88 次の対戦の計画
そこでこんこんと扉がノックされた。そのノックの音で誰かおおかたわかる。
「悪いな、ラヴィアラ。まだ仕事で誰かが入ってきてもいい時間だ」
すっとラヴィアラも体をほどいた。少しばかり不満そうだったけれど。
扉を開けると、ケララが立っていた。
「例の北方攻略作戦の試案ができましたのでお持ちいたしました」
「それはご苦労なことだけど、遠征中に持ってくるものではないだろ」
ラヴィアラが不満げな顔になってもいるので、そう言った。
「完成次第、すぐに持ってこいと言われましたので」
「そうだな。悪かった。渡してくれ。ラヴィアラもいるし、ちょうどいいや。ちょっとその話をしようか」
その試案はありていに言うと、まだ俺たちになびいていない北方の領主を服属させるための計画だ。もちろん、表面上は王になびいていない領主を服属させるわけだが。
現状、王の権力がおよんでない地域は大きく二つに分かれる。
一つは西方。これは前王のパッフス六世が逃げた土地なので、今後とも戦わないといけない強敵と言える。もっとも、西方も一枚岩ではない。いくつかの有力諸侯同士で覇権を争っている。
一方で、北方はそもそも王都から離れすぎていて、どうしても文化的に後進地域となりがちだ。そのせいか、まだいくつかの有力諸侯に統合される前の段階で小勢力が飴玉に群がるアリみたいにうじゃうじゃと集まっている。
「計画としては、北方では比較的有力なオルトラ家を討つ。とっとと降伏するか、徹底抗戦してくるかはわからん。それでも、ここをつぶせば、ほかの弱小領主は諦めて投降してくるだろう」
「悪くない計画かと思います」
まったく笑わずにケララが言った。愛想がないとよく陰口を叩かれるが、たしかに書夢中は笑わないな。
「あの……根本的な質問なのですが……よいですか?」
ラヴィアラが手を挙げる。
「順番からいけば、西方の強敵を攻めるべきじゃないんでしょうか? どちらかといえば、北方の領主は離れていますし、ほかの王をいただいているわけでもいませんし……」
「そうですね。ラヴィアラ様のおっしゃることもわかります。どう考えても脅威は西方ですから」
ケララの落ち着いた態度が、またラヴィアラは気に入らなかったらしく、少し苦手そうな顔になった。これは相性の問題だ。ケララはいかにも王都出身という雰囲気の女武官だからな。
「その顔だとラヴィアラさんはすべてご存じなんですね。あ~あ、いつもラヴィアラはおいてけぼりを食ってる感じです」
「そんなことはありません。ラヴィアラ様はご立派ですし、摂政様にも大変愛されているかと思います。少なくとも私よりは」
末尾にどうも引っかかるところがあった。そんな話をした覚えはない。
「そ、そうですかね……。たしかにアルスロッド様はラヴィアラの部屋を訪れてくれる回数のほうがずっと多い気はしていますけど……」
そこでマウンティング取ろうとしないでくれ。すごく、やりづらい!
「はい、もう少し……私も夜も摂政様と語らうことができればと思っているのですが。愛想の悪い性格ですから、遠ざけれているのかもしれませんね」
ケララはそっけなくはあるが、この言葉には明らかにトゲがある。おかしいな、ケララはそういうことを気にする性格じゃないと思ってたんだが……。
「あれ、ケララ、今のは初耳だぞ」
「わざわざお伝えするようなことではありませんので。これの計画を続けましょう。私から話してもよろしいですか? もし、誤りがあれば訂正をお願いします」
「わかった。説明を頼む……」
ケララは持ってきていた地図を広げると、それを棒で指示していった。
「このように摂政様の本拠であるマウスト城から我々は軍を進めます」
「ですよね。進路を見てもおかしなところはないです。でも、それだとラヴィアラの疑問の答えにはなってないですよね」
そう、北方の領主を攻める理由は答えられていないままだ。
そこでケララはつつつと棒の場所をマウスト城に近い領主のあたりに動かした。
「セラフィーナ様の父であるエイルズ・カルティス、摂政様の妹君の嫁ぎ先であるブランド・ナーハムあたりがこれを機に、兵を起こす可能性があります」
「まさか、本当に……?」
ラヴィアラの顔が険しくなる。いつか、そういう戦いが起こるかもとは伝えていたが、具体的にいつになるかということはラヴィアラも考えてなかったと思う。
「そういうことだ。本当の敵は俺の本拠に比較的近いところにいる、心から服属しきってない連中なんだよ。こいつらはあわよくば俺を滅ぼしてしまおうと考える。結局、俺を同盟者とは思ってはいるけど、俺の下につくのは嫌ってわけだな」
「だから、西方を攻めている間に大きな反乱が起こるぐらいなら、先に北方を攻めて、そういう連中を飛び出させるということですね? そのほうが戦乱の規模からいけば安全だから」
やっぱりラヴィアラも賢いじゃないか。状況判断はすぐにできる。
「無論、これは予定というか、『最悪の場合』を前提にしています。摂政様の親戚筋の一族が反乱を起こさないなら、それはそれでありがたいことです」
「周囲に自分を見ている人間がうじゃうじゃいるのに、堂々とテーブルの金貨を盗む奴はいない。しかし、ほかに誰もいないなら、そうっとかすめ取る奴はいる。一言で言えば、俺は親戚を試すんだ。俺を殺すなら今だぞってな」
俺を快く思ってないことぐらいはほぼ確実だとラッパからの情報でわかる。
だからといって、反乱を起こすとは限らない。たいていの主君は部下から全幅の信頼を集めてるわけじゃないだろう。気に入らないながらも仕えていることのほうが多いかもしれない。
なので、そこは試してみないとわからない。
「意味はわかりました。ですが、今、アルスロッド様を殺せば、そのあたりの土地も大混乱ですけどね。メリットがあまりあるとは思えませんが」
「まあ、そんなに未来を考えて生きてる奴だけじゃないからな」
俺は新しい時代を作るつもりだけど、そんな気概もない奴でも妨害ぐらいはできる。




