78 妻のサプライズ
そのあと、セラフィーナの顔にまたにやついた笑みが浮かんだ。
今度はどんな悪だくみをしてるんだ? どうせ悪だくみをしてること自体は確実だろう。
「旦那様、きっと戦乱が続いてお疲れよね?」
「そうだな。戦争の間はいつ殺されるかわからないって状況で生きてるからな。神経がぴりぴり張りつめてるかな」
「そういうのはよくないわ。張った糸はゆるめておかないと、ぷつんと切れてしまうわ。それはケララさんやラヴィアラさんに尋ねたほうがいいかしら?」
「そ、そうですね。私の場合は、趣味に時間を使うことにしています。王都であれば観劇を楽しんだりとか」
「ケララさんに同じくですね。ラヴィアラは校外の原っぱを走って気分転換をしたりしますね。都市の生活はどうも慣れないんで……」
二人の性格がよく出ている答えだ。
「そうよね。だから、旦那様も帰ってきたからには骨休みをしないといけないわ。妻が休ませようとしないと、どんどん働こうとしちゃうんだから」
言い返そうとして言葉に詰まった。そういう部分もなくはないな。
「そもそも一日が短すぎる。摂政の仕事は多いんだから、どれだけ時間があっても足らない」
「だからって限度というものがあるわ。休まないとダメ」
セラフィーナも俺のことを心配してくれているんだな。もし過労で倒れたとなると、止めておけばよかったと後悔するだろうし、気が気じゃないんだろう。
「わかった。もう少し時間は――」
セラフィーナが俺の前に立って、アイマスクを出してきた。
「少しこれをつけて。大丈夫。悪いことはしないから」
「いまいち信じられないけどな……」
「摂政様、セラフィーナさんのことを信じないのは夫婦としてよくないことですわ」
ルーミーに正論でやりこめられてしまった。
「そうそう。よくないわよね。旦那様、妻のわたしを信じてくれないと泣いちゃうわ」
俺は素直に身をゆだねることにした。まさか、地獄に連れていかれるってことはないだろう。
アイマスクをされて、どこかに引っ張っていかれているのはわかる。そんなたいした距離じゃないと思う。
セラフィーナの手は俺より冷たいのか、ひんやりとしている。その手はセラフィーナが今の地位についても何も変わってない。
やがて、何かやわらかいところに体を横たえる形になった。
これ、おおかたベッドだろうな。そうでなければ長い椅子か。
「そのまましばらくじっとしていて。ズルをして目を開けないでね」
「ズルがわかったら、セラフィーナが怒るからな」
ばたばたと音がするから、何かやっていることは確かなんだろう。少なくとも、俺の体に触れてくるようなことはない。
それと、話し声みたいなのもした。セラフィーナだけってことはないんだろう。
なかなか寝心地のいいベッドなので、このまま眠ってしまいそうだ。
「じゃあ、アイマスクをはずすわよ、旦那様」
その声に、俺はようやく瞳を開けた。
天蓋付きのベッドに俺はいた。それはいいんだけど――その中に妻たちがずらっと入っている!
とくにセラフィーナとラヴィアラはいつのまにか夜着に着替えていた。フルールもケララも巻き込まれた形で、とくにルーミーは赤い顔をしていた。
「おいおい! これはなんだ!」
「ほら、絵画であるでしょう。かつて、悪徳の限りを尽くしていた古代の王の生活を描いたものが」
そういうエピソードは神話の中にたしかにある。後宮ではしゃいだ王だっているだろうが――
「俺はこういうことは望んでないぞ……。節度というものはわきまえてきたはずだ」
だいたい、何人もの妻を相手にしただなんてことが広まったら、印象も悪くなるぞ。
「わかっているわよ。ご心配なく。あくまでも、これはこういう遊び。絵画に扮したごっこ遊びね」
「そ、そうか……」
多少ほっとした。
「ほら、気が張り詰めているという話はしたでしょう。たまには羽目をはずさないとよくないと思って、こういうことを考えたの。だって、旦那様は妻と話してる時でも政治のことを考えてるからね」
ここで、それが摂政の生き方だって答えたらダメだよな。
「わかった。セラフィ-ナ、今はとことん、お前にもてあそばれることにする」
一瞬、セラフィーナの顔が本当に安堵したものになったように見えた。
今回の戦は心労をかけすぎたな。
「そうそう。ゆっくり楽しんでいってね」
セラフィーナは俺を神話に出てくる暴虐の王の名前で呼んだ。
そのあと、俺は左右に何人も妻を並べて、添い寝をするという変な経験をした。
ルーミーがはっきりと恥ずかしがっているのが、ひどいかもしれないけど、面白かった。
修道院の生活と比べたら違いすぎるからな。こんな話をしたら、修道院の尼さんはひっくり返るだろう。そのあと、悪魔でもとりついたはずだと除霊を試みるかもしれない。
「ルーミー、嫌だったら先に抜けていいぞ?」
ルーミーは俺の足のあたりで足を崩して座っていた。
「い、いえ……わたくしも摂政様の妻ですから……妻としてできることをいたしますわ」
そのけなげな瞳を見ていたら、言わないといけないことを思い出した。
「君が陛下を説き伏せるために力を尽くしていたことは聞いている。本当にありがとう」
妻がいすぎるけど、身内だ。別にいいだろう。二人きりになる時間を用意するより早く言ったほうがいい。
「いえ、それぐらいしかできませんでしたから……」
「きっと、君の行動で歴史は劇的に変わった。五十年後、君は絶対に顕彰されてるだろう」
「は、はい……」
面映ゆそうにルーミーは笑った。
ほかの妻たちもその様子を見て、なごんでいるようだった。
「ねえねえ、わたしには特別な言葉はないの?」
セラフィーナがすり寄ってくる。
「お前はもう少し羞恥心を持つべきだな。あとは、ルーミーにあまり変なことは教えないように、重ねて言っておく……」




