95 鉄砲作戦
俗に北方と言われる地域は東西で一セットずつ県が縦に並んでいる形をとっている。もともと、異民族がほかの大陸から移り住んできていたとも言われ、県の割り振りも中央ほど錯綜してはいない。
そのうち、まず、北方の入口と言われるマチャール県のマチャール辺境伯家を攻める。
マチャール辺境伯家ははもともとはマチャール県の南半分を支配しているほどだったが、やがて北部の領主たちも屈服させ、さらに西側のミズルー県の一部にも支配領域を延ばしている、大勢力だ。
とくに前王の王統と結びついて、ミズルー県の伯爵の地位も与えられている。それ自体は大義名分であって、現地の領主は従う気はないが、大義名分としては二県を支配しても問題ないというわけだ。
そして、前王の王統と仲がいいということは、今の王のハッセ一世には反抗的というわけだ。遠方だから直接的な関係はなかったが。
攻勢を前に俺たちは砦に入って、重臣会議を開いた。地図を囲んで、皆、椅子に座ったり、立ったりしている。俺は椅子が小さくて落ち着かないので、立っていた。
各種親衛隊の隊長に、ラヴィアラ、ノエン・ラウッド、フルールの兄であるマイセル・ウージュ、小シヴィーク、ケララ・ヒララたちが集まっている。
王国の官吏たちは原則、戦場には連れてきていないので、これが俺の軍事基盤ということになる。
ただ、逆に言えば、進軍中の地域には軍勢催促をあまり行っていないということだ。
「摂政様、やはり軍勢はもっと大々的に集めるべきだったのではありませんか? 無論、勝てるとは思っておりますが、この戦いがマウスト城主の私の戦いとみなされかねません」
ノエン・ラウッドがそう発言した。この男も壮年だが、まだ気持ちは若い。
「そういう見方もあるな。だが、やる気のないのを混ぜて、兵の質が下がるほうが問題だと思った。敵の領主も大軍にものを言わせる戦闘をするわけでもないしな。北方は馬が強いことで有名だ。馬で突っ込んでくるぞ」
びくびくしている弱兵の集まりだと、馬で攻め立てられただけで敗走してしまう。もし、前線の連中が逃げたらそれで後続も崩れて、おしまいだ。
「とはいえ、せめて一門であるはずのエイルズ・カルティスとブランド・ナーハムは……」
その二人の名前を出すと、ノエンの言葉も弱くなった。
触れてよいかと悩んでいたのだろう。
「一応、言うだけ言っておいたのだがな。どちらも敵対勢力が領内に出たので、それを退治せねばならんそうだ」
体調不良が理由では名代を出せと言われるからな。口実としては悪くない。
「それと、ノエン、すでに過ぎ去ったことをああだこうだ言うのは軍議ではない。まったく無意味だ。この状況でできることをお前は考えろ。どうやってマチャール辺境伯サイトレッドを討つか考えろ」
俺の言葉にノエンは「すいません……」と頭を下げた。
敵軍とこちらの軍の間には川が流れている。大河ではないが、それなりに流れが速い。大きなポイントはこの川を先に一気に渡るか、あるいは渡らずにじっと待つかだ。
ためしに話をさせてみたが、意見はばらばらだった。敵が精強なので待つべきだとか、こちらが遠征しているのだから待ってどうするとか、いささか観念的すぎる。
最近戦争がないから、みんな頭がなまってしまっているのではないか。以前はもっと生き残ることに必死だったはずだ。
実は、最初から方針は決まっていた。もちろん、もっといい案が出ればそっちに鞍替えするつもりだったが。
「お前たち、もうないか?」
その声にずいぶん後ろから手が挙がった。
それはドワーフのオルトンバだった。
重臣の一部から、あれは誰だという視線が向けられる。俺の重臣は所領などから言えば、完全に実力のある領主になってしまっているからな。そういうのもあまりいいことじゃない。偉かろうと貧民だろうと、槍で心臓を突かれれば死ぬのだから。
「ここは待つべきかと思います。それで簡易の柵を作って待ち構えておれば、騎馬部隊の勢いを割くことができます」
「多少、勢いを割いてもその時点で攻められてるんじゃないのか? どこで攻撃に転じるんだよ? そこまで攻められてるんじゃどっちみち終わりだろ?」
赤熊隊のオルクス・ブライトが苦情を申し立てた。
たしかに普通に考えれば、そう受け取られてもしょうがない。柵で待ち構えるといっても、それが機能する時には敵の騎馬軍団が襲ってきているのだ。
「そこを鉄砲で狙い撃ちます」
オルトンバは鉄の筒を一つ取り出した。
最初に見たものと比べると、かなり形も改良が加えられている。
「ああ、やけに大量に作っていましたねえ、それ。ラヴィアラも試したことありますけど、弓矢より強いとかいう話で、ちょっと複雑でしたけど」
弓使いのラヴィアラにとったら自分の仕事を奪うかもしれないその武器は素直に喜べないのだろう。
「この鉄砲は鎧もなんのそので貫通します。柵の後ろで撃てる者からどんどん撃っていけば、どうにかなります。敵が至近距離にいればいるだけ、殺傷能力も上がりますし」
「ふん、そんなの子供騙しじゃねえのか?」
オルクスみたいな武闘派にとったら、それは懐疑的に見えるらしい。たしかに戦場でまだ本格的に活躍したことはない武器だ。単純に俺が大きな戦いをしてなかったというのもあるし。
「いえ、オルクスさん、これがなかなか恐ろしいんですよ」
そこで鉄砲の価値を認めたのは、オルトンバではなくてラヴィアラだった。
「弓矢よりはるかに命中率が高いんです。ほんとに悪くないですよ」
「あれ、ラヴィアラちゃんが肩を持つのか……。射手の言葉となると……こっちが分が悪いな……」
オルクスは女の意見には弱いのだ。
そのあと、オルトンバは具体的な鉄砲の戦術について説明した。
いくつも柵をアトランダムに設置して、騎馬兵の部隊が集団で動けなくする。
そして、個別に前に出てきた騎馬兵を鉄砲で各個撃破していく。
これで大きく攻撃力を失い、弱体化する。しかも騎馬兵の中には敵の重臣も多いので上手くいけば戦闘続行自体を不可能にできるほどのダメージを与えられる。
これは鉄砲作戦で、決まりだな。




