79 戦後の交渉
ハッセ一世が王都に帰還してから三日後。
王の命で、王都内にあるオルセント大聖堂系列の神殿五箇所の活動禁止令が出された。
兵士たちが勅令の写しを持って神殿にやってくると、中にいる信徒や神官を外に追いやって、扉を封鎖する。禁止令が解かれる時期は未定。
ちなみにこれは俺の入れ知恵ではなく、王であるハッセのほうからやると言ってきたのだ。さすがに直接戦ったのは俺だったし、俺にもその旨を伝えてきたが。
大聖堂派に対するわかりやすい報復だが、神殿の破壊までを行わなかっただけ賢い。もし、これで徹底的に大聖堂派を除こうとすれば、連中は結集してもう一戦交えようとしたかもしれない。
そうなると、次の戦がどうなるかわからない。大聖堂はなりふりかまわず前の王統勢力に助けを求めるだろう。
現時点で、命運をかけた戦いなんてものに踏み切らせるメリットはない。ここは甘やかせておくべきだ。
俺はこの禁止令で十分だと伝えた。
ハッセは「本音を言うと、神殿の一つや二つ壊してやりたいが、王都が混乱するのでやめにした」と話した。
俺も「ご賢察です」と調子を合わせておいた。
急進的な動きは必ず強い反発を生む。まだ、反発を問題なく押さえ込むには俺の権力は危うさがある。
いずれ大聖堂とはぶつかるだろうが、その時に俺が勝てばそれでいい。
凱旋から十日後、王都にオルセント大聖堂の使者がやってきて、王に刃向かうことになってしまった謝罪と、大聖堂派神殿の解放を嘆願してきた。ここには俺も顔を出すことになった。
質問はケララとヤーンハーンにやらせておいた。ヤーンハーンを加えたのは、場がなごむかなと思ったからだ。茶式に詳しいこの竜人の女は、普段はのんびりとしている。とても成功した商人とは思えない。
「それでは、どうして大聖堂側は今回の~、その、戦いをですね、起こされたのですかぁ?」
ヤーンハーンにはいつも以上にゆっくりしゃべれと言っておいた。
「そ、それは……摂政が攻めた領主の中に我らの教えを信奉する者が何人もいたため、それを救済するためです……」
都市や税の利権を守るためとはこいつらも言えないだろう。無難な落としどころだ。
「なるほど。でも、摂政が攻めた領主はいずれも国からの弾劾状や降伏勧告などを無視されていて、道理に背いたように見えますが~、これはどういうことですかぁ? 道理に背こうと信者であれば救うのであれば、そこには正義というものはないのではぁ?」
ヤーンハーンはのんびりしているようで、どこを指摘すればいいかよくわかっている。大商人というのは交渉のプロということだ。
「いえ……決してそのようなことはなく……」
「道理のない者を応援しているということはぁ、正義に照らし合わせるようなことをしてないということですねぇ? あなたたちは負けたからとりあえず謝りに来たけど、行為については反省などはない。そう考えてよいですか?」
「違います、違います……。あれはですね……領主たちも間違ってはいたのですが、それに対する罪が苛酷すぎると思ったので、それを軽減しようということで……」
使者のほうも責め込まれて、たじたじといった感じだった。
ヤーンハーン、なかなか使えそうだ。
「なるほど。その部分はわかりましたぁ」
使者のほうがほっとした顔になる。
「ですが――調べていくと、どうも大聖堂さんは収入のために軍を起こしたように見えるのですねぇ。やはり、お金のほうが信仰より大事ということなんですかぁ?」
なにやら、資料をヤーンハーンが出してきた。まるで素で敵をやりこめにいく。このあたり、敵もすごくやりづらいだろう。
「そんなことはありえません……」
「そちらのカミト大僧正がとある都市で行った祈祷とそれに対するお布施の金額など、利権がからんでいるように見えてしょうがないんですがぁ」
「いえ、きっと都市の信仰が厚く、多くを喜捨しただけで……」
そのあとも、使者は冷や汗をかきながら、弁明していた。想像以上にヤーンハーンが資料を集めていて、不自然と思ったことは歯に衣着せずに質問していくせいだ。そのくせ、弁明を聞いている時は、ヤーンハーンはよくあくびをしていた。
使者は自分たちの信仰が間違ってないことを表明しつつ、自分たちが戦ったことは間違いだったと言わないといけない。それは一種のダブルスタンダードだが、そう言うしかない。自分たちは信仰などどうとも思ってないとは絶対に言えない。
そんな当たり前のことにヤーンハーンは首を突っ込んでくる。
いつのまにやら話は神学論争のようなものになった。というか、ヤーンハーンは経典にも相当に詳しいことがわかってきた。具体的な名称がいくつも飛び出てくる。
「――ということで、オルセント大聖堂がおっしゃっていることは、異端に当たるのではないでしょうかぁ? 異端というより、本来の教えに矛盾していると思うのですがぁ」
「そんなことはありません……。たとえば……その、少し度忘れたしたのですが、とある経典に……」
――ああ、どっかの宗派の坊主を苦しめてやったことを思い出したぞ。これも法難と言うのだろうかな。
オダノブナガもこういうことをやったことがあるのか。
――それ専用の場を設けてだぞ。謝罪に来た奴にこんな話を吹っかけるのは聞いたことがない。
これもヤーンハーンの個性というわけかな。
――覇王としては坊主が懊悩しているのを見るだけでも、胸がすくからよいがな。坊主どもはウソつきだ。一方で、その竜の角が生えてる女は正直者だ。本当に神がおるのか知らんが、もしおるなら正直者に勝たすだろう。
なるほど、それもそうだ。正義は俺たちだ。
一応、使者の弁明は認められて、オルセント大聖堂は賠償金を王に支払いつつ、かなりの数の都市から手を引くことを認めた。
これでやっと俺も王都周辺部に力を伸ばせると言っていい。




