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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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ゲス魔女 Ⅱ

 ◇ ◇ ◇



 さらに数日間先輩技術顧問と仕事をともにすることで、ログの思惑とは裏腹に、ゼフォールはこの先輩がロクでもない人物であることが理解できた。

 見た目は妙齢の女性だが、中身は意地汚さの塊だった。性質の悪い酒飲みが酔いが醒める前に酒がないかと辺りを探すように金を漁り歩いている。


 最初はゼフォールも傭兵の実態を目の当たりをしたのだと衝撃を覚えたものだが、今では慣れ、素行のゲスさは傭兵だからではなく、むしろ『ラズリィ』だからだと思うようになった。


 そしてある日、ゼフォールとラズリエルは掛売り代金の回収に同行する仕事を割り当てられた。


 掛売りとは品物を先に渡して、その代金を後から払ってもらう売り方である。カーツ傭兵団とは懇意の商人からの依頼だった。

 今日の集金ルートは少々乱暴者が多い地域となるため、腕の立つ用心棒を雇ったのだ。


 取立て先の大半は、基本的には素直に払ってくれたが、一部の払わない頑固者には依頼人が天下無敵の爆裂交渉術を駆使した。それでも力づくで追い払おうとしたごく少数にはゼフォールが体を使って穏便に説明(たいしょ)した。


 ここはモルゲントルンでも(さび)れた地区にある細い路地である。手入れのされていない建物に挟まれ、ひどく薄暗い。


「おうおう、このクズども、まだやる気ならゼフ君が四つ折にして川に捨てちまうぞ!」


 ラズリエルは元に戻らなくなるんじゃないかと思うほど歪ませた顔を突き出してゼフォールの背後から威嚇した。しかし、仰向けに倒れた男たちは気絶しており、反応はない。

 彼らは不心得者が雇ったチンピラである。


 意識がないことがわかるや、技術顧問は邪悪な微笑みを浮かべて彼らの上に屈み込んだ。そして、あろうことか腰や股間の辺りをゴソゴソとまさぐり始めた。


 すぐにチャリン、チャリリンと何枚もの硬貨が地面に落ちる音が聞えてくる。


「あ、こんなところにお金が落ちてる~。落とした方いませんか~。よし、いない」


 見ていられなくなったゼフォールが路地を出ると、依頼人はそ知らぬ顔で手帳を見て次の訪問先を確認していた。

 時をおかずにラズリエルがほくほくしながら現れた。それを見て、依頼人は次の訪問先へ向かった。ゼフォールは心を鬼にして、そのあとに続いた。


 依頼人からお役御免を言い渡されたのは、昼食時がもう終わろうかという時間だった。依頼人を連れて屯所へ戻ると、依頼主が副団長に報酬を支払い、仕事は終わった。


 二人は昼食をとりに外へ出た。


どん底クズ酒場(どんぞこ)でご飯にしようか」


 誘うラズリィの表情には愛嬌がある。しかし、切れ長の目がねだっているようにしか見えないのは、ゼフォールの気の迷いなのか。甘えられるぐらいなら、先輩面されたほうがましだと思った。


 眉間に皺を寄せて、きっぱりと言ってやった。


「奢る気はない」


 彼女は傷ついたように唇をへの字に結んだ。


「あなた馬鹿ね。何のために傭兵団に入ったの。今日の割り当て業務には余裕があるでしょう。だから、したいんじゃないの? 情、報、収、集」


 思いがけない台詞に思考が一瞬停止する。


「今、何て言った?」


「お昼を食べるついでに妹さんの情報を集めましょうと、私はお誘いしてるんですけどぉ」


 ちょっと拗ねている。


「あ、ああ、ありがとう……。助かる」


 呆気にとられたゼフォールは何とかそれだけ言うことができた。

 まさか彼女がそんなことを考えていたとは思いもしなった。自由奔放な振る舞いにばかり目がいっていたが、ログの言った通りだったと少し反省する。


 もちろん、今日までの間にゼフォールはどん底クズ酒場に限らず情報集めを試みていた。しかし、はっきり妹とわかる情報は皆無で、それどころかまともに取り合ってもらえないことが多かった。

 もし、傭兵として先輩である彼女とともに話をすれば、何らかの成果が期待できるかもしれない。


 二人はどん底クズ酒場へ足を運んだ。


 目的地に到着すると、いくつか席が空いていたので、カウンターに近いテーブル席についた。


 ゼフォールはランチのお得メニューから魚料理を注文し、ラズリエルはランチメニュー以外からとても高そうな肉料理を注文した。その行為に技術顧問の給料がいくらかという疑問と身銭を切らされる危険を感じたが、先ほど彼女が言ってくれたことを思い出し、その考えを否定した。


 混雑のピークを過ぎていたため、料理はそれほど待つことなく運ばれてきた。


 魚料理は値段相応の魚を使った焼き魚だったが、体を動かした後なので濃い味付けが口に合った。

 一方で肉料理のほうは岩のような牛肉の塊が皿にでーんと鎮座し、色とりどりの温野菜がその周りを囲っている。単品注文したスープもよい香りを漂わせ、ゼフォールの鼻孔をくすぐった。


 ラズリエルは普段の子供じみた言動とは打って変わって上品な所作を見せ、肉を少量ずつ切り分けて食べた。その姿だけで判断すれば、良家のお嬢様といえる。

 何とも捉えどころのない人物であった。


 理法魔術は公理と理論で構築されるものであり、それを直観で習得することは難しい。細かい規則が多く、ごくごく些細な書き損じでもあれば魔法が働かないからだ。

 感覚的に理法魔術を発動するなんてことは不可能で、理法魔術師になるにはそれこそ青春を棒に振るほどの勉学が必要だった。


 そのため、理法魔術師には書生気質な人物が多いのだが、彼女にはまるでそんな雰囲気がない。むしろ、教本を枕にして堂々と睡眠学習だと言いかねない。


 理法魔術師らしくない彼女を不思議に思ったゼフォールはふと尋ねてみた。


「君は理法魔術師なのか?」


「ん……それっぽくない? でも、まあ、そんなところかな」


 彼女は皿から目を離さず、気のない声で答える。


「学べるところは少ないだろうし、どこで習った? 私は教戒師になるために王都の教会学校で教わったよ」


「あたしにはお師匠様がいるの。それより、ゼフ君は王都にいたの?」


 ラズリエルが意外そうにゼフォールをしげしげと眺めた。


「一年前に妹が失踪するまでな」


「どうせ兄妹喧嘩でもしたんでしょう。ゼフ君、あなたウルサ型っぽい」


「失礼だな。私はうるさくない。それに喧嘩したら、確実にこちらが負ける」


 はなからの敗北宣言に興味が湧いたらしくラズリエルは質問を重ねた。


「ねえ、妹さんてどんな?」


 ゼフォールの表情が和み、食事をとる手が止まった。記憶を遡るように視界の隅に目を向けると、思い出から答えを紡ぎだした。


「優しい奴だけど、自分に厳しいところがある。頭がいい分、不満やストレスを抱え込んで他人には相談しないタイプだ」


「ふーん。……ゼフ君に似てるかな」


「知り合って間もない奴に決めつけられたくない」


「毎朝寝込みを襲う仲じゃない。あ、ごめんなさい。下僕だったわね。それで、兄妹だから顔も似てるの?」


 ゼフォールは不愉快そうに頬を歪めたが、諦め顔で答えた。


「髪の色は私と同じで、色白だ。顔も似ている。ただし、才覚や剣の技量は私では遠く及ばないほど凄い。それにあいつは相当の美人だから、もしその才能を発揮すれば、間違いなく目立つ。そういう噂を頼りに捜しているんだ」


「ベタ褒めね。やだ、もしかしてシスコン?」


「それはない」


 ゼフォールのうんざりしたような様子にラズリエルは話をやめて食事に専念し始めた。


 そのとき、タイミングを見計らったように、二人のテーブルに顎がハンマーのごとく突き出した男が寄ってきた。

 堅そうな革のベストを着て、剣を腰に佩き、ベルトには短剣を何本も差してある。足の運びは体術の心得を感じさせ、ひと目で傭兵とわかる男だった。


 もっとも、傭兵御用達の酒場なら、傭兵がいて当然だろう。しかし、浮かぶ表情は決して同じ苦労を知る同業者を見るものではない。

 顔が赤く、酒臭い息がテーブルに漂ってきた。この顎の大きな男はあきらかに酔っ払っている。


 ラズリエルが鼻にハンカチを当てて囁いた。顔が寄ってふわっとよい香りが漂う。


「ルロイ“お下劣”傭兵団よ。あそこは、よくいって中堅クラスの法定傭兵団なんだけど、少し前にカーツがお得意様を奪ってやったの。それで、あたしたちは目の仇にされてるわ。法定傭兵団同士の争いはご法度から、あなたも自重してね」


 その言葉が終わる前に、男は威圧するようにドンと音を立ててテーブルに手をついた。皿やフォークなどの食器が無作法に鳴った。

 彼はしゃくれた顎先を親指でこすりながらゼフォールを見下して言った。


「よう、教戒師。情報交換してくださいって、お願いして回らないのか?」


 ゼフォールは表情を消した。わざわざ敵意を剥き出しにした相手に友好的に接するほど心は広くない。


「今日は昼御飯を食べにきただけだ」


「何だよ。せっかく俺が情報提供してやろうと思ったのによ」


「けっこうだ。間に合ってる」


 男は目を細めるとしつこく絡んできた。


「坊主だからって、傭兵おれたちを毛嫌いするなよ。カーツのところに転がり込んだくせによお」


 彼はおもむろにゼフォールの皿に手を伸ばして焼き魚の身をつまみとる。そして自分の口に運んだ。


 その傍若無人さに先輩の険しい眼差しが向く。一方、ゼフォールはまったく動じず、無言のまま聖職者の忍耐強さを示した。


 相手が怖気づいていると誤解した男は薄ら笑いを浮かべた。


「う~ん、うめえ。仕方ねえ。俺が魚一切れ分の情報を提供してやるぜ」


 見上げると実に優越感に満ちたあごだった。


「おまえはここじゃ嫌われてる。尻尾を巻いてさっさと出ていくか、俺にケツを蹴り上げられて追い出されるか。そのどちらかだ。さあ、どうする?」


 そして、ぐしゃりと魚を潰した。白身が皿からはみ出て、テーブルに落ちる。男は満足そうに拳についたソースを舐めとった。

 周囲のテーブルから今か今かと乱闘を期待する視線が集まった。


 しかし……。


「気が済んだなら、帰ってくれ」


 ゼフォールは怒りもせずに曖昧な微笑でそう言った。


 てっきりひ弱な聖職者が気合負けして逃げ出すと思っていた男は、予想外の言葉に鼻白む。

 もし強がって腹を立てたとしても先に手を出させる算段でいたのだが、手ごたえがない相手には通用しなかった。


 ルロイ傭兵団の男は標的が熱くならないことに業を煮やし、矛先を変えた。野卑た顔が下品に笑いかける。


「美人の姉ちゃん、おまえはカーツと一緒のところをよく見かけるが、姉ちゃんも傭兵なのか? それともカーツの乳繰り合い要員か?」


 ラズリエルの眉がピクリと動き、瞳に暗い光が宿った。口の中で、この雑魚が、と呟いている。幸いその台詞は雑魚には届かなかった。


 男の悪口雑言が続いた。


「いやいや、せいぜい中古の残りカスってとこだな」


「……んだとっ────(このチ○カスがぁ)!」


 呟きが大きくなる前にゼフォールが素早く訂正した。


「彼女はピッカピカの技術顧問だ」


「だったら、うちで乳繰り技術の専門にしてやるよ」


 男の手がはみ出さんばかりに盛り上がる胸元へと迫る。が、その手は魅惑の園へ届くことはなかった。

 手首を堅く握り締めたままゼフォールは微笑みを崩さない。


「巨大な顎にソースがついてるぞ。汚い奴にこんな美人は不釣合いだ」


 緊迫した空気がテーブルに走った。周りでガタッと椅子の動く音がした。


 咄嗟に両手で胸を隠したラズリィは、察して自分の皿を手に席を立つ。


「オホホホ。美人はカウンターで静かにいただくことにするわ。ゆっくり楽しみなさい、雑魚同士でッ」


 最後のひと言はまさに吐き捨てられ、その美人はいなくなった。


 こうして雑魚が二人残された。

 憮然とした男はたくましい腕に力を込め、振りほどこうしたがびくともしない。威圧感を醸し出してゼフォールを睨みつける。


「おい、この手を放せ」


 素直に左手が開き、腕は解放される。途端に男の拳がゼフォールの顔面に直進した。が、それは右手によって受け止められる。

 電光石火の早業に男は目を見張ったものの、驚きはすぐ怒りに転じた。ベルトの短剣がスラリと抜かれた。


 と、そこへ、ガヤガヤと話し声をさせながら十人ほどの男たちが入店してきた。皆話しながらいくつかのグループに分かれ空いているテーブルを見つけて座った。


 そのうちの一人がゼフォールたちのただならぬ様子に気づいた。怒鳴り声が店内に響く。


「何をやっている! 法定傭兵団同士のいさかいはご法度だぞ!」


 ルロイ傭兵団の男は舌打ちをした。


「チッ、スコーデルの連中か。うるせえ奴らがきやがった」


 男は離れ際にテーブルの脚を蹴り、仲間の元へと戻っていった。それから、飲みなおすぞと声をかけて仲間とともに店を去った。


 ゼフォールが怒鳴った傭兵に向けて会釈をすると先方からは頷きが返った。

 もはや食事をする気分ではないので席を立ち、ラズリエルのいるカウンターへ移動した。自分たちも店を出ようと声をかける。


 彼女は色黒の親爺とひそひそ話していたところで、ゼフォールが近づくと、あちゃー、と額に手を当てた。そして、金貨を親爺に支払った。

 ゼフォールも昼食代を精算してから、二人はどん底クズ酒場を出た。


 不審に思ったゼフォールは先輩に尋ねる。


「昼食代に金貨三枚は高すぎないか?」


「ゼフ君があの()ロイ傭兵団の奴と喧嘩になるかをマスターと賭けたのよ。誰かさんのせいで負けたけどね」


 切れ長の目が非難するようにゼフォールを睨む。自重しろと忠告したにもかかわらず、彼女自身は喧嘩になるほうに掛けたらしい。


 これだから傭兵は、とゼフォールは思ったが、自分も傭兵になったことを思い出して肩を落とした。

 前途多難な傭兵生活は、まだ始まったばかりだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


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