無限空想世界の幻想的な物語~外伝~ 魔章35 「覚悟の物語」
「ハァ・・ハァ・・ケホッ・・ゲホッ・・ッ!」
ここはおどろおどろしいほど恐怖を感じさせる暗き地下施設。
言わば旧監獄エリアと言われた、秋風の里の施設の1つであった。
悪の大罪人、巨悪の魔物、禁忌の生物、あらゆる邪悪をここに封じた場所。
そんなエリア地下の奥の奥に閉じ込められた者、それは【月帝 輝夜】である。
冷たい石の床でただひたらすに監禁され拘束された身柄。
両手と両足に手錠をかけられて身を完全に封じられた姫。
床と壁に楔を付けられてとても何かができると言う状態でもない。
さらには魔力と精神さえも徐々に蝕まれていくマジックアイテムの効果により。
徐々に生命力を失われていく輝夜。
もとより拷問には耐性がある輝夜だが、流石に数ヵ月におよぶ拷問は体に来るモノがある。
めまい、過呼吸、発作、なにより魔力と精神は。
この世界において人として生きる生命力として必要不可欠である。
これらが全て失われた時、人は精神と肉体を完全に崩壊させ、最終的には死滅する。
そしてそれは人により個体が違う、つまり輝夜もいつそれが訪れるか分からないのだ。
しかし、病弱していく体に薄々限界を感じている。
つまり、死の瞬間は遠くは無い、そういう事である。
もし、自分が死んでしまった時、一体国はどうなるのだろう。
私が築き上げた都市、民の者はみなちゃんと生きられるのか。
たとえ自分の死の瞬間が近くても自分より他人を気遣っていたのだ。
心の奥底では【助かりたい】と言う思いがじわじわと浮き出ていた。
だからこそ、その命運をあのジンに託して行ったのかもしれない。
自分の精神が不安定になるのを承知の上で大量の魔力を使い2回の交信を可能とした。
しかし、それがあだとなりより自分の死を近づけてしまっていたのである。
最悪の事態だ、もはや後数時間の命かもしれないと言うくらいに弱まるとは思わなかった。
輝夜自身もそう思い、今も苦痛に悩まされているのだろう。
しかし、後悔は全くしていない、自分は最後に言うべき事は言えた。
だから、もしたとえ来てもらえなくても、たとえ助けてもらえなくても。
これで死ねるなら本望、悔いはない。
苦しみ息を荒くする中でも微笑もうと必死に笑顔を絶やさなかった。
心の中と頭の中では多くの自分の夢が残っていても。
自分はこれから死ぬ、そう思いながら今もなお苦しみと戦い続けていた。
体はどんどん衰弱する、今はもはや立たされている事すら苦痛になる。
心臓は締め付けられるように痛い、頭はクラクラと思考を弱まらされる。
それでも、それでもだ、輝夜は彼を待ち続けていた。
ずっとずっと待ち続けると、信じているのだ。
必ず行くと言われたのなら、私はずっと待とう。
この命、ある限り希望を信じて待っていようと。
そう決めていたのだ。
その後、出せもしない涙をポツリポツリと流しながら微笑み待ち続けたのだ。
小さな小さな希望をずっと待ち続けていた。
まだ、死にたくないから・・そう思いながら輝夜は待ち続ける。
◆
俺には別に特別誰よりも強い力が備わっているとかわけじゃない。
種族の混合としての結果の力が備わっているだけだ。
吸血鬼の様に月の下で血をくらい人知の可能性を超えた生き方を可能とした。
狼の様に地形左右されないほどの野性的生命力も持つ。
それこそが混合種【ヴァンパイアヴォルフ】である。
普段は人間を装い、獲物を狩る時には獣の大手に大爪で相手を引き裂く。
邪悪なる悪魔の翼舞い広げ、天高く空へと舞う事も可能とする。
海を除けば本当に敵のいない種族だと言える。
その力を最大限に発揮すればおそらく何もかもを壊して進めると思う。
けれども、それは正解なのかと言う話だ。
力が誰よりも強く、誰よりも命を奪える。
そんな存在は必要なのか?
血を浴びて人々を脅かす存在でしかない俺に生きる価値はあるのか。
勝利の為なら周りに恐怖を与えようと構わない。
何かを守る為なら誰よりも強くなくていけない。
そう思い生きて来た、だけどそれが正しいかなんて分からない。
いくつもの血を浴びて、いくつもの戦地を越えた。
それでも答えは出てこない。
俺は一体、何の為にあんなにも必死に戦えのるのか。
本当にみんなの為に戦っているのか、それすら分からない。
迷いと不安の感情、今、俺の心境はとても分からない。
黒と白が混ざり合う一歩前の様だ、その先の答えが出ていない。
鈴蘭の戦いを見て俺は今決断を迫られているのかもしれない。
【戦う】意味とは何か、その答えの決断だ。
ただなんの意味もなく人生の渇きを癒すために戦うのか。
誰かを守るために力を尽くしたとえこの体を壊そうとも戦うのか。
誰かを奪われない為に、血戦の争いを繰り返すのか。
リンドウルムが言う様に俺は戦う理由を探せる。
きっと、どこかに答えは必ず眠っている。
俺は今、それを見つける為に、ここに来れたのかもしれない。
もしかしたら、これを最後に迷いを振り払う事ができるかもしれない。
そう、会場の控室が沢山ある中でとても古びた大扉の立ち入り禁止と書かれたこの扉。
こんな場所にわざわざ控室に紛れ差すような下階段に作ったあからさまに怪しい部屋。
間違いない、この先にきっと輝夜はいると信じている。
見るからにきっと危険な場所ではあるだろう。
それでも危険を顧みず行かなければならない。
歩き出そう、地獄への一歩を。
「行くのね、ジン・ウィルコンティ」
「・・止めに来たのかい?」
後ろから静かなる冷酷な声、美しくも魅了し相手を止め絶望させてやろうとする様な声だ。
後ろを振り返れば俺は殺される、そんな罠の様な声。
冷たき残忍のオーラ、無情の気配、鋭い眼光が俺を引き留める。
この死を近く思わせるような旋律の眼光、おそらくメアだろう。
いつのまに俺の後ろにいたのかは分からない、けれども何かを悟ってここまで来た。
そんな感じなのだろう。
「行くとも、俺は覚悟を決めた」
「みんなを置いて自分は一人楽しくお姫様救出ごっこ?貴方は馬鹿なの?夢の中のおとぎ話を今でも貴方は信じていると言うの?馬鹿な真似は止めなさない、夢は所詮夢よ、それが現実にあるわけじゃない、貴方は一人浮かれているだけ、分かったらとっとと愛しい愛しいみんなの下へ戻ったらどう?」
やっぱりその一言が残酷だ。
一度口を開けば暖かな環境を破壊するほどの冷たき語り。
お前の言う事はきっと間違っていない。
今、メリルや鈴蘭の下を離れて行くのは間違っているのだろう。
それでも、行かなくてはいけないんだ。
間違っていても、救いたい者がいる。
そう心の中で今覚悟を決めているんだ。
「たとえ、この行為が間違っていたとしても、俺は行くよ、後悔したくないから」
「夢の中の話の姫様でも?」
「あの暖かな心地、眠っているのに揺れ動く感情・・俺はとても夢とは思えないんだ」
「それでも夢は夢よ」
「だとしても、信じるんだよ、可能性と言う言葉がある限り嘘でもいい、やるんだよ、行くんだ、自分の瞳で確かめるまでは嘘か本当かなんて分からないだろう」
「・・貴方って、どうしようもないくらい馬鹿なのね、他にもいい女は沢山いるのに、そんなに夢に出て来る妄想女が好きなんだ?」
「ああ、好きだとも、これが一方的想いでも構わない、俺は好きである事に重要差を持っている、一目惚れでも構わない、この心の揺れは確実に【恋する意味を持って】好きになったんだよ、輝夜はこの世にいる、そして他に輝夜はいない、俺は絶対輝夜を救う、たった一人の女だと信じてな」
「・・馬鹿馬鹿しい・・貴方は間違っている、吸血鬼としても狼としても失格よ」
「それでも構わない、俺は救う為ならその種族の誇りを下ろしてでも行ってやるさ」
「・・・そう」
「次、戻る時は君達の優勝の時か・・はたまたその後か・・それは分からないけど・・先に言っておくことがある」
「なによ?」
辛辣と凍えるような感情の大嵐に打たれながら俺はたった一言。
静かに優しく言う、暖かな感情を出して俺は言った。
「最後に、お前にこう言われなかったら・・気持ちは固まらなかったかもしれない・ありがとう」
「・・どういたしまして」
「うん・・じゃあ・・行くよ」
これでいい、最後まで彼女に冷たくあしらわれたって構うものか。
俺は進むんだ、夢を信じて絶望の闇を引き裂くために。
行こう、答えを出す為、迷いを消し去る為に、一歩を踏み歩いて行こう。
扉を両手で開き、完全に別の世界へと誘われた時、俺はその一歩から走り出す。
最果てにある答え向かい、ただまっすぐ行こう。
「(最後まで馬鹿だった・・けれどもあの方とやっぱり同じ・・いえ、まったくと言うわけではないけど・・血の気と考えはまるで一緒、流石は兄弟ね)夢、叶うといいわね」
「あ、メアちゃーん!」
「あら、メリルじゃない・・どうしたのかしら?」
「もうすぐ私達の試合だよ!鈴蘭ちゃんはまだ出れそうにないから・・私とメアちゃんで出ようと思ってね!」
「私じゃなくて・・ジンとは出ないの?」
「んー・・ジンお兄ちゃんには・・・頼りたくないの」
「何故?あなたの愛しき存在ではないのかしら?」
「うん、とっても大好き・・けどね、私はジンお兄ちゃんにいつまでも頼って生きて行くのは止めたんだ、ジンお兄ちゃんは私に色んな事を教えてくれてね、本当に大好きなんだよ・・それでも・・ダメなの、きっとこの感情は届かない、想いも届くなんて事はないの、ジンお兄ちゃんには・・もう、届かないから」
「(・・メリル)」
「それが分かった時、悲しみより、ジンお兄ちゃんを応援する事を決めたの、私はジンお兄ちゃんを支えられる存在、陰でも柱でも構わない、私はジンお兄ちゃんを好きだから・・私はこれからも支え続けるの!」
「(人たらしめ・・こんな子になんて覚悟の決め方させてんのよ・・けれども・・この微笑み、溢れ出る喜び・・この子本当に何も恨んでないのね・・純白すぎるわ)」
「メアちゃん・・私は・・私のこの答えは間違ってるかな?」
「貴方はどう思っているのよ?」
「私はね・・間違ってないと思ってる!きっとこうする事でジンお兄ちゃんを幸せにできるから!私も・・ジンお兄ちゃんが幸せなら・・私はそれで幸せなの、恨んでも憎んでも何も生まれないの、もしそれで上手くいかなかったとしても・・私は怒らないの・・ジンお兄ちゃんの不幸も怒りも、受け止められてあげる器・・それだけでいいの」
「(器・・ね、この子のこの本人の言葉を前にしたらきっと・・彼は・・いえ、考えるのは止そう・・きっと・・嫉妬してしまう・・私らしくもない・・)貴方は間違ってないって思ったのならそれが答えよ、この世界に答えは存在しないのだから、それが答え」
「・・そっか、ありがとう!メアちゃん!」
「礼には及ばないわよ、それより・・早く控えに行かないと・・失格になるわよ」
「えっ?ああ!待ってよ!メアちゃーん!!」
「ふふ・・待ってあーげない!」
「(もう・・メアちゃんたら!)待ってよー!」
悲しみと絶望を一気に背負い、その上で自分は誰かの幸せを守りたい。
そんな感情に打ちひしがれてこれからを生きて行こうと切磋琢磨するメリル。
それを悲壮とも思わず、真剣に聞いたメア。
まだ小さな子供なのに、こんな考えと思考を持てるなんて・・っと思い。
せめて私が導いてあげようと感情を明るくふるまい、次の戦いを先導する。
メリルの答えは果たして正解か不正解か、それは神のみぞ知る。
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