93 弱い者の強さ
「あっ、そうだ、そうだ。夢といえば、これがありました」
ユッカの中で何か思い出したらしい。
「私、元気な子供を産んで、育てたいんです」
それは少なくとも俺は想定してない答えだったし、ケララもちょっとけげんな顔をしていた。
「なぜ、そのようなことを?」
わからなければ、とりあえず聞いてみればいい。お見合いならそういうふうに進めるだろう。
「私って、その……とても平凡な人間ですから……あっ、卑屈になってるわけじゃないんです。でも、きっと事実だと思うんです。摂政様やケララ様を前にしても、自分とは違う世界にいらっしゃると私にはわかります……」
ちらっとユッカは俺とケララのほうを見て、それから下を向いた。
「別に私はすぐれた人間などと思ったことはありませんが」
真顔でケララが言う。こいつ、こういうところは天然だな。かえって、ユッカが困るだろ。だいたい、すぐれてなかったら、俺は重臣として使ってない。
「私は武功を立てたこともありませんし、賢い姫でもありませんし……ほんとに領主の娘でしかないんです。セラフィーナ様やフルール様のお話などを聞くたびになんてお強い方々なのだろうと思ってまいりました」
ユッカの声に力はない。けれど、必死に本心を紡ごうと努力しているのはよくわかった。
「ですが、私なんかじゃそんな方々のように活躍することはできません。しかも、体も強くはありませんし。最低限の礼儀作法をお城で学んだぐらいで、ほんとにそれ以外は何も持ってないんです。姫は一族の外交官であれなんてことわざもありますが、私にはそれだって務まらないでしょうし……」
言葉をつづけると、だんだんとユッカの言葉は悲観的になる。これはこの子の性格によるものだろう。
「ですから、それだったら、私の子供に託そうかなと思うんです」
わずかにユッカが顔を上げた。
「私は立派な人間としては生きていけないけど、産まれた子供を英雄に育てあげることはできるかもしれません。そしたら、私の生にも意味ができるなって思うんです。それに私は人の弱さも教えられますから、かえって強い人間に育てられることもあるかなって……」
その時、ユッカの表情がぱっと花開いたように明るくなった。
たしかにそれは母親のように、慈愛に満ちたものだと思った。
その笑顔は本当に魅力的で、同時にとてもほっとするようなものだった。
もし、俺がしがない庶民で、しがない庶民のまま生きていくことが許されたとしたら、俺はこんな妻と一緒に生きていきたいと思っただろう。
もっとも、ユッカが平凡だとしてそれは能力の面であって、容貌のほうは平凡だなんて言えば罰が当たるものだが。そのまま、聖人の挿絵に使えそうなほどに、美しさとやさしさが備わっている。
この子を幸せにしてやりたいと反射的に思った。
いや、それじゃまだ摂政的な偉そうな部分が残ってるな。この子と一緒に幸せになりたい。それで、つまらないことで共に笑いあえるような関係になれたら、俺の心も休まるんじゃないだろうか。
「大変、利他的な素晴らしい内容ですね」
ケララがどこか面接官のような言葉で褒めた。
「いえ、この夢はちゃんと利己的でもあるんです」
それをすぐにユッカはひるがえした。
「私、体がとても弱いですから、子供を産めるか、産んでもその子が大きくなるまで生きていられるか、あまり自信がないんです。だから、私の夢は、私が子供が大きくなるぐらいまで見守っていられるという願いも含んでいるんですよ」
その時のユッカの儚げな笑みはいよいよ人形じみていた。
むしろ、彼女を元にして高価な人形が製作されたようにすら感じられた。
――なんとも頼りない女であるな。
おい、こんな時に出てくるなよ。覇王でも場違いだ。
――だが、よくわからん魅力がある。こういう女もたまにはよいのではないか。
同感だ。やっぱり俺の職業だけあって気が合うな。
彼女は自分が弱いことを知ってる。きっと、腹が立つぐらいはっきり知ってる。それは見方を変えれば、すごい強さだ。弱さを知っている者は大きく間違わない。強いと勘違いしている奴よりも何倍も強くて利口だ。
「こ、こんな答えでよろしいでしょうか……。ごめんなさい、つまらない話で……」
またユッカの表情が自信なさそうなものに変わる。
「いえ、大変興味深かったですよ。隣で聞いていたケララもきっとそう答えるはずです」
「はい。私もまだまだだなと感じました。精進いたしたいです」
顔が笑ってないので、どこまで事実を述べているかは怪しいが……。
「また、こちらからお父上の伯爵にはお伝えいたしますので。本日はありがとうございました」
「あ、はい……。あの、摂政様……」
ユッカは立ち上がりながら、不安げに懇願するように俺の目を見た。
「きっと、私のようなつまらない女は愛人になさることもありえないかと思いますが……どうか、父とニストニア家はよろしくお願いいたします……」
その態度がやけに猫背気味で笑ってはいけないのかもしれないけれど、俺は笑いそうになってしまった。
「何の心配もいりません。私は王国に忠誠を尽くす領主をないがしろにすることはありませんから」
彼女が出ていったあと、ケララといくつか感想を話し合った。
「お前はどう思う? 恨んだりせんから正直にすべて話せ」
「あのような姫君は嫌になるほどたくさん見てまいりました。戦乱が続く時代に生まれてこなければ、もう少しわかりやすく幸せになれたでしょうね」
「陛下と一緒に遍歴を続けたお前らしい意見だな」
戦乱の時代だろうと、それに向かない人間は当然出てきてしまう。そういう人間は戦乱にたいてい食い物にされて死ぬ。
「だが、俺はただの弱い人間に彼女は見えなかった。だから、彼女に俺なりの幸せを見せてやろうと思う」
ゆっくりとケララはうなずいた。
「まあ、摂政様が妻を迎える話を反古にするとは思っていませんでしたが」
「待て……。お前、俺を好色だと言いたいだろ……」
俺はちゃんと妻たちを誠実に扱ってるつもりだぞ。
「最低でも、お前を不幸な目に遭わせたりはしていないつもりだ」
「そ、そうですね……」
少し恥ずかしそうにケララは言った。
「できれば、もっと貪欲に愛されてもよいなと最近思ってはまいりましたが、それでは均衡が崩れてしまいますね……」
ケララは意外と独占欲が強いとだんだんとわかってきた。




