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1.不妊治療再開

 長男が生まれて一年が経ったある日、私は不妊治療を再開しようと決めた。

 凍結した卵子のかわいいちゃんと楕円ちゃんをお腹に戻してあげたい。


 凍結保存した卵子は、一年ごとに破棄するか凍結を継続するか決めなければいけないのだ。

 破棄はその言葉通りに捨てられる。継続にすれば一年で二万円の凍結保存料がかかる。

 延ばし延ばしにするよりは、さっさとお腹に戻してあげよう……そう思ったのである。

 それにやっぱりどうしても破棄に同意とは書けなかった。

 頑張って胚盤胞になってくれた卵ちゃん達だ。どんな事があっても、二つともお腹に戻してあげよう……そう心に決めた。


 まず私は、先生に一度に二つをお腹に戻せないかと聞いてみた。

 しかし先生にはダメだと言われてしまった。

 何故なら、もし二つとも卵が育てば双子になる。一人目を帝王切開で産んでいるので、許可は出来ないと。

 普通であっても双子のリスクは高いから、私が通っている病院では二つの卵を戻す事は基本的にやらないらしかった。


 結局、まんまるちゃんの次にグレードの高い、かわいいちゃんを移植する事になった(まんまるちゃんは長男として生を受けています)。

 移植当日は、かわいいちゃんの成長が止まってしまった時の事を考えて、楕円ちゃんも一緒に融解される。どちらか状態の良い方だけをお腹に戻すのだ。

 結局かわいいちゃんも楕円ちゃんも問題なく成長が始まり、予定通りかわいいちゃんの方を移植した。その直後の事である。


「もう一つの卵の方は破棄しますね」


 先生の言葉に、私は何言ってるのかと瞠目した。


「え? 破棄、しなきゃいけないんですか? 融解後も、問題なく成長が始まったんですよね?」

「そうですけど、これで凍結すると三度目の凍結になります。グレードも低いし、次に融解した時にはもう成長しない可能性が高いです」


 先生は、もう成長しない可能性の高い卵に、お金をかけてまで凍結する必要はないと思ったんだろう。

 けど、だからってやっぱり破棄しますとは言えなかった。


「それでもいいです。もう一回凍結してください」

「……分かりました」


 先生はどこか納得いかない様子ながらも、分かってくれた。

 楕円ちゃんは再々凍結し、かわいいちゃんは私のお腹の中へと戻される。


 そして運命の判定の日……



 結果は、陽性だった。




 まさかまさかの立て続け妊娠!

 長男に妹か弟を作ってやれると思うと、天にも舞い上がりそうな程嬉しかった。

 一時は子どもを諦めていただけに、ありがたくて、ありがたくて……


 でも、その次に病院に行った時、先生に首を横に振られてしまった。

 陽性判定は出たけど、成長してくれなかった。何度エコーで見ても、確認出来なかったのだ。


「残念ですが……今回は、化学流産という事になるでしょう」


 先生の口から出た、化学流産という言葉。妊娠の一番初期の流産という事だ。

 私は先生の前で泣くまいと、必死に唇を噛み締めた。


「では、次の採卵に向けて準備を……」


 採卵という言葉に、私は首を振る。

 採卵とは言葉の通り、卵を採る事だ。私はこれまで無麻酔で八回の採卵を行なって来たが、これがもう震えるほど怖い。ドッスンドッスンと肉を突き刺して針を突き上げられる痛みは、終わった後には恐怖で震えて動けなくなるほどだ。

 長男という存在が生まれた今、その恐怖をもう一度体験する気など、さらさらなかった。


「採卵はもうしません。次はもうひとつの卵をお迎えさせてください」


 私の発言に、先生の顔は渋味を帯びる。


「あの卵はグレードが低く、二度も再凍結を行った。次に融解しても、育たずに移植出来ない可能性が高いです。やるならもう一つ、卵を胚盤胞まで成長させてからにしましょう」

「もし移植当日、融解して成長してなかったら諦めます」

「移植のために色々と準備しておいて、移植出来なかったとしても後悔しないですか?」

「しません」


 胚盤胞移植のためには、毎日病院に通って注射を打ったりしなければならない。

 そこまでしておいて移植が出来ないのは、先生も実績数の関係で嫌だったのだろうと思う。


「妊娠してもしなくても、これで不妊治療はやめようと思います」


 もちろん、出来る事なら長男に兄弟を作ってあげたい。けど、小さい子どもを抱えてまた採卵から始めるなんて不可能だった。病院が近いならばまだしも。

 だから、これで最後だ。


 私の気持ちが届いたのか、先生は「分かりました」と納得してくれたのだった。

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