Hello loser
煙草の紫煙が、天井に昇っていくのをぼんやりと見ていた。ベットの隣でうつ伏せで寝ている男の頭を撫でる。そもそもが狼男であるから決して髪質は良くなく、その黒髪はゴワゴワとしていた。今日は満月の日であり、狼男である彼が変身する日である。しかしそれも今は昔である。彼が狼男であることを諦める様になってしまったのはここにきて妖怪ウォッチとやらのせいで私たちなどの異国の魔なるものが廃れてきたからである。そもそも今の時代、私たちの存在が認知されたところで待っているのは生体実験だけであろう。ハロウィンの本来の意味も形骸化していき、私たちは都合のいい同人誌のネタか、若者たちの一夜の思い出となってしまった。夜の恐ろしさを忘れた人間に対しては、異常であることは足枷にしかならない。
「吸血鬼のお姉さんと連絡が取れなくなったのは何時からだったっけ...」
人間世界に馴染むことがまず不可能な彼女はいちばん先に連絡が取れなくなった。山に篭ったかはたまた、私の知らないところで捕えられたのか...。狼男である彼が、彼女のように消えなかったのは、端的にいうと私のお陰である。彼が青ざめながら私の所に転がり込んできたのは、2年ほど前だろうか。
「俺も多分そろそろ消されてしまう。魔女、お前が何とかしてくれ」
好きな男が震えながら、自分に縋ってきたときに助けない女なんていないだろう。本題に関係ないから作成の手順などは省くが、彼が人間世界から迫害されるのを防ぐ為に私は狼化を防ぐ薬を魔法で生み出した。原理とかそういうのも別にいいだろう。この物語はそういう話ではない。ただ、薬の完成の暁には付き合ってもらう約束をした私は多少の無茶な作り方をしても怖くはなかった。
そのことが、理由で付き合ったから私は未だに不安が拭えないのだ。便利な薬剤師。そんな程度にしか彼は、私のことを思ってないのだろう。これでも、付き合った当初は彼も私に感謝してたからなのか、私に自ら愛を囁いてくれた。それも遠い過去の話。今では会いに来るのは月に一度の満月の日だけである。私から薬を貰うためだ。それ以外の日は他の人間の女の家を渡り歩いていることは、既に把握済みである。
「ほんと、顔だけはいいんだから」
体を魔法で浮かし、うつ伏せから仰向けに寝かせる。端正な顔がこちらに向く。
「君がもう少し不細工で、もう少し性格が悪くて、もう少し私に優しくしなかったら私もこんなにモヤモヤせずにすむんだけどね」
こんなクズ男、何回も捨ててやろうと思った。しかしそのたびに、好きだと笑ってくれた笑顔が、薬を渡した時の照れ笑いが私の胸を締め付けるのだ。そもそも私が惚れたあの横顔はどんなだっけ...?
「君のことが嫌いになる私がどうしても想像出来ないよ。君に嫌われても君のことが好きな私は想像できるのにね。」
喉が乾いたので、ベットから降りる。喉が乾いたので、彼との行為が終ってから着替えてなかったため、未だ裸だったので下着だけ身につける。ちちんぷいぷいやらアブラカタブラとかで飲み物を手元に持ってくることは可能だが、意識して使用頻度を少なくしている。異常性をできるだけ減らすこと。何度も言うが私たちが生き残る上ではこれしかないからだ。冷蔵庫には飲みかけのブラックコーヒーしか入っていない。昔はブラックなど飲まなかったくせに。他の女の趣味だろうか。他に何も入ってなかったのでそれを流し込む。間接キスとかで、いちいち興奮する年でもないが、その事実に気づくのは寂しいことだなと何となく思った。
彼の寝息だけが響く部屋の中、冷蔵庫の前に立ってぼんやり物思いを続ける。
好きで居続ける理由は分かるが、好きになった理由を忘れつつある自分がいる。嫌いになるには片思いで居た時間が長すぎたのだ。何でも許してしまうし、何でもしたくなってしまう。嫌われたくないだけで。
するりとベットに潜り込む。彼の腰に手を回し、首筋の匂いを嗅ぐ。手から伝わる体温が、少し獣くさい匂いを感じてるうちに好きという事以外何も考えられなくなっていた。
「こうやって、自分の手の中に君がいる時じゃないと安心できないんだよね。いっそこのまま殺してしまった方が絶対私は幸せになるんだよ」
その言葉に反応したかのように、彼が目を開く。虚ろな目は私のことなど見ていない事が分かる。他の女にでも見えているのかもしれない。
「ねぇ、私のこと好き?」
「好きだよ。好き。好き。...これでいいだろ早く寝かせろ」
焦点の合わない目で返事をする。もしかしたら、私じゃなくて他の女に言ったのかもしれないし、どっちにしろこんな言い方ではきっと好きでもないだろう。だけど、何故こんな辛うじて形を保っている「好き」で救われてしまうんだろう。
「私の存在意義ってなに?」
そう聞ける日はくるのだろうか?
その答えが何であっても、私は君が好きなのだろうけど。
人肌っていいよねって話です
以下部誌後書き
好きな人と一緒に居ると、この人はなんで自分と居てくれるんだろうと考えてしまいます。決定的に自己を前向きに評価する能力が欠けているので、友達とかと居る時も劣等感を抱えています。だから、人の評価とか感想とか凄く気にしてしまうんですよね。人に流されない適度な自己中さをもって、生きていきたいものです。