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教戒師とゲス魔女の傭兵団  作者: ディアス
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ゲス魔女 Ⅰ

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 カーツ傭兵団への入団を許されたゼフォールが真っ先に任された仕事は、ラズリエル技術顧問を毎朝起こしにいくことだった。

 技術顧問としての仕事を覚えるためにしばらく先輩と一緒に行動するという名目だ。


 これは、ある意味、入団面接での二人の言動に対するカーツからのささやかな仕返しでもあるのだろう。

 毎朝他人の家まで迎えに行く煩わしさは我儘を通そうとしたゼフォールに、二度寝を阻止される歯がゆさは団長ではなく新参者に肩入れをしたラズリエルに。


 それはともかく、給料を貰っている身分で毎日遅刻する精神が、ゼフォールには理解できない。

 そんな気持で迎えた五日目の朝、彼女の頭の中を覗いてみたいものだと考えつつ、彼女の家の白い玄関扉を叩いた。


「ラズリエル、まだ起きてないのか?」


「zzz……」


 かすかに寝息のような声が聞える。

 念のためにもう一度呼びかけた。


「副団長にドヤ顔でどやされるぞ」


「www……」


「馬鹿にしてるのか?」


「orz……」


 どうやらすべて寝言らしい。寝ながら扉越しに訪問者をからかうとは、とんでもない特技の持ち主だ。いつかこの特技で身を滅ぼすだろう。


 ゼフォールは聖職者として彼女の将来の冥福を祈り、いや、身を案じて玄関を強く叩き続ける。

 怪しく思った近隣住人の注意が集まり始めたところでようやく返事があった。とりあえず準備が整うまで玄関脇で待つことにした。


 周囲の住人の視線は途切れがちになったが、このところ彼女の家に毎朝来る青年はいったい何者だろうと噂が立っていることは想像に難くない。

 親密な関係だと思われたくないため、必ず家の外で待つことにしていた。


 ややあって、ラズリエルは現れた。今日は明るいスミレ色のドレスの上に深い紫色の上着をはおっている。思いの外、ご機嫌であった。


「おまたせ。そして、ご苦労。あなた、まるであたし専属の下僕ね」


 細かい挑発には慣れた。ああいう台詞は彼女の挨拶のようなものだ。


「『おはよう』が抜けてるぞ」


「朝と呼ぶにはもう遅いのだよ、ゼフ君」


 偉そうに指摘する彼女に一般家庭における朝の時間帯を教えてやりたくなったが、やめておいた。時間の無駄だ。


 二人は歩いてカーツ傭兵団の屯所へと向かった。たどり着いたときは、朝の全体ミーティングがとっくに終わった後だった。


 黒い建物に足を踏み入れるなり頭の毛の薄い男が狂ったようにガミガミと噛み付いてきたが、気にせずにおいた。副団長の主な標的はラズリエルなのだから。


 寝坊助ねぼすけ魔女がこってり絞られている間にゼフォールはログを探す。彼は本日の仕事のために装備を整えており、倉庫で見つけることができた。


 彼は一風変わった形の大剣を背負い、立ち上がるところだった。それは、刀身に長さはないが身幅のやたら広いもので、扇に近い形をしており、普通に考えれば大変重そうな代物だ。それをこの男は細い木の枝程度にしか感じていないようだ。


 これだけの大力で殴られてよく大怪我をせずにすんだものだとゼフォールはぞっとした。

 複雑な面持ちで声をかける。


「おはよう、ログ。随分大きな剣ですね。これから仕事ですか?」


 自分と同じくらい年季の入った革の鎧をパンとひとはたきすると彼は手を上げて挨拶を返した。


「ああ、おはよう。この剣はわしの古馴染みでな。街道巡回のような警備の仕事にはもっていくんだ」


「モルゲントルンの街道警備隊に同行する仕事ですか」


 役人に同行する傭兵によい思い出はない。

 ゼフォールの浮かない表情の意味を悟り、ログは豪快に笑い飛ばした。


「ダッハッハハハハハ。街道役場かいどうやくばの連中はこき使ってくれるんだが、役場からの仕事は箔がつくし、何より年間契約は安定収入の元だ。文句を言わずに務めてくるさ」


 思い出しついで生意気そうな少女の顔が脳裏をよぎる。


「そうですね。ところでイーリスたちは元気にしていますか?」


「ああ、元気すぎて困るぐらいだ。もし、気になるなら、孤児院へ顔を出してやってくれ。近所にあるエイマス孤児院だ。あの子たちもきっと喜ぶ」


「仕事に慣れて、余裕ができたら遊びにいきますよ」


 濃い顎鬚に覆われた顔が皮肉めいた笑顔に変わった。


「で、そっちはどうなんだ。今日はどんな仕事だ?」


 それが、と肩をすくめてみせるゼフォール。


「今日も遅刻して、仕事の割り当てをまだ聞いてません。この五日中、五日とも遅刻。あのラズリエルという女のルーズさは手に負えませんよ。自分も同類だと思われそうで……」


「いいじゃないか。あんな美人を毎日迎えにいけるんだ。楽しんで叩き起こしてやれ」


「そんな楽しみは初日に捨てました」


「彼女は思いやりのあるいいだぞ?」


 思いやり。まるで似つかわしくない形容詞だ。

 ゼフォールは腕を組み、昨日までの四日間における彼女の行動を記憶の中で追った。


【 初 日 】

 法定傭兵団の説明をしがてら先輩としてご馳走すると言った後の昼食の席。紳士の淑女に対する振る舞いについて彼女は滔々(とうとう)と語り、ゼフォールが奢らざるを得ない空気をつくった。


【 ニ日目 】

 市場帰りの荷馬車から落ちたオレンジを拾い、彼女は笑顔で言った。『まさか売り物にするはずないわよね』

 傷もついていなかったのだが、弱り切った果物売りは言い返せず、そのまま彼女のものとなった。


【 三日目 】

 身なりのよい男性が誤ってお金を道にばらいてしまった。落としたお金を拾うのを彼女は手伝ったのだが、前かがみになって弾けんばかりの胸元に視線が集中している隙に数枚の小銭を自分のポケットに仕舞った。その男性は足らないことに気づくどころか幸せそうだった。


【 四日目 】

 ……。


 思い出すのも嫌になったゼフォール。

 絶望的な振る舞いにポツリとひと言。


「ゲスだ」


「本人も好きでゲスになったわけじゃないだろう。カーツ傭兵団(ここ)にいる間は、大目に見ろ」


 ゼフォールは思った。ゲスは否定しないんだな、と。


 ログがセフォールの肩に腕を回し、いかついながらも誠実そうな顔をほころばせた。

 出会って間もない相手だが、ゼフォールも彼の人柄のよさは認めている。孤児院と傭兵との関係はよくわからないが、その行いは善意からのものだと確信できた。彼のような人間を人格者というのだろう。


 ゼフォールは堪忍袋の緒を三重にする覚悟でその言葉を受け入れた。


「善処します」


「ハハハ、顔が渋いぞ。ふ~む、おまえは相手のことを許す秘訣を知ってるか?」


「私も聖職者ですから、忍耐力はあるほうですよ」


「それじゃなくて、人として、さ」


「慈悲、ですか?」


 ログは太い首を動かして否定した。


「違う違う。その相手を好きになることだ。好きになれば、大抵のことは気にならん」


 目の玉が飛び出そうになったゼフォールを見て、ログは、男女の仲とは言ってないぞ、と付け加えた。

 それ以前に、人の道を外れた相手に好意を持つことは至難の業だ。


「ぜ、善処します」


「難しく考えるな。あのの皮肉や嫌味は好意の表れだと思うといい」


 あのゲス魔女に悪意はないというのがログの解釈だ。その解釈を採用するかはゼフォールには決めかねた。


「前向きに検討します」


「考えてもみろ。彼女の台詞から逆棘がなくなったら、毎日が楽しくなくなるんじゃないか?」


 その後、彼はすぐに呼ばれて出ていった。


 そこへ入れ替わるように仏頂面のラズリエルが現れる。倉庫の戸口で立ち止まると、彼女はカビ臭い空気に触れないよう部屋の外から言った。


「なんだ、こんなところにいたの? 新人君は、ホントにすぐサボるんだから。さ、お仕事よ」


 この程度の当てこすりは彼女のデフォルト。ゼフォールは溜め息をついてから言い返した。


「昨日より早いな。副団長のお小言は終わったのか?」


「もちろん。小言を聞かせるより、稼ぎにいかせたほうが効率的だと理解させたのよ」


 遅刻をしなければ、もっと効率的であることに彼女は気づいているのだろうか。そんな思いはあったが、ログとの会話を思い出して、心にそっとしまっておいた。


「そうか。それで仕事は?」


「用心棒。頼りにしてるぞ、ゼフ君」


 言って先輩技術顧問は細い腕でアチョーと構えてみせた。


 『技術顧問』という肩書きにいったいどういう意味があるのだろうかとゼフォールは首をひねった。



 ◇ ◇ ◇


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