無限空想世界の幻想的な物語~楽園~ 第7話 「君の為に」
その昔少女はある主人の為に全力を尽くした。
白狼の1人として、契約に仕えるご主人を全力で守り通し、
勝利への采配へと誘った。
その昔一匹の白狼は契約と言う檻の中で必要無くなれば遊び道具にされた。
山小屋で飼われ調教される一匹の獣として、
その時は弄ばれる体を嘆きを放った。
その時は苦しみ痛む白狼は吠えた。
その時は泣き果ててただひたすら助けを求めた。
ずっとずっとそんな日々が続く中、
白狼の少女はある日、一人の男によって助けられた。
一時的に開放されたが、白狼の少女が解放された時には、
もう、全てが遅かった。
何もかもが遅すぎた。
その時からすでにすべてが狂っていたのだ。
◆
「アハハッ!!」
「ぐんぬッ!フハッ!!」
ガァンッ!ドォンッ!
ここは森の中、現在夜桜さんとフロルと言う白狼の絶賛戦闘中、
フロルが巧みに鉄棍棒を振り回して、なすすべなく押され始めている夜桜さん、
狂気の目を研ぎ覚ましてもはや目の前の得物しか見えていないであろうフロル、
驚きだ、ここまで狂人と言える人物が世の中にいた事が、
なんとか攻撃をさばいている夜桜さん、
だが、この猛攻をいつまでしのげるだろうか・・。
「はぁ・・はぁ・・まだまだッ!」
「アハッ!まだ倒れないんですねッ!今まで相手していた人の中で一番貴方はやりがいのある相手ですね・・ますます興奮しますねッ!」
「フン、やりがいがあるのは当然だ、俺は夜桜最後の柱・・貴様ら痴女白狼ごときに負けてたまるかッ!」
「・・そうですね、夜桜・・ええ、貴方がそんな簡単に負けれるはずがありませんよね」
「どういう意味だ?」
なんだ、雰囲気が変わった?
狂気にうっすらと静けさが出て来た。
フロルの身に一体何が・・?
「そう、負けれるはずがない、貴方は元ご主人である冬木様の弟様なのだから」
「え・・?」
「な、なんだと?」
その場にいた者が凍りつく真相、
まさかの夜桜兄、彼の下部・・いや式神だろう。
それが判明するなんて、
いや、それよりも・・僕と夜桜さんからすれば心の中ではこうだ。
『(また、お兄様かーいッ!!!)』
いい加減にしろよクソ兄、どこまで女癖悪いんだよ、
神聖な生き物までに手を染めるとかもはやクソ野郎としか言いようがないぞ、
て言うかなにしてはるん、
なんばしよっとねん、
「(兄上マジですか、兄上もかかわってたの?)」
「(夜桜さんが放心しちまってるよ・・)」
「忘れもしない、あれは大昔あの人に仕えていた頃の話だ」
◆
私は白狼として一人前になり、ついに独り立ちをした。
その時仕えていた主人こそ夜桜 冬木様、
一度は聡明でとても頭の冴える方だと思った。
優しくて心の広い方だと思った。
それが激しく変動したのは突然だった。
交際が上手くいかないと八つ当たりに私の体を大勢で弄び、
いたずらに体を傷つけた。
時には道具の実験台にもなった。
いつしかボロボロになった時にはもう私は私ではなかった。
狂いもだれ、私はこれからも快楽におぼれるであろうと思った。
しかし、私のこの痛みきった体を開花させてくれた一人の神の様な男がいた。
その人は拘束され動けなかった私を山小屋から連れ出してくれた。
今でも忘れていない、今でも感謝している。
私はあの人がいなければ今頃は、あそこで永久に遊ばれるがままだったろう。
◆
「だが、もう遊ばれる事は無い、絶対にない・・あの人のおかげで今度は私が痛みの快楽、苦しみの愉楽、その全ての絶頂を私が教えてあげられる・・アハ・・あははッ!あははははッ!!」
静かに語り終えた白狼の娘フロルは、
瞬く間に手のひらで顔抑えて笑い出す。
もうその頃にあった優しささえも消えたのだろう。
きっと昔は笑顔で明るい人だったのだろう。
心の中で、なにもしてやれない、なにもできない、
そう苦しむ自分がいた。
だが、そんなのは偽善者だ。
偽善者ぶる自分にも心は刺さった。
目の前の狂人に恐怖で言葉すらはっせれなかった自分に、
そんな可哀想だ、助けてあげたいなんて、
虫がいいにもほどがある。
夜桜さんが頑張ってるのに、
何も、できないないなんて・・。
「・・まあ、でも・・貴方もそろそろ終わりですよね?」
「まだだッ!まだ終わってないッ!」
「ふーん・・えいっ」
グォォォンッ!
今度は力強く突き刺すように夜桜さん目掛けて放つ、
夜桜さんはそれをとっさの判断で刀で構え防御に出るが、
グァァンッ!
力で圧倒されて思いっきり吹き飛ばされる。
そのまま木に背中を衝突させ、
背中を強打してしまう夜桜さん、
マズい・・もう、結構体にも限界が来ていそうだ。
刀を杖の様に力強く地面に立たせて無理やりにでも起きようとする。
グッ・・もうこんな状況見てられるかッ!
僕は林から我慢の限界で飛び出して、夜桜さんの下へと駆け寄る。
「夜桜さんッ!」
「銀ッ!?」
「あらら~・・まだ1人いたんですね・・ウフフ可愛い子、傷つき倒れる仲間が心配で守りに来たのかしら?」
あたりまえだろ、
こんな傷だらけの夜桜さんを放棄する方がおかしいよ、
大体こんな生々しい光景を見てろと言うのがまず無理だ。
「夜桜さん、僕が時間を稼ぐのでその間に・・」
「余計な真似は止めろッ!」
「え・・で、でもッ!そんな体でまだ戦うんですかッ!?」
「戦わなければいけないだろうが・・奴は兄の不貞行為でああまで豹変してしまった・・ならばその責任は俺が取るッ!」
無茶だ、そんなボロボロの体でどうやってこれから戦う言うんだ。
もはや力を入れるのすら限界に近いと言うのに、
どうしてそこまで・・、
「前に俺もこんな風にとち狂って人を殺すと言っていた日々があった」
「夜桜さんに・・?」
「でもその時アリサ殿やハルバード殿がいなければ俺はきっと変われなかった・・」
そうか、夜桜さん・・。
その時事をまだ引きずってて・・。
「この事からわかったんだ・・1人じゃ何も変わらない、だがもし支えて受け止められる人がいるのなら・・狂気に落ちた者も救えると」
息を荒くして語る夜桜さん、
僕は夜桜さんが立ち上がり、
そのまままた白狼の下へゆらりゆらり前進するのをただ見ていた。
何故だかわからない、けど何か今手を出してはいけないと思ってしまった。
「お前は今心の中ではきっと怖いはずだ、もしこのまま自分が狂気の渦に飲み込まれてずっと人を殺す殺人兵器になったらどうしようと・・そう思っている心だってあるはずだ」
「そんな物は無い」
「あるはずだ・・どんな非道な奴に育っても俺でも良心は存在した・・はずだ・・一度育った優しき心はそう簡単に無くなりはしないはずだ・・お前の殺し方にだって戦い方にだってそれが出ているはずだ」
「ちがう・・やめろ、やめろッ!そんな目で私に語りかけるなッ!」
「戻ろう、今なら戻れる・・戻ってこいッ!」
夜桜さんはフロルの肩をガッと両手で掴んでそう一言を告げた。
するとさらなる豹変を見せるかと思ったフロルだが、
なにか様子がおかしい、まるで過去の何かを見ているかのような、
そんな目をしていた。
「もど・・る?」
『今なら戻れるッ!戻れッ!』
『お前は一生モドレナイ、どこにもだ』
『苦しいか?』
『痛いか?』
「(あ・・ああ、違うッ!モドレナイッ!もう戻れるはずがないッ!一度得た快楽を全ての者に伝えるまで戻れるものかッ!殴られ、蹴られ、刻みつけられ、切られ、犯され、全ての拷問と言う拷問を受けた私が・・私が戻っていいはずがないッ!)」
『そうだ、もうそうやって頭の中をとろけさせろ』
『何も考えるな、ただありのままの状況を受け入れろ』
「(そうだ、ありのまま起きた事を受け入れるんだ・・私はご主人様に言われたから・・?あれ・・でもご主人様は最後私を・・あれ・・アレ?じゃあなんで・・私は?戻れるはずだった、戻りたかった、いや戻りたくなかった、ちがう戻りたかった戻りたいもどらないもどれるもどれないもどれるばすがない戻れ戻れ戻れ戻れ)」
「ふ、フロル?」
「あ、アレ・・」
彼女の中で何が起きたのか分からない、
何か心の中で揺れ動いたのだろうか、
彼女は今、泣いている。
両目からボロボロと涙を流している。
それがどうしてかなんてわからない、
それでも彼女から流れているのだ。
「ああ・・いやッ!違うッ!私は快楽におぼれてなんていないッ!!」
「ウォッ!?」
夜桜さんを跳ね除け発狂しだすフロル、
一体どうしたと言うのだッ!?
眼からは恐怖に怯えていると捕えられる目で何かに怯え苦しんでいる。
どうした、一体何がどうしたッ!?
「ああ・・ご主人様が・・そうだ、ご主人様が・・違う、私自身が・・イヤッ!違うッ!認めたくなかった・・あの日痛みの快楽を知ったその日から私は私は私は・・あああッ!!いやァァァァアッ!!」
「どうなっているんですか!?さらに発狂し始めましたよッ?!」
「・・おそらく、もう記憶が混乱している・・言葉の語源から察するに自分はどっちの人間なのかすら収集が付かなくなっている、まずいな・・このままだとどうなるか分からないぞ」
頭を両手で抱え込んで泣き苦しみ叫ぶ白狼、
その悲鳴と嘆きはこの場にいる者の心を震わせた。
嘆き苦しむ姿を見て、心苦しくどうすればいいのかすらわかなくなっていた。
そして、白浪少女が急にピタリと嘆きを止め、
泣きながら狂気の笑顔で語り始めた。
「アハ・・アハハ・・・ッアハハハハハハハハッ!!そうッ!そうだッ!全て私が望んでご主人様も望んだ事だアハハッ!痛みッ!苦しみッ!嘆きッ!そしてそれが快楽ッ!愉悦ッ!愉楽になったッ!なら今度はそれを私が教える番なんだよ・・おしえ・・おし・・あああッ!グァァッ!!」
地面へと怒りまたは悲しみをぶつけはじめるフロル、
非情にまずい流れだ。
「・・銀、美華を守れ」
「えっ?」
「俺には・・アイツを支える義務が・・いや、俺はアイツの怒りと悲しみ全てを受け止めるッ!」
「そんな体でですかッ?!冗談も顔だけにしろよッ!」
「止められてもやるぞ、俺はあいつの悲しみを払う、怒りを受け止める」
「どうしてそこまで・・」
「一人の少女救えぬのならこの夜桜の刀になる資格も無し、1人の嘆きを聞けぬのなら・・この身をあの人に捧げる価値無しッ!同じ思いをしている者を見過ごすものか・・俺は・・奴を救うッ!」
夜桜さんはまたボロボロの体をゆらりゆらりと前へ進ませる。
体はきっと痛み苦しんでいるだろう。
心の中では死ぬかもしれないと怯えているかもしれないだろう。
確実に恐怖は夜桜さんの中にもあった。
だが夜桜さんは自分の恐怖よりも、
フロルの抱えていた恐怖が何倍も苦しいとそう思っていた。
だからこそ、たとえどんな苦しい思いをしても、
自分のなんかへでもないと言い切った。
夜桜さんは苦しみながらも、
その表情を優しく明るく、笑い飛ばした。
「ヴぅぅ・・ヴァァァッ!!」
グシャァッ!!
泣き狂い放たれたフロルの鉄棍棒の真っ直ぐな一撃、
その一撃は接近していた夜桜さんに直撃した。
貫通こそしなかったが、吐血をした。
腹は血がにじみ出て内出血を起こした。
それでも笑い、まだ歩く、
そして、とうとう距離が無くなって、
ついに、ボロボロの状態でフロルの前まで来た。
「く、来るなァァァッ!!近寄るなぁぁッ!!」
ボゴシャァッ!
棍棒とは違う盾を付けた手でおもっいきり頭をはじくように殴る。
頭からの出血すら止まらなくなる夜桜さん、
それでも・・表情一つ変えず、ただ突き進み、
夜桜さんは距離の無くなったフロルに、
恐怖に怯えていたフロルの体を優しく包み込んだ。
その暖かな体で、その清らかな手で、
優しく、受け止めた。
「もう・・良いんだ、もうやめよう」
「やだ・・やめろッ!離せッ!」
強く吠えて抵抗するフロル、
それに怯えずまだやさしく包み込む夜桜、
「もう、誰も苦しめなくてもいい・・もう、誰も殺めなくても良いんだ、やめても、戻っても誰も怒りはしない・・」
「止めろォォォォッ!」
大きく跳ね除けて地面へと突き飛ばし、
また鉄棍棒を大きく振り上げ構える白狼の少女、
涙を流しながら、恐怖に怯えて、
眼を震わせながら、
息を荒くして、夜桜に構える。
「お前に・・お前に何が分かるんだよッ!誰にも理解されなくていいッ!誰にも理解できるものかッ!苦しみ果てて挙句狂いもがいた私の気持ちが・・お前に分かってたまるかァァッ!」
「・・わかるさ、だって、俺だって同じ気持ちだ、裏切られ、遊ばれ、道具にされ、でもそれでも・・救われたいと思っていた、もう一度、戻りたいと・・」
「・・・ッ??」
「その時、俺に戻る声をくれた奴がいた・・俺は・・その時の奴の様に・・お前を・・受け止めてやれたらと思ったが・・やはり無理か、俺の様なめくでなしでは・・良い、お前の好きなようにいたぶれ、お前の望むままに・・傷つけろ」
「どうして?どうして・・そんな事・・言えるの?」
「決まっているだろ、君を救いたいからだ」
「救いたい?それが心にでもない事なら・・傷ついてでも?体が死にそうになってでも?」
「ああ、心臓貫かれて満足されるのなら・・それでもいい」
「・・・ッ」
少女は一度は無言で涙をこぼして鉄棍棒を振り上げた。
だが、それはあまりの悲しさで、
あまりの優しさで、力が抜けて鉄棍棒は地面へと落ちた。
「できるわけ・・ないじゃないですか・・そんな笑顔で見ないでくださいよ」
眼に光が戻った少女は涙をさらに流して、
夜桜の体に倒れ掛かり、涙を夜桜の体に流した。
悲しみと、うれしさと、全てをその体に流した。
「できるわけない・・貴方のそんな言葉と思いやりを聞いて・・できるわけがない・・」
「・・ありがとう、それが聞けて・・良かった」
「うぅぅ・・ウァァァァッ!!」
少女は泣いた。
これまでの悲しみ全てを込めるように、
全てを解放したかのように泣いた。
森林の山はの静かな深夜に、
一匹の嘆きがざわめく森に響いた。
とぅびぃこんてぃにゅう?




