89 戦勝報告
サンティラ家を滅ぼした俺は王都まで戻ってきた。凱旋というほどのことじゃないが、多少の歓迎はあった。
帰還すると、俺は真っ先にハッセ一世陛下のところに戦勝のあいさつに行った。侮っているとわずかでも思わせたくない。
ハッセ一世も愚鈍な人物とはいえ、それなりに治世も長くなってきて、鷹揚とした態度はそれなりに王らしくなってきた。
そもそも、長いサーウィル王国の歴史で、すべての王が有能なんてことはなかったはずだ。優秀じゃなくてもある程度はつとまるように官僚機構が整えられているのだ。
「また、王国は統一に近づいたな。摂政殿のおかげだ。これからも兄弟で事を運んでいこうではないか」
ハッセが言った兄弟というのは、俺がハッセ一世の妹を正室としているからだ。だから、俺は王の義弟ということになる。
「まだ君も二十代だ。これから十年、二十年と二人で国を作り直していけば、いつかは統一もかなうだろう」
「そうですね。あくまで、これは自分の希望的観測ですが――五年ほどで全土の統一を果たすことができればと思っております」
もともと、王都に入ってから落ち着いた時、十年ほどで統一がかなえばと思っていた。つまり、その折り返し地点には入ったということだ。
「五年か。それは本当に楽しみだ。そうなれば、自分も中興の君主として名を残せる悪いことではないな」
しみじみとハッセは言った。中興の祖となるか、サーウィル王国最後の君主となるか、微妙なところだな。
とはいえ、そこまでこの王は疑いを抱いてはいないようだ。これからも騙し抜けるなら、それに越したことはない。
その信用を得るためにこの五年を使ったと言ってもいい。
ひたすら、戦争に繰り出すことになれば、軍を率いる者に権力は次第に集まる。それが何を引き起こすかと言えば、俺を野放しにする不安につながる。実際、過去にも戦争を行って勝ち続ける中で、王から離反したり、追放したりできるだけの力を得た者はいくらでもいる。
けど、早い段階でそれをやっても王都周辺での地域権力にしかなれない。どれだけ大義名分を集めても、遠方の領主から見れば、ただの権力の簒奪者だからだ。全国を支配できるだけの力は保てない。
そして、いずれほかの敵に敗れて、中央から地方に落ち延びていって、どこかで殺されるというのが一つのパターンになっている。
なので、王と二人三脚でまずは統一を行うのが正しい。
そう、オダノブナガも言っている。
――いいか? 上にいる権威は使えるうちは使え。覇王も足利義昭は鬱陶しかったが、最後まで殺すことはしなかった。本当なら追放するだけでも面倒だから、あまりやりたくなかったのだがな……。息子を次の将軍にしようと言ったのに、拒否しおるし……。
わかってる。お前と同じ轍を踏む気はない。
――その言い方は気に入らんな。下手に使った覚えはない。義昭より身分が上になるまで覇王はあいつを完全につぶすようなことは一度もしていない。
だとしても、包囲網とか作られてただろ。やっぱりまずいところはあったんだ。わざわざ敵を作るようなことはごめんだ。
オダノブナガがげらげら笑った。頭の中で響くので、まあまあ迷惑だ。
――ウソをつけ。お前は本質的に戦が好きでたまらん男ではないか。北方に軍を送るのも、自分の親類と戦いたいからではないのか? お前は戦える者とは片っ端から矛を交えたいのだ。
それは微妙なところだな。まったくないとも言えないかもな。
ミネリア領の長、エイルズ・カルティスはいわば、俺が最初にあこがれた武将であり、最初に俺が対峙した壁だ。ネイヴル家が滅ぶかどうかってところまで追い詰められて、俺もその力に目覚めたみたいなものだし。
エイルズ・カルティスも四十代なかばのはず。放っておけば、やがて肉体的にも精神的にも衰えていく。戦えるなら今かもしれない。
――勝手にやれ。妻から心底憎まれるかもしれんし、案外、何も言ってこんかもしれんし、微妙なところだが。
オダノブナガも義父の城を落としたことがあるから、そのあたりは何かしら感傷的な部分もあるらしい。とはいえ、義父を殺した人間の子を追放したはずだから、名分的には何の問題もなかったはずだが。
戦勝報告はまだ続いていた。
「それで、摂政殿、一つ質問なのだが」
王が少し遠慮がちに言った。
「はい、いったい何でしょうか?」
「ルーミーとは仲良くやっているか? 兄として妹のことが気になるのだ。あれも世間知らずで、しかも十三歳の時に輿入れしたから、心得違いのことも多いのかなと……」
なるほど。そういう話か。ある意味、王も妹を気づかう余裕が出てきたということかもしれない。会った当初は零落して、自分が王になることしか頭になかったからな。衣食足りて礼節を知るということか。
これに関しては色よい返事ができるので、俺のほうもほっとした。
「では、陛下に率直にお話いたしましょう」
俺は真面目くさった顔になる。
「う、うむ……」
「妻となった頃は稚気の残るところもありましたが、あれから五年以上が経ち、実のところ、こうも美しくなられるとは思ってもみませんでした。これが王族の血ということでありましょうか」
ハッセがほっとした顔になった。
と、カーテンからさっと出てくる者があった。殺気はないから恐怖もない。誰かいるのはわかっていたし。
「ああ、よかったですわ。わたくし、どきどきしておりましたの」
ルーミーがさっと姿を現した。ほっとしたという顔で胸をなでおろす。まさしくなでおろすという表現がしっくりくるほど、大きい胸なのだが。まさか、こんなに成長するとは思わなかった……。
今のルーミーを王都で一番美しいと宮廷詩人か誰かが言っていたが、あながち間違いじゃない。歳を重ねて自然と美しさが増して、そこに知性の光と生来のやさしさが混じっている。まさしく、理想的な姫君と言っていい。
でも、こうやって兄に意見を聞かせるあたりは昔から変わってない気もするが。
「ルーミー、あまり陛下にご迷惑をおかけしないようにな」
「あら、あなたは戦争はあらゆる手段を使っても勝たねばならないと、いつしかおっしゃっていたはずですが」
そうやって笑う時、出会った頃の少女の雰囲気がちょっと香る。
ダメだな、政略結婚のつもりでいたはずなのに、俺のほうが入れあげてしまっている。これじゃ、セラフィーナにも笑われるぞ。




