と。その後、罪深き女はおのれの悪行を恥じ、謝罪をして自分の足で歩くようになると。ちょっとくらい痛い思いをしても、酔っ払ってるから覚えちゃいない、とも言っていた。

 実に人道的な託宣である。


 人道とは、『人』の道。彼女の人として踏み外した道を少々正してやるのも教戒師の仕事ではなかろうか。


 ゼフォールは最後の踏ん切りをつけるために、手の施しようのない酔いどれ姿を目に収めた。


「……」


 このゲス魔女は一介の教戒師がどう足掻いても悔い改めるわけがないと悟った。

 もう一度担ぎ直し、啓示は忘れることにした。


 不意にゼフォールは足を止め、息を殺す。

 背後に気配がしたのだ。人がおらず静かな小道にたかぶった荒い息遣い。それも二人分。


 手近な壁に寄ると、酔っ払いの耳元で囁いた。


「ラズリエル、壁にもたれて少し休むといい」


「ちゃちゃ~っと片付~けて、早~く迎え~にき~なさ~いよぉ」


 驚いて彼女の顔を見ると、切れ長の目が悪戯っぽく笑っていた。酔眼でもしっかりとした眼差しだ。さっきは手を離さなくてよかったと胸を撫で下ろすゼフォール。


 内心を悟られる前に振り返ると、建物の角から二人の男が現れるところだった。黒髪で額が広く、南方系の顔立ちをしており、ひと目でコアト族だとわかった。

 二人は無言のままゼフォールに近づいてくる。どちらも刀身の長いナイフを慣れた手つきで持っていた。


「僧侶が女連れかい? 坊さんも人の子ってことか」


「私は教戒師です。何か用ですか?」


 強盗である。おのれの迂闊さに嘆息を禁じえない。ゼフォールは見逃してもらえないかと杖を上げてみせた。

 二人は近づき過ぎないように止まり、男の一人が進み出た。


「金を出せ。身ぐるみ剥ごうなんて考えちゃいねえ。おとなしく金をおいてったら、怪我しなくてすむぜ」


 低くかすれた声は威圧的だったが、その顔には凄みよりもやつれのほうが強く滲み出ていた。


「隣人の財を奪うことは罪です。考え直すつもりはありませんか?」


「何を考え直せってんだ。こちとらこれでおまんま食ってんだぜ」


 もう一人の強盗が言葉を継ぐように口を開いた。彼は横に移動して少しずつゼフォールの背後へ回り込もうとしている。


「強盗は何度もしてきた。昨日だって、迷い込んだバカな男がヒーヒー言いながら逃げてったよ。一昨日は、近道しようとした若い夫婦が泣いて帰った。一回見逃したからって、罪が軽くなるもんじゃあないんだ。兄さん、諦めな」


 強気な話し方ではあるが、二人ともみすぼらしい身なりで、ゼフォールは初めて見たイーリスたちを思い出した。ただ、彼女らより不潔で、話し声にぜえぜえと喘鳴ぜんめいが交じって不健康そうでもあった。


『傭兵というのは因果な商売。虐げ、虐げられを見続ける』


 傭兵団の入団面接に臨んで、先輩技術顧問が言った言葉だ。これが脳裏をよぎる。


 彼らを撃退することにどんな意味があるのだろうか。

 撃退すれば、彼らは後で別の人を襲うだけだ。もし、町の保安警備局に突き出しても、別の二人が現れるだけのことだろう。

 もしかすると、それは単に身を守ることではなく、窮した弱者を虐げることでもあるのではないのか。


 ゼフォールにためらいが生じた。身に降りかかる火の粉は払うだけだが、どうしても気が進まない。


「本当に考え直す余地はありませんか?」


 再度の質問に強盗は厳しい顔でかぶりを振る。


 唐突に酔っ払いの鼻にかかった声援が飛んできた。


「やっちゃうぇ~い! ゼフくふぅ~ん!」


 場違いなくらい陽気な声は男たちを苛立たせる。彼らは忌々しそうに顔を歪め、吐き捨てた。


「身持ちが悪そうな女だな。兄さん、あんたはまじめそうなのに。あんな女と付き合うのはやめたほうがいい」


「んだとっ、このガチクソ野郎が! 脳みそぶちまけて死にさらせ! おらおらぁ、貧乏人をぶっ殺せぇ~い!」


 ゲスな技術顧問の耳に入ったようだ。短絡的で無頓着な声がゼフォールの頭の中に響き渡った。


『貧乏人』


 その単語は彼らが町の中でどう扱われているかを想像させた。どう考えても楽なわけがない。


 そこでゼフォールはハッと気づく。昼夜が逆転したかのような感覚だ。

 苦笑を浮かべ、軽くなった肩を二人へ向けてすくめてみせる。


「そうしたいやまやまですが、私も彼女に付き添うのが仕事なんですよ」


 解決方法は簡単なことだった。彼らは、有り金を与えれば、去ると言っているのだ。

 腰のポーチから巾着を取り出すと、振ってみる。情けないほど軽い音しかしない。


「わかりました。少ししかありませんが、これを渡します」


 強盗たちは顔を見合わせると互いに頷いた。合意がとれたらしい。

 近いほうの男が手を伸ばした。


 そこへ……。


「助けてくれ!」


 緊迫した悲鳴とともに肩を押さえた人影がよろめきながら現れた。

 ゼフォールは正面の暗闇を見据え、二人の強盗も驚いて振り返る。


 月の薄明かりに照らされて、仕立のよい立派な服を着た男の姿が見えた。左肩から血を流し、今にも転倒しそうなほどおぼつかない足取りだ。

 それに三人の男が追いすがった。皆、短い剣をもち、殺気立っている。彼らは走り寄ると負傷した男に一斉に剣を突き立てた。


 男はがっくりと頭を垂らして絶命した。


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