97 騎馬隊との闘い
「ラヴィアラ、俺たちは目の前の敵を倒すことだけ考えていればいいんだ」
その言葉にラヴィアラも「ごめんなさい」と謝った。
「今頃、仲間たちが死闘を演じてる。鉄砲が使えるまでの時間稼ぎだ。そんな時に、全然違うことを考えてちゃいけない。この戦いが俺たちの勝ちになるように考えておかなきゃダメだ」
「そうですね。ラヴィアラも頑張ります!」
オルクス、ノエン、マイセル、いずれも長らく一線で戦ってきた勇者たちだ。そう簡単にやられるとは思ってはないが、敵は川を渡った先にいる。
消耗した上でホームグラウンドの敵と戦うわけだから、それなりにつらい戦いになることは覚悟しないといけない。
敵地に入ったら、とにかく持ちこたえてくれればいい。あまり縦に長くなると危険も高くなってくる。とはいえ、オルクスなんかは飛び出そうではあるんだよな。
雨はそれなりに強い。とても、鉄砲が使える天候ではなかった。
――まったく辛気臭い顔をしておるな。お前にしては珍しいではないか。
オダノブナガは堂々と構えてるな。自分が戦場に出ないのは不安なんだよ。
――お前は覇王になるべき人間なのだから、どかっと構えておればいいのだ。これまでの前にばかり出る戦い方がおかしいのだ。逃げ帰っているのとは訳が違うのだぞ。
理屈じゃわかってるよ。もっとも、実際に戦闘に出たくなるような力をくれたのは、そっちだけどな。
――別に覇王みずから職業というものを決めたわけではない。むしろ、職業にされて迷惑を感じてるぐらいだ。まったく明智光秀も千利休も職業になっておるんだからな。これで、今回のマチャール辺境伯とかいう奴の職業が、武田信玄だったりしたら、笑えんところだ。
少し、気になることをオダノブナガが言った。
そのタケダシンゲンというのについて、教えてくれ。過去にも何度か言ってたとは思うけど。
――なんだ、現金な奴だな。とはいえ、職業が人間に意地悪するという法もないか。よかろう。武田信玄というのは、山がちな土地で生まれた英雄だ。とにかく、不気味なほどの戦上手だったな。大軍すべてではないが、一部の精鋭はたしかに騎馬に乗って戦っておったらしい。
しばらくタケダシンゲンについて聞いていたが、どうも敵のマチャール辺境伯サイトレッドに近いものを感じる。
――もっとも、政治構想に関しては、覇王のほうがはるかに高邁であったわ。信玄の勢力拡大政策は晩年、じわじわ行き詰まりつつあった。仮にあいつが長く生きて息子の勝頼に譲らなかったとしても、近い状況にはなっただろう。やはり、覇王のほうが三枚は上手だったな。
政治構想は知らないけど、実力者ではあるんだな。
突っ込んでいった仲間たちは大丈夫だろうか。
しばらくすると、あまりよくない一報が入った。
ワーウルフのラッパ、ヤドリギが報告のために現れた。
まだラヴィアラがいたので、驚かせてしまったが、しょうがない。それぐらい、急な話ということだ。
「敵軍にオルクス様たちの部隊が苦戦しており、退却せざるをえなくなっております」
「なるほど。つまり、晴れるまでは後詰の軍団を用意しないといけなそうだな」
「敵の中で屈強なのは、マチャール辺境伯サイトレッドの妹、タルシャという者です。といっても歳が離れていて、まだ二十一ということですが」
そういえば、女の軍団長がいたとは思うが、それがそこまでやるとは思っていなかった。
「もともと、有力家臣の子供を婿としてとっていましたが、三年前にその婿が死去してからは、婿が率いていた軍団の一つを管理しているようです」
まさか辺境伯ではなく、その妹にまでやられたので話にならないな。
まだ雨脚は強い。今から攻められると、防御が間に合わない。
「アルスロッド様、このラヴィアラが出ます!」
「わかった。頼む。でも、妻だけに任せるわけにはいかんからな」
俺はその場ですっくと立ち上がる。
「俺も出よう。敵に一発喰らわせて尻込みさせれば目的は果たせる」
●
川の水は相当、冷たかった。
やはり、北方まで来たのだなと実感させられる。ここと比べれば王都ははるかに南だから、この温度には慣れない。先制攻撃に出た側が力を発揮できなかったとしても、しょうがないだろう。
俺はわずか四百の軍を率いて攻め込んでいる。あくまでも、味方の軍を支えるためだ。一度持ち直せば、どうにか踏みとどまれる程度の力はある。今回はそばにラヴィアラもいる。
「ラヴィアラ、敵に必要以上に近づく必要はない。とにかく弓矢で射れ」
「はい、わかりました!」
ラヴィアラの目はこれまでにないほどに真剣だ。
「ただ、本当にこの人がついてくる意味はあったんですかね?」
それとドワーフのオルトンバが従軍しているのだ。鉄砲を水に濡らさないように気をつけて川を渡っている。
「一丁使う程度ならなんとか。それに実戦で少しは使わないと良さもわかってもらえませんから」
まさか、こんな機会で使うことになるとは思わなかったけどな。
ちょうどノエン隊が敵の猛攻を受けているところに俺たちは合流した。
「ノエン・ラウッド、一時的に加勢に来た!」
「あっ! かたじけない! これ以上の恥は見せられませんので全力で応戦します!」
これで味方の士気は一時的に上がるはず。しかし、それだけじゃ追い返すにはまだ足りない。
幸い、敵は速攻を旨とするのか、軽装で射ちやすい。
早速、ラヴィアラが弧を描いた弓を放つ。
きっちりとその弓が敵兵の一人の胸を貫く。
「ラヴィアラの弓の精度は恐ろしいですよ。職業が射手なのは伊達ではありません!」
また、次の一射も敵兵の一人に刺さった。ほかの弓兵も矢を放って、敵の猛攻を押さえ込む。
「よし、ここはどうにかなりそうだな。ノエン、もうしばらく支えろ! 俺たちはオルクス隊のほうに向かう!」
オルクス隊は最も多くの兵で構成されている。ここで食い止められるなら、どうとでもなる。俺たちはラヴィアラたちともに横に移動する。
たしかにこちらもオルクス隊本隊はかなり乱戦になっていた。ハチの巣をつついてしまった男のように壮絶な攻撃を浴びている。
「大元を絶たないとダメだな」
「ラヴィアラがやりますよ、アルスロッド様」




