第5話
「な⁉︎……何でその事を知っているんですか」
蓮は目を大きく見開いた。
蓮が転生した事は神達だけが知っていることだった。だが、目の前にいる男は神の様な感じもしなく、ただの金持ちとしか思えない。その男が今、蓮や神達だけが知っている事を口にした。
「君の事なら何でも知っているよ。“向こうの世界”で人気者だった事、死んでしまって“こっちの世界”に転生した事、神から能力を底上げされた事、ファフニール討伐の事……。何でも知っているよ、梶沢蓮君」
男は何でも知っていた。例えそれが神達でしか知り得ない物だとしても。そして神達でさえも知り得ないことでとしても。
更に男は蓮の身体をじっと見て、
「君の身体はどうやら能力の影響で小さくなってしまったらしい様だ。服は神が用意してくれた様だが、それでは少しばかり見窄らしいな。次の街で新しい服を用意してあげよう」
男がそう言ったのに対して蓮の頭の中は整理がつかなくなってしまっていた。
「あなたは一体、何者なんですか。何故、神でも分からない事を知っているんですか」
その問いが蓮の全ての疑問を代用していた。勿論蓮は目の前にいる男を高価そうな馬車に乗り、高価そうな服を着た、ただの金持ちの男とは思っていない。
そして、男が言う答えは次の一言で、蓮を納得させ、又、最大の恐怖に陥らせた。
「私はクロム・リヴァク。この世界、ユースティクスの“魔王”だよ」
一瞬で蓮は背筋を凍らされ、次の一瞬で身構えた。
魔王。
王道ファンタジーを知っている者なら誰でも知っているだろうその名は、物語において倒すべき、最強にして最恐最悪のラスボスだった。
当然蓮も知っている、だからこそ、そこにいてはいけない名を聞き、背筋を凍らせるには十分だった。
「そう身構えないでくれ。別に君の事を取って食う訳では無いんだ」
「じ、じゃあ、あなたは何故俺の前に現れたのですか。“魔王”ならば、神から“救世主”とも呼ばれている俺は殺すべき相手なのでは無いのでしょうか」
王道ファンタジーの中では“救世主”が“魔王”を倒し、人々を魔の手から救う、と言うのが一般的だ。だが、目の前にいる“魔王”は邪魔であろう者のために服を買おうとしているでは無いか。
「何か君は勘違いをしている様だ。“向こうの世界”の“魔王”は、倒すべき相手とされているのであろう?しかし私はゴブリンやオーク、ドワーフ、オーガなどの人ならざる者を統治しており、人々と共存しているのだよ。君が今から行くドランドでも、人ならざる者が人々と一緒に商売をしたりしているのだ」
“魔王”クロムが言うには人々と魔物達が仲良く暮らしている、と言う事だ。しかしその事は魔物と人々はいがみ合い、相対して来たとされていた“向こうの世界”の定義を元として異世界について学んできた蓮の考えを覆すものだった。