プロローグ ~ 宵の仕事 Ⅰ
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なろう初投稿です。
ゆっくり書いていきますので、よろしくお願いします。
短絡的で無目的な筆のため、調子が悪いときの文章は味気ないです。そのため、こまめに修正します。悪しからず。
感想、アドバイスなどいただけると幸いです。
願わくは、長いご愛顧を。
更新頻度:週一回程度(土日のどちらか)
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月も沈みかける夜更け。頑丈なカシの扉が蹴破られ、黒いロングコートの青年が室内に押し入った。闇のように黒い杖を手にしてコートの裾をひるがえす姿は唐突に訪れた死神のよう。
対して室内には細長いテーブルの燭台に照らされて五人の男がいた。どの男も無精髭を生やし、身だしなみはよく言ってゴロツキ風。細長いテーブルで酒を飲んでいた五人の手が止まる。皆一様に驚いており、荒々しい物音に顔が扉に向かった。
青年の右腕が振られてガラス玉が飛んだ。テーブルに落ちるか落ちないかのタイミングで青年が呟く。
「光あれ」
途端に透き通った玉が閃光を放ち、男たちの目をくらませた。
姿勢を低くした青年が杖の頭をねじり、白刃が引き抜かれる。猫のように音もなく体が動いて手前の男の喉を切り裂いた。
隣の男は椅子に立てかけてあった剣をつかんだところで、やはり首を切られてテーブルに突っ伏した。青年は優雅なステップで背後に回って血飛沫を避けつつ次の標的へ向かう。
残る男たちは三人。それまでに閃光の効果は薄れ、男たちの手にはそれぞれ抜き身の長剣があった。
仲間二人の無残な姿を目にしても、彼らは無闇に声を出さなかった。こういう事態に慣れていて自信もあるのだろう、いかに敵を倒すのかに思考が向いている。
青年も口を開かず、広くない部屋でテーブルを回るようにするすると動いて次の一人に肉薄した。
標的となった男は慌てず気合声を発して斬りつけた。ロウソクの光を照り返した白刃が鋭く弧を描き、青年の額に届きそうになるも間一髪で当たらない。
男は退きつつ斬り上げ、そこから返して水平に剣を振った。
テーブルと壁の間が狭く、青年も横薙ぎの後に踏み込むことができなかった。その隙を衝いて別の一人がテーブルに乗り、青年の淡い金髪に覆われた頭頂を狙って剣を振り下ろした。
と、瞬時に青年の体が斜めに傾いて刃を避ける。同時にテーブルが派手な音とともに蹴り飛ばされ、天板上の男は剣を振り切った格好で無様に転がり落ちた。
そこへ、一度退いた男が前に出て渾身の袈裟斬りを放った。しかし、仕込み杖が鎬を削って受け流し、体勢を戻した青年が男をしたたかに突き飛ばした。男は壁にぶち当たって咳き込む。
咳が終わらないうちに男の腹に青年の掌が押し付けられた。
「衝撃を喰らえ」
そう囁いた直後、男の胴体はぶるっと震えて壁に張りつき、その目や鼻、口から鮮血をしたたらせて崩れ落ちた。
青年は間をおかずにその場を離れ、返り血を一つも浴びることなく、続いて床から立ち上がる男へと近づいていった。
男は長剣を持つ手を両手から右手に変え、左手で短剣を抜いた。相手の動きを見極めて一方の剣で防ぎつつ、同時にもう一方で確実に傷を負わせて弱体化を図るつもりだ。
不意に横合いから最後に残った男が青年に斬りかかってきた。その斬撃はこれまでになく鋭く、速かった。
咄嗟に体を開いて避けたが、切っ先が青年の鼻先をかすめんばかりに通り過ぎる。続けざまに二刀流の攻撃が突き込まれた。青年は軽やかな足捌きで相手の横をすり抜けて後ろへ出る。
そのまま無防備なうなじへ刃を振るった。が、それは最後の男の剣に阻まれた。
男たちの中で最後の男の剣だけは仲間の動きに合わせている。修羅場でものを考えて動ける男は侮れない相手といえた。青年は仕込み杖のグリップを強く握った。
青年が一度退くと、攻守が入れ替わり二人は手数で押し始めた。三本の白刃の照り返しが空間に光芒を幾条も走らせる。それを青年の仕込み杖が的確に弾き、捌き、受け流した。
そして、次の一振りで二刀流の男の手首が斬り落とされ、男は胸を刺し貫かれて死んだ。
最後の男は目を剥いて驚き、その瞬間に首を刎ねられた。
青年は淡々とまだ生きているものがいないか見て回り、五人全員の絶命を確認すると、奥の部屋を鋭い目で見据えた。
奥の部屋に入ると豪奢な書き物机の向こうでガタガタと震えている男がいた。それは初老を迎えた立派な身なりの男性で、血刀を持った青年に驚いて椅子から転がり落ちた。
青年が静かに歩み寄ると男の顔色の悪さが初老を老けて見せた。
初老の男は恐怖と怒りの混ざった声で言った。
「おまえは誰だ。イーブたちはどうなった」
「私は教戒師だ。そして、用心棒はもういない」
抑揚の少ない声がそう答えた。声の主である青年は、男の前で落ち着き払って刃の血糊を拭った。
それから剣尖を鼻先に突きつける。胸のポケットに挿してある一輪の花が揺れた。
薄暗い中で照らされる白い花の可憐さが、青年の青い瞳の冷ややかさを引き立てて、男を怯えさせた。
「ま、待て! どういうことだ!? わしは教会の教えに背いていない! 多額の寄進もしている。どうしてわしを襲うのか理由を教えてくれ!」
「おまえが高利の金貸しだからだ」
「金貸しだから? いや、金貸しは立派な職業だ。わしだって無理に貸したんじゃない。破滅したくないから人は自らの意志で金を借りにくるんだ。なのにどうして責められなければならん」
男はさっぱりわからないと首を振る。
青年の目にその姿は演技じみて映った。
青年は刃を下げると、視線を逸らさずに腰のポーチから二握りほどの細い筒を取り出した。親指で器用に蓋を押し開けると、素早く腕を振る。中から丸めた紙が飛び出した。
それはちょうど男の膝の間に落ち、男は恐る恐るそれをとって広げた。紙は手触りのよい上質紙で、この地区の教会であるラグリーズ教会の印があった。それは書状で『告発状』と題されていた。
男が嫌々ながらに目を通すと、彼が高利貸として法外な利率を課し苛烈な取立てをしてきたことが綴られていて、最後には見覚えのある多数の名が列挙されているのがわかった。他にも見たことのない文字や記号が書いてあったが、金貸しの男はふつふつと湧いた怒りから勢いよく顔を上げた。
彼の声には力が戻り、侮蔑の言葉が発せられた。
「やっぱりわしに金を借りた奴らじゃないか。奴らは勝手に金に困ってわしに借りにきた。それは事実だ。そのとき、奴らがどれだけ感謝していたか、おまえはわかってるのか。それなのにわしだけが悪いかのように言いおって! しかも教会の告発状などと!」
青年の口から溜め息のような吐息が洩れた。そこには脱力ではなく抑制の気配が漂う。
「そこに記されている名前はすべてラグリーズの教会墓地の墓碑に刻まれているものだ」
「はあっ!?」
驚きの声は決して哀悼の意などは表していなかった。
それどころか盗人猛々しいとはこのことだとばかりにまくし立てる。
「取立てなければ、こちらの口が干上がるんだぞ。それを言うのはお門違いだ。慈善事業で金を貸してみろ。すぐに金を返す奴はいなくなる。その結果、こっちが首をくくらなきゃならん! それでもわしらが悪いというのか。おまえこそ腹の足しにもならん神の訓示とやらを垂れる教戒師のクセにまっとうな商人を剣で脅し、その奉公人を殺したんだ。悪事を働く聖職者のほうがよっぽど悪党だ!」
激しい剣幕が広い部屋に響いたが、終わると途端にシンと静まり返り、その勢いもすぐにしぼんでしまった。
青年のかぶりがゆっくりと振られ、冷淡な声が発せられる。
「善悪は関係ない。おまえは金利と取立てに手心を加えろという教会からの戒めを無視した」
男の背筋を悪寒が走り、体が急に震え始める。
彼には金貸しとして自分でも高利でキツい取立てをしているという自覚があった。だから、用心棒を雇い、腕っ節の強い連中を集めてあったのだ。
青年の言うとおり、教会からは何度も使者が来て、人の助けとなる良識ある仕事振りとやらを求められた。しかし、男はそのどれをも意に介することはなかった。逆にその都度教会へ寄付をしてやったぐらいだ。
つい数日前には太った教戒師が無理矢理事務所に入り込んできて偉そうに訓戒を垂れたので、いい加減にしろとの意味を込めた対応をした。
さすがにその場ではおとなしくしていたが、帰りがけに従業員たちがお土産として多数の拳骨をくれてやったはずだ。
金貸しの男はどうにか下っ腹に力を溜め、声に震えが出ないようにして非難を繰り返した。
「無視? ……仕返しにしてもやりすぎだぞ! 本当にイーブたちを殺したのか!?」
青年はそれ以上答えようとはしなかった。
男が祈るような気持で入り口を見ても、頼みの用心棒たちが現れることはなかった。
傍らの長椅子に手をかけて立ち上がろうとするが、腰が抜けて立てない。なりふり構っている状況ではないことは充分に理解できた。必死に愛想笑いを浮かべて子供のように両手を前に突き出す。
「そ、そうだ、おまえに金を払う! だから見逃してくれ!」
返事はなく、氷の眼差しがまっすぐ心臓のある辺りを見つめている。鋭い切っ先がすうっと上がり、視線と並んだ。
男はそこが一瞬にして凍りついたように感じた。恐怖がこれまでに男が感じたことのない罪悪感を呼び起こし、ありったけの声で叫ばせた。
「わかった! わしが悪かった! 教会の言うことは今後無視しない。そ、それに遺族たちには充分な見舞金を払おうじゃないか……。こ、ここ、これでどうだ?」
青年の顔面が微笑む。それが、ほんの一瞬、悪鬼のごとき凄惨さを帯び、狂気じみた笑い声を発した。
「カカッ……教戒師は告解を受け付けない」
切っ先が胸元に突き刺さり、抜くと同時に血が迸るようにしぶく。
青年は手近にあった男の上着を瞬時に掴んで盾にすると、手際よく胸元に投げて出血を避けた。
確かめるまでもなく男は事切れた。
剣を納めた青年はわずかに眉をひそめ、胸のポケットから花を抜き取る。染みの浮かんだ上着にそっとおいた。
それから、血に染まった告発状の上に使い終わった呪式譜を捨て、呟いた。
「燃え尽きろ」
指をパチンと鳴らした途端に告発状は炎に包まれ、あっという間に白い灰と化して血に溶けてしまった。
青年は静かに部屋を出ていった。
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