2.運命の移植
そうして、楕円ちゃんを移植する時がきた。
泣いても笑っても、これが最後の不妊治療だ。覚悟は出来た。
移植というのは、受精卵をお腹に戻すだけの作業だ。と言っても、人によっては激痛を伴うらしい。
私はありがたいことに、採卵では泣くほど痛い思いをしたが移植では全く痛みを感じないタイプだった。逆に採卵は平気という人もいるので様々である。
移植の際には、事前に水分をいっぱい採って膀胱をパンパンにしておく必要がある。その方が、エコー画像で移植を確認しやすいからだ。
この時は水を飲み過ぎたのか、本当に動くとヤバい状態だった。
看護師さんに画像を見せてもらいながら移植してもらう。「今ここに入っていってますよ」と説明してもらうも、はっきり言って素人にエコー画像はよく分からなかったけど、『ちゃんと中に入ってくれたんだな』という安心感があった。
移植が終わった後は、すぐに尿管を繋いでおしっこを出させてくれるのだが、これが長〜い間、尿が終わらなくて恥ずかしい思いをした。
「いっぱい我慢しててくれたんですね〜」
と言われて、何と答えていいものか分からずにハハハと乾いた笑いを漏らす。
母親になるためには、色んな羞恥と戦わなければならないのは長男の時に経験済みだ。
移植が終わった後は、三十分ほど安静にしておかなければいけない。
この時間は『妊娠したかなぁ、わくわく』という幸せな気分で過ごせるものだ。
私は妊娠してもしなくても、これで最後だと決めていたので、色々と感慨深いものがあった。ようやく不妊治療をやめられる安堵感、というのもあったかもしれない。
特にこの楕円ちゃんは私が初めて採卵をした時に出来た、たったひとつの卵ちゃんだったので、迎えてあげられたのが本当に嬉しかった。
楕円ちゃんを予備として、ずーっと凍結していたのだ。予備があるお陰で他の受精卵を移植出来たので本当に感謝している。何年も凍結されていて、二度も融解して、それでも成長を止めずに頑張ってくれている楕円ちゃん。
こやつ、もしやすごく強い子なのでは……?!
このものすごい生命力の塊のような楕円ちゃんが着床しないとは、どうしても思えなかった。
絶対着床すんだろ、この子。
そんな予感がビリビリした。
そして、その予感通り。
先生に何度も破棄しますかと問われ続けてきた楕円ちゃんは、見事に着床してくれた。
前回の事があるから手放しでは喜べないと思いつつ、この子は大丈夫だという確信があった。
そうして無事に心拍を確認した時は、私も旦那様も、抱き合って喜んだ。それはもう、飛び上がって涙をするくらいに。
楕円ちゃんは問題なく大きくなり、地元の病院にも通えるようになった。
長男の妊娠中には食べたくて仕方がなかったわかめだけど、今回はちっともわかめを食べたいとは思わず。
では、何を食べたかったか?
それは、食べ物という食べ物、全てである。
食べたくて食べたくて食べたくて仕方がない。
世の中には『食べづわり』というつわりがある。これは、お腹が空いたら気持ち悪くなってしまうため、なにかを食べ続けてしまう……というタイプのつわりだ。
私はこの食べづわりだったのかどうか、実はよく分からない。
何故ならお腹が減るまで我慢できず、とにかく食べまくってしまっていたから!!
空腹なんて感じる間もなく、とにかく食べまくった!! 常に満腹状態!!
これ以上は食べちゃ駄目だと分かっているのに、とにかく口が物を欲してしょうがない。
一日に一体何食食べるのというくらい食べ続け、お菓子も我慢できずにとにかく食べまくった。
人生でこんなに食べたことはないんじゃないかというくらい、食べて食べて食べた。
結果。
元の体重よりプラス十六キロというとんでもない数字を叩き出してしまった。
検診に行くたびに、先生に怒られた。けど、どうしても食欲を我慢できなかったのだ。
急激に太るといけないらしく、ナントカという注射を行くたびに打たれる羽目になった。これは国がお金を出してくれる検診には含まれないので、自費になってしまうのだ。余計なお金が掛かってしまったのと、お腹の子に負担をかけてしまって申し訳ないのとで、ちょっと落ち込んだ。
けど、それでも食べる事はやめられなかった。意志が弱いと言われればそれまでだが、食べ物を我慢すると、気が狂ったようになって最終的には食べてしまった。
情けない話である。
私の話は悪い例として覚えておいて貰いたいと、切に願う。