81 故郷に墓参り
夏の盛りが過ぎた頃、。
俺は一族発祥の地であるフォードネリア県のネイヴル郡に里帰りをした。
ネイヴル城は自分が想像したよりもずっとみずぼらしくて、俺はあきれてしまった。
「なあ、ラヴィアラ、俺たちの本拠地はこんなに小さかったのか?」
「ラヴィアラも貧相に感じますね……。もっと大きな城だと思っていたんですが……」
「もっと郷愁ぐらいは湧いてくるものだと思ってたけど、それすらないな」
「それは当たり前ですよ。だって、アルスロッド様がこの城の城主だった期間はそんなに長くないですもの。思い出はむしろ、もっと小さな屋敷のほうにあるんじゃないですか?」
ラヴィアラの言葉にそれもそうだと思った。
「ついでにそちらも寄りますか?」
「いや、いい。それよりも一族の墓に詣でるつもりだ」
ケララが「故郷を大切にする行い、ご立派です」とおべっかではない調子で褒めてくれた。顔もどこかうれしそうだった。
「ああ、ケララみたいな人間が素直に喜べることをやろうと思ったんだ。少し俺は進みすぎたからな」
飛び出した者は嫌がられる。出る杭は打たれるからな。俺の敵なんていくらでもいるだろう。
「なので、せめて故郷をないがしろにしてないとアピールするつもりで来た」
「わざわざおっしゃらなくても、けっこうです。それに摂政様は楽しんでいらっしゃるようですし」
ケララには見抜かれているようだ。
俺は郡単位の小領主の城を眺めて、不思議と落涙していた。
「よくもまあ、こんなところから、国を差配するところまで来れたものだ。いや、もっとひどいところからスタートしたのか」
もはや、今の俺の軍団に、このネイヴル郡出身の者はほとんどいない。大半はその後に勢力を伸ばしてから入ってきた者だ。つまり、譜代の家臣もいない。ここに郷愁を感じる者もろくにいないはずなのだが――
なぜか、鳴き声が聞こえてきた。
「ケララ、お前までどうして泣いている?」
いつも冷静沈着なケララが女官みたいに涙を流していた。
「なぜでしょうね。摂政様のお気持ちが伝わってくるからでしょうか。長くつらい戦いだったでしょう」
ほかにも何人か泣いている者がいる。自分以外の人間に泣かれると、どうにも照れくさいな。
俺は家臣たちに体を向けて、言った。
「みんな、これまでずっと、俺に仕えてきてくれたこと、心から感謝する。まさか、俺もこんなところから、摂政の地位にまで上り詰められるとは思っていなかった。落ちる寸前の小さな砦に立てこもった時は、あっさり死ぬのかとも感じた」
ほどよく日が当たる。気候のせいもあって、俺はこの数年で一番穏やかな気持ちになっている気がした。
「どうにか生き延びた後は、必死に強くなろうと戦ってきた。やれるだけのことをやったし、汚い手も使った。だが、ようやく報われたようだ。すべてはお前たち、支えてくれた者たちのおかげだ。俺一人ではここまで来れなかった」
摂政としては異例だろうが、俺はゆっくり頭を下げた。
「ありがとう。そして、これからもよろしく頼む」
誰からともなく、「こちらこそ!」といった声が上がって、同じような声がいくつも重なっていく。
俺は自分勝手な男だとは思うが、できれば家臣たちと一緒に戦っていきたい。
翌日、俺たちはネイヴル家歴代の墓地に参った。
きれいに管理は行っているが、どれもさして大きな墓ではない。領主の家格からして、そこまで豪勢な墓を作ることは許されていなかったのだ。半円のありふれた墓だ。遠征の最中に墓の横も何度も通ったが、これと同じような小領主の墓をしょっちゅう見てきた。
今回はあくまで墓参なので、家臣だけでなく、妻たちもすぐそばにはべらせている。
とくにルーミーは正室なので、すぐ隣に来てもらっていた。もう片側にはセラフィーナとフルールが控えている。
「一族の方々、摂政の地位にまで俺はたどりつきました。歴代で何代目でしたか。十六代目でしたか。また、俺の代から家が発展するように尽くす所存です」
俺の言葉に合わせて、周りの人間も祈りを捧げている。
しばらく、静かな音のない時間が続いた。
「あの、お墓ももっと立派なものにできますけれど、そういたしませんの?」
ルーミーが尋ねてきた。王族出身者にとったら、このような墓は信じられないのだろう。
「せめて墓碑を長く刻めるものにいたしませんか? そうすれば、長くネイヴル家を顕彰することもできますし」
「いいや、これはこれでいいんだ、ルーミー。あまり墓を飾りすぎるのは不吉だとも言われているしな」
俺は首を横に振って、その提案を断った。
「それにもっと先にやることがあるからな。西のほうでは飢饉が起きているというし。それで贅沢するのもよくないだろう」
収穫前の時期は、食糧が一番払底する頃合いだ。とくに最近は飢饉が頻発している。
「ですが、それは摂政様の所領の外側ですわ。前王とつるんでいるような者たちの領内でのことですわ」
「摂政は、この国家全体のことを見なければならんのでな。摂政とはそういうものだ」
ルーミーは、「あっ……」と声を漏らす。
「さすが、摂政様ね。職分をよくわかってらっしゃるじゃない」
セラフィーナが俺のほうに体を寄せてきた。
「そうよ。今があがりではないんだから。あなたはもっと上を目指さないといけないの。お墓のことなんて、そこから考えればいいのよ」
「まあ、そういうことだけど、あんまり言わなくていい……」
祖先の墓なんてものは俺が王になった時に、またどうとでもするさ。




