初の試練は書類地獄
――――――――― アステリア王国 西方軍 司令本部 ――――――――――
「なぜ、こうなってしまったのだろう?」
僕は自分の年齢にしては肥え太り気味な身体を軍服越しに見つめながらつい
数時間前までの日本人だった自分の事を自身のデスクに頬杖をつきながら再び
思い出していた。
―――――――――――― 数時間前 日本 某所 ―――――――――――――
『聖鬼士物語』という名の戦争系アクションファンタジー小説があった。
聖鬼士物語は、小説だけでなく漫画やゲームにも一様なった作品だった。
僕こと 栗名 修司 は聖鬼士物語が初期に小説で始まった頃からの大ファン
だったし漫画版も呼んだ。
ゲームに関してはゲームがキャラクター無双系のアクションゲームだった事と
アクションゲーム事態が苦手だという理由からプレイしなかった。
この聖鬼士物語と言う仮想世界での戦記物語の中軸を担う国家が二ヵ国あり
その二ヵ国の対戦の歴史が聖鬼士物語の物語内容となっている。
その二ヵ国の名は【アステリア王国】と【ウォルギリアド大帝国】という名
の国家であり主人公と成るキャラが大勢登場するアステリア王国を中心に物語
は描かれている。
そんな聖鬼士物語の新刊小説&漫画を学校帰りに最寄りの書店で購入した僕
は早足で帰宅して購入した新刊を読み始めた。
新刊を読み進めるうちに眠くなった僕は少しだけ眠ろうと軽い気持ちで眠り
に就いた。
そして目が覚めてみると、、、
「ここ何処?」
知らない部屋のベッドの上で目覚めてしまった。そして、、、
「僕ってこんなに太っていたっけ?いや、絶対こんなに太っては無かった!」
自身の体が急に太ってしまっている事に驚いた僕は部屋に取り付けられてい
た等身大程の大きさがある鏡の前に立った。
「やっぱり僕じゃないよこの体!。でも肌は僕より色白で美肌っぽくて羨ましい
けどね・・何言ってんだろ僕。にしてもコノ顔は何処かで見た様な・・あっ!」
それまで赤の他人の体となってしまった自身を鏡で見つめていて気付いた。
「この人って、聖鬼士物語の序盤に登場して即死した別名『無能将軍』じゃない
かよ!」
聖鬼士物語の凄く序盤に登場し即死した男であり設定資料などに書かれてい
る内容から読者やファンに『無能将軍』、『屑将軍』と罵られ序盤にしか登場
しないために多くの人間からその存在をほぼ忘れ去られた残念キャラクターが
いた。
そのキャラクターの名を『ログロス・フォン・リグルド』と言いアステリア
王国の伯爵であり同時に何の取り得も無いのに階級が中将であり王国西方軍の
司令長官という椅子に座っている男だ。
そのリグルド伯爵に僕は、憑依(?)したらしい。
「最悪な憑依先だな・・先に見えるのは馬鹿な作戦を実行した所為で自業自得な
死に方をする未来しか見えないキャラクターに憑依するとか・・どうしよう?」
どうせならラノベ等の転生物とかの様に小説・漫画・ゲーム等に登場する
主人公やその仲間っぽいポジションに成りたかったと意味の分からない落ち
込みを見せた僕は自身が憑依してしまったリグルド伯爵の設定を思い出して
みた。
『ログロス・フォン・リグルド』
聖鬼士物語に初めて登場したのは王国暦298年(聖暦1908年)
初登場事の年齢は(27)歳
生家は王国四大貴族が一つの『レグリエット侯爵家』
家族構成【父・母・兄(1)】
父:アレグス・フォン・レグリエット(62) 王国歴298年参照
母:エアリィ・フォン・レグリエット(56) 〝
兄:ギレラス・ファン・レグリエット(35) 〝
王国四大貴族のレグリエット侯爵家の次男として291年に生誕する。兄の
ギレラスとは8歳も年が離れていた為に家族からは寵愛されて育った。特に兄
であるギレラスの弟愛は凄まじかった。
(つまりブラコンな兄?)
家族に愛されながら育った彼だが家族以外からは常に兄と比べられて育った為
に物心がついた頃から兄や家族に対して少なからず疎外感を覚えていた。
父は王国の宰相として国の政治に置けるトップに立ち主に外交面で比類ない功
績を残した偉人。
母は父に成り代わり父が宰相として活動している間の自領の統治管理業務の全
てを監督し結果を残した才色兼備な女性。
兄は文武両道で容姿端麗。当時の国王にいた数人の娘達の中でも長女の王女と
は特別に仲が良く兄が(20)歳の時にその王女と結婚した。そして(25)歳
の時に侯爵位を継ぎ持前の才能もあって(30)歳の時に宰相に就任し同時に爵
位も公爵に昇爵した。
(家族のキャリアが皆凄過ぎて何も言えないんだけど)
そして、ログロス・フォン・リグルド本人の記録は・・・
生まれながらにして体が弱く王国内でも卑下されている髪色である黒色の髪の
毛を持つ事から周りからは『忌まわしい子供』と影で呼ばれていた。幸いな事に
貴族のそれも侯爵家の子供という肩書があった御蔭で虐め等は無かった。
だが、体が弱かったからか身長が余り伸びず体の成長期が終わっても自身の身
長は158cmと低い。
性格は、自身の黒髪や体型・身長などで小馬鹿にされる事が多かった所為か家
族以外には基本的に酷く厳しい性格をしている。
士官学校の成績も中の下と普通より少し悪い位なのだが彼を激愛する家族の意
向がふんだんに発揮されたのと帝国による侵攻で相次いで戦死してしまった将官
を急ピッチで補充した結果として(25)歳という若さで王国軍西方軍の司令長
官に成ってしまった。
因みに口癖は幼い頃からの癖で「です」を「でちゅ」と言ってしまうところで
ある。
「良い所が一つも無いな。如何しようコレから」
自身が憑依してしまったキャラクターの残念さに精神的に疲れながらも僕はこ
れから如何しようかとただ漠然と天井を見つめながら考えていた。
(それにしても無駄に立派な部屋だな。流石高等将官用の部屋というところか)
そのまま天井を見つめながら黙って考えていると部屋の扉を叩く音が聞こえて
きて次いで人の声が聞こえてきた。
「閣下。起きられていますか?」
(この声は聞き覚えがあるな。確か、こんな僕に絶対の忠誠心を持ってくれている
腹心であり副官の『ゼリック・ホフスマード大佐』であったか)
彼も原作に少しだけ登場したが登場と同時に彼の上司である僕と共に敵の攻撃
で戦死したキャラだった。性格は厳格で常に僕を立ててくる軍人で能力も優れて
いる。彼の補佐能力は優れていて馬鹿で無能な僕は何時も助けられている。
「ああ。今、軍服に着替えるから待って欲しいでちゅ」
(言いたく無くても自然と「でちゅ」になってしまう・・何故!・・そういう仕様
だと思うしかないか)
大佐の了承の声を聞いてから僕は将校用の軍服に着替えて部屋を出た。
部屋の外の廊下には佐官用の軍服に身を包んだ20代後半から30代前後の見
事な銀髪をオールバックにした男性佐官が居た。目元にある小さな刀傷がとても
印象的だ。
(彼がリグルド中将の副官?見るからに有能そうで将軍に憑依している僕からして
見ると少し罪悪感が湧いてくるな)
「どうかされましたか閣下?」
黙って自分を見上げて見つめて来る僕を不思議に思ったのか大佐は僕に問うて
きた。
「いや何でも無い。それより今日の僕の予定はどうだったかな大佐?」
まさか「僕の副官をしている貴方を少し不憫に思った」などと言える訳もない
ので僕は話を逸らして自分の今日の予定を聞いてみた。
「はっ!。今日の閣下の御予定は朝食後に執務室にて執務を行って頂く予定です」
「それ以降に何か予定は入っているか?」
「いえ。執務が終わり次第今日の閣下の御予定は今のところありません」
(午前中で終わるんじゃねその予定なら・・)
―――――――――――――― 数時間後 ―――――――――――――――――
(すいません書類仕事なめてました。でも一つだけ言わせて欲しい)
「何この枚数の書類は、一日で終わらないよガチでおかしいでしょこの枚数は!」
今、僕の目の前に広がっている光景を僕は数時間からこの執務室に居るのだが
夢ではないかと今でも思う。
そこにある光景は一言で言うと、『書類の山』だった。書類にサインを書き処
理を行うための執務用机だけでなくその机の横に置いてある処理が終わった書類
と未処理の書類を重ねて置くための机にも『書類の山』が出来上がっている。
いや、もっと言ってしまえば部屋中が『書類の山』に埋もれている。
午前中ずっと書類仕事をしていてやっと1/5程度の書類を処理出来た。
「お腹空いた」
僕が黙ってそんな事を呟くと同時に扉がノックされてホフスマード大佐が入室
して来た。
「昼食を御持ち・・しま・・した」
僕の昼食をトレイに載せてやって来た大佐は僕が机に座っているのを見て有り
得ない物を見ているかの様な表情をする。
(そんな表情もするんだね君)
「閣下・・その、何をしていらっしゃるので?」
「何って書類仕事だけど」
僕のその言葉を聞いた途端大佐は額に手を当てて泣き出した。
(待って。今のどこに泣く要素があったのっ!)
今度は僕が驚いて唖然としてしまう。
数分後に泣き止んだ大佐に事の次第を聞いてみると以下の事実が判明した。
大佐曰く、僕は書類仕事などは大佐やその他の部下に任せきりで自分から書類
仕事はしなかったらしい。
過去にはこんな事も言っていたらしい「書類の山より美人の巨乳の方が見栄え
が良いでちゅ」と・・
(何いってんのこのチビデブ将軍っ!って今の僕じゃね~か~・・てか原作よりも
僕の憑依したキャラってヤバくないか色々と)
「閣下が幼少の時より私は御側に居りましたが成長なさいましたな閣下」
(何も言い返せないです。はい。泣きたいのはコッチです。はい)
その後昼食を済ませて夜中の12時を過ぎた頃にやっと書類仕事は終了した。
―――――――――――――― その夜 自室にて ――――――――――――
僕は自分のベッドで横になりながら今日の事を思い出していた。
「本当に、なぜこうなってしまったのだろう?」
僕は執務室にて言った一言を再び自分の口で言いながら天井を眺めた。
自分が大好きだった世界にモブとは言え今僕は居る。
「本当は主人公やその仲間に憑依出来れば文句なしなんだけどね」
そう言いながらも僕はお昼時の大佐の事や処理が終わった書類を運んでいた時
に見た士官や佐官達の驚いてこちらを見ていた視線を思い出しながら黙って考え
てみた。
そして一つの結論を出した。
「この無能でダメな将軍を名将として英雄にするか・・主人公の地位を奪う様で少
し申し訳ないけど、今僕がやりたい事は決まったかな」
時に今は王国暦296年(聖暦1906年)の5月10日。
この日ある無能将軍に憑依した少年がとある決意をした。これが彼や彼が関わ
り合っていく人々にどの様な結果をもたらすかはまだ誰も知らない。
聖暦=西暦