83 妹との再会
つまり、ブランドはこう考えているわけだ。
あくまでも自分たちは同盟者であり、主人と家臣という関係ではないと。
たしかに、どれだけ所有する土地や兵の数に開きがあろうと、俺とブランド・ナーハムの間に主従関係は成り立たない。我々は全員が独立した領主だ。
では誰に従うのかといえば、無論、王だ。今ならハッセ一世の下に全員が並んでいることになる。
だから、ブランドの不満には根拠がある。俺が摂政だろうと、俺を主とみなす必要性はない。それは思い上がりだというものになる。
フルールが懸念していたこと、すごくよくわかった。
ここにいる「同盟者」たちは俺が主人として振る舞うのではないかと神経質になっているのだ。
この者たちは、皆、独立した領主として生きてきた。はっきりと誰かの下についたことはないわけだ。
戦争で屈服したことはあっても、大きな領主になかば臣従に近い同盟を迫られることがあったとしても、形式的には彼らは王だけを主といただいて、誇り高く生きてきた。
しかし、そこで俺が摂政なんていう、この土地では前例のない者になって戻ってきたから、疑っているのだ。
俺が自分たちを支配するんじゃないかと。
正解だ。
俺はお前たちを支配して、自分の軍事力に組み込むつもりでいる。それぐらいのことができないと、前王が逃げた西の領主たちと戦えない。
これから先、起こるのは王国の東西の激突だ。西側の領主は前王を必ず旗印にして、ハッセをつぶそうとしてくる。それが正念場で、大聖堂との争いは前哨戦だった。
――やはり、こういうややこしいことになったな。摂津や播磨の連中がとった行動とまったく同じであるわい。
オダノブナガも経験してるよな。力で従わせようとすると、こういうことになるもんな。
――ちなみに多くの者が覇王に反旗を翻しおった。手を焼くこともあったが、一つ一つ叩きつぶしてやったわ。そもそも、戦ってよいものとダメなものの区別もつかぬ阿呆どもを生かしておいてもしょうがないであろう?
結果的に背中を押される形になったな。
アルティア、妹のお前には悪いけど、ブランドが弓を引いてくるなら、俺はお前の夫を殺す。
もちろん、そうならないなら、それに越したことはないけど、ブランドの目を見ていたら、それは難しいように思える。
「義兄、質問に対するお答えをいただけませんか?」
もう一度、さっきよりは強い声でブランドは言った。
「無論、我々も義兄と共に戦う所存ではございますが、我々の土地は義兄の土地ではありません。それをどうかご確認いただきたいのです」
その瞳は、俺に似た青年領主のものだ。決して、自分の土地を守ればそれでいいってものじゃなく、あわよくばもっともっと外に出たいと願っている男の顔をしている。
だからこそ、俺の下では働けないだろう。
俺の義父に当たるエイルズ・カルティスとその同盟者たちも不安そうに俺の顔をうかがっている。
やっぱり、誰かの下につくことはみんな勘弁願いたいらしいな。
俺は弁明するように、手のひらを領主たちに向けた。ただし、あわてたような態度はとらない。あくまでも俺は摂政だからだ。お前らとは違う。
「心配なさらなくても、俺は貴君らの土地に欲を出すようなことはない。むしろ、貴君らの土地を守ることこそ、陛下に仕える摂政の役目だ。我々は陛下だけを主に持つ」
その言葉にやっとブランドは安心したように息を吐いたが、目はまだこちらを慎重に見つめていた。
「今後、陛下の名のもとに戦争に従事することもあるかと思う。その時はぜひとも協力をお願いいたしたい」
それでその場は収まった。けれど、ほぼ確信が持てた。
いずれ、俺たちはここの何人かと殺し合うことになる。
国を統一するために、かつての仲間を滅ぼしていかないといけない。でなければ、前王を中心に結集した統制のとれた権力は手に入らない。
「今回は、貴公の妻もこちらにいらっしゃっているか?」
「はい。ぜひ、お兄様にお会いしたいと楽しみにしていました。今は庭を案内していただいているかと」
ブランドの表情もさっきよりはゆるんだ。
「俺もぜひ会いたいと伝えてくれ」
●
アルティアは城内の俺の部屋にまでやってきた。
周囲はラッパが厳重に監視しているので、ナーハム家の間諜が仮にいたとしてもこっちにまでは入って来られない。
アルティアの髪は以前に会った時より伸びていて、より女っぽくなったように見えた。
「嫁ぐ前は小娘といった雰囲気だったのにな」
「私も女盛りだから。もう、娘もいるよ」
くすくすとアルティアは笑った。アルティアを妻にもらったブランドは本当に果報者だ。それだけの価値を俺もブランドにあると見ていた。ただし、少々価値がありすぎたかもしれない。
しばらくはアルティアと思い出話をした。といっても、俺とアルティアの思い出はここじゃなくて、ネイヴルの土地でのものばかりだから、兄妹で旅先の土地にいるような気がしなくもない。
「なんだか変な気分。お兄様が摂政だなんて。国中がお兄様にひれ伏してるだなんて」
アルティアはおいしそうにお茶を飲んで、笑っている。
「そう、ひれ伏していかないといけないんだ。もっとはっきりとな」
そこで俺の表情は硬くなる。
「アルティア、どうかお前の夫を俺の下につくようにしてくれ」
俺はアルティアに懇願するように言った。
「ブランドは俺の下につくことは楽しくないだろうけど、それを拒否するようなら俺はいつかあの男を殺さないといけないかもしれない。そうなれば、お前を悲しませることになる」
危うい駆け引きだ。もし、アルティアがこのことをブランドに漏らして警戒させることも十二分に考えられた。
それでも、話したのはアルティアが俺に従ってくれると思ったから――でもないな。
俺は妹を裏切るようなことをしたくないんだ。
血のつながった妹にぐらいは本心を告げておきたかった。これから、俺はきっともっと誰も信じられなくなる。そういう立場になっていく。
しばらくアルティアは黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「私の命はお兄様がいなければ、もっと早く尽きていた。だから、お兄様の気持ちには沿いたい」




