9 ネイヴル城包囲
日間1位になれました! 本当にありがとうございます! これからもしっかり更新します!
俺は以前にも増して、兄ガイゼルの居城であるネイヴル城の様子を探った。
ネイヴル城は平地にある城で、周囲を二重の水堀で覆っている。城下もそれなりに豊かだ。
その結果、思った以上に早く様子が伝わってきた。
また、行商人に化けた間諜が俺のところに報告に来た。
「申し上げます。子爵はアルスロッド様を殺そうと計略を立てているとのこと。その内容ですが、自身がご病気と偽り、そのうえで領主の座を譲るとアルスロッド様を呼び出すつもりでございます」
「そうか。ならば、間違いないな」
「と申しますと……?」
間諜は俺の態度にきょとんとしていた。
「すでにネイヴル城にいたほかの家臣から同様の情報を聞いている。ガイゼルの取り巻きの中にも今回は性急すぎて危ういと言っている者が割といるらしい。だから、情報がこっちにもれてきた」
取り巻きもすぐに倒れてしまう領主に頼むわけにはいかない。ガイゼルがそれだけ見限られてきているということだ。
あと、父親の代から仕えてきているような者たちの中には、ガイゼルの能力を疑問視している者もけっこういた。そういった者の中にも報告してきたのがいる。能力を疑問視も何も、本当に能力がないんだけど。
「アルスロッド様、ネイヴル城に行くのを留めておいて正解でしたね」
ラヴィアラがほっと胸を撫で下ろしていた。
「少なくとも護衛なしでガイゼルと顔を合わすのは気味が悪かったからな」
暗殺計画が入る前から怪しい気はしていた。商業的にも、こっちの市が繁盛しているせいで、これまで以上に目の敵にしてるだろうしな。
間諜は下がらせた。ここからは作戦会議に入る。といっても、ラヴィアラと二人で話をするだけだが。
乳母子のラヴィアラは同じ人間に育てられた仲、腹心中の腹心だ。大切な話はまずラヴィアラに打ち明ける。ランタンがほのかに灯っているだけの暗い部屋だった。
「病気と偽って、城内で暗殺ですか。実に、こっちに都合のいい展開になってきましたね」
ラヴィアラが不敵に笑った。
戦乱の世だ。ラヴィアラもただ、やさしいだけの女性じゃない。
「正直、俺もそう思ってた。これで、本当に病死してもらえる」
領主を殺せば、簒奪者のそしりをまぬがれない。だが、自分から病気と喧伝してもらえれば、こっちはそれを見届ければいいってことになる。
「ただ……あんな人とはいえ、実の兄を殺すことになるアルスロッド様はおつらいでしょうか……」
たしかに血縁関係にあるのは事実だけど、ここで変に情をかければこっちが殺されるかもしれない。
――そうだ。兄弟であろうと敵は倒さねばならん。そうでなければ覇王にはなれん。
また、声が来た。
オダノブナガも親族を殺したのか。
――弟を殺した。といっても、先に仕掛けてきたのは向こうだぞ。
じゃあ、今回と似てるな。とはいえ、あのガイゼルが素直に領主の座を譲るわけがないだろうから、いずれ雌雄を決することになってただろうけど。
「問題ない、ラヴィアラ。俺の親族はもう妹のアルティアだけだ」
「わかりました、ラヴィアラもアルスロッド様の全力を尽くしますので」
決意を示すラヴィアラ。
そんなラヴィアラとふっと目が合った。
思わず、俺はラヴィアラの顔に手を伸ばした。
「アルスロッド様……」
ラヴィアラは照れたような顔になる。
「あのさ……俺はネイヴル領の領主になるつもりでいる。悪いけど、ラヴィアラを正室の地位に置くわけにはいかないと思う。でも……俺はお前のことが……」
砦でラヴィアラを救った時に、はっきりと自覚した。
俺はラヴィアラを自分の物だと思っていたし、もっと自分の物にしたいと願っている。
「きっと、ラヴィアラは産まれた時からアルスロッド様に仕える運命だったんです。だから、こうなることも運命だったんでしょうね。それに、この命は一度、アルスロッド様に助けていただいていますから」
その日、俺はラヴィアラとはじめて愛し合った。
乳母子のラヴィアラは俺の姉代わりであり、幼馴染であり、家臣であり、戦友だったけど、これで愛人にもなった。
敵がこっちをおびき出す作戦を立ててくれているのはありがたかった。屋敷の防備にそこまで神経質にならなくていい。
●
やがて、ガイゼルが病気であるという連絡がネイヴル城から正式に届いた。
俺は病気をいたわる使者を丁重に送ったが、自分からは決して出向かなかった。
むしろ、ガイゼルと距離を置いている家臣を中心に、こちらへ引き込む工作を行った。
すでに軍事力の面では、ガイゼルを凌駕していると言ってよかった。ガイゼルの軍は結局、家臣から集めたものでしかない。その家臣の一部がこちら側についているのだ。しかも、こちらは精強で知られているシヴィークなどの猛者がいる。
そして、ついに病気がよくならず危篤に近いので、領主の座を譲りたいという連絡が来た。そのために城に来いと。
当然、呼び出したうえで俺を殺すつもりだろう。
「時は来たな」
俺はシヴィークの軍などを含む五百の兵でネイヴル城を訪れた。
相手方が困惑しているのはすぐにわかった。こんなに兵士がいたのでは作戦を決行しづらいからだ。
ガイゼルに仕える者が困惑していた。俺は兵士を連れて、城に出向くなどと言ってなかったからだ。
「男爵殿、この兵はいったい、どういうことですかな……」
「兄上を継いで、領主となるのに、少数の供を連れてというのはあまりにも恥ずかしいこと。兄上の顔にも泥を塗ってしまいますので。威儀を整えるため、兵を連れてまいりました」
「し、しかし……」
そこにラヴィアラが進み出た。今日もラヴィアラは俺のそばにいる。あまり危険に巻き込みたくはなかったけど、来ると言って聞かなかった。
「よく御覧ください。どの兵士も着飾っていますよね。戦争のための兵ではなくて、男爵を権威づけるためのものですよ」
「わ、わかりました……。ですが、この兵の方は堀の外側で……」
「いいえ、この兵は男爵の付き添いです。堀を渡った城の前にて待たせてもらいます」
ラヴィアラがそう言い張って、相手も折れた。五百の兵は城の建物の真ん前で止まる。
俺は自分の周りも武勇に優れた者で固めて、城内に進んだ。
もしかしたら、もう決行は無理だと諦めるかもしれないが、どちらにしろ、ネイヴル領の支配権を継承させればそれでいい。
すでに兄が危篤であるという旨は各地に伝えている。向こうがそう言ってきたから伝えただけのことだ。
素直に病気を理由に領主権を譲ってくるなら、引退ということで命ぐらいは助けてやってもいい。けど、すべては今からのなりゆき次第だ。
さあ、どう出る、ガイゼル?
もう、お前の城は占領したようなもんだ。
お前が生き残る道は病気ということで、地位を譲って、どこかに静養するぐらいしかないぞ。
次回は夕方ごろに更新する予定です!