77 妻のもとに帰ってきた
敵が退散していったあと、俺は国王のところに出向いて頭を下げた。
「陛下のご臨幸のおかげで、賊徒はすべて逃げていきました。すべては陛下のおかげであります」
俺は心からこう言っている。これで俺の求心力は大きく高まった。
もちろん、王の権威も高まるわけだけど、それで俺が損をすることはない。今の俺に必要なのは王であるハッセと上手くやることだ。
「よいよい。摂政は妹と結婚した義弟である。義弟の危地を救うは当然のこと。まして、罪もない摂政を陥れようとする大僧正が敵であればなおのこと」
ハッセも上機嫌のようだった。王として久方ぶりの出陣。しかも、その結果は大勝利と言っていい。これで納得がいかないということはないだろう。
「今回の遠征で、いくつかの反逆的な領主を滅ぼしました。その領主権はぜひとも活躍した者たちに与えてくださいませんか」
「そうであるな。考えておこう」
「それと、大聖堂側が持っていた都市の支配権をいくつか、いただけませんか。大聖堂にも罰を与える必要がありますので」
「わかった。没収を考えよう。まあ、詳しい話は王都に戻ってからにしようではないか」
俺はもう一度ハッセに頭を下げた。
大聖堂との権力争いは俺が勝った。都市も自然と俺になびいてくるだろう。
――よくもまあ、こうも無理をしたものだ。
オダノブナガは素直に褒めてはくれないらしい。
――時間をかけさえすれば、もっと着実に勢力を広げることもできただろうに。じゃが、退屈せんという点では間違いないな。
当然だ、俺は王になるまで止まる気はないさ。全国を支配下に置くからな。摂政なんて地位だけじゃ話にならない。
――しかし、これで本格的に全国の連中と戦う破目になったがな。これからはお前に天下をとらせるかと思う者が同盟を結んでやってくるわ。
どうせ、いつかは戦うんだから、気にしてないさ。
――まあ、せいぜい準備をしておけ。ひとまずは……鉄砲を量産しろ。絶対に量産しろ。それがお前の天下を支えることになる。
あんた、前にもそう言ってたな。わかった、信じてやってみる。
さすがに大聖堂もすぐに反撃には出られないから、平穏もやってくるはずだ。少しばかり、内政に時間をとるか。
●
俺たちは意気揚々と王都に凱旋した。
物凄く久しぶりに王都に戻ってきた気がする。戦は長く感じるからな。
まず戻ってやったことは、妻の部屋を訪れたことだ。
むしろ、セラフィーナがそうしろとすぐに伝えてきた。従わなかったら何を言ってくるかわからない。
正妻ルーミーの部屋に入ると、すでに妻たちが集まっていた。
「あなた、いらっしゃい。命の取り合いでずいぶんお疲れになったでしょう」
幹事役はセラフィーナだ。みんな、美しく着飾っている。円卓を囲むように座って、お茶を楽しんでいたようだった。
「ああ、生きた心地はしなかったけど……ここはここで落ち着かないな……」
いつもは着飾ったりしないラヴィアラやケララも今日は姫君といった格好でそこに座らされていた。落ち着かないのは俺だけじゃなくて、仮装させられているほうも同様らしい。
ケララはとくに胸のあったドレスでそわそわしていた。
「セラフィーナ様のご指示でこのような姿をするようにと言われまして……」
ケララが弁解するように言った。
「けして武官をやめたいと思っているようなポーズではございませんので……」
「そんなことはわかっている。妻の冗談に付き合わせて悪かったな」
「あらら、それはおかしいわよ」
にやにやとセラフィーナが小悪魔的に笑っている。
「だって、ケララさんだって妻の一人なんだから、旦那様を迎えてもらわないとね~」
ケララの顔がわずかに赤くなった。ケララの場合は正式に妻とはせずに武官として戦ってもらっているのだが、その分、こんなふうにセラフィーナにからかわれることになる。
セラフィーナなりに歓迎しているということも、なんとなくわかるんだが。
「もう、ケララさんも後宮に入るべきよ。こっちはいつでも待ってるから」
「そしたら、戦場に出られなくなりますので……」
このあたりのところは難しい。地方領主の娘が、いざという時、城で武装して戦うぐらいは普通にあるだろうが、摂政の側室が戦うとなると、それは異様なことと思われるだろう。
それを言うと、ラヴィアラも似たところがあった。
「ラヴィアラもこういうのは、ちょっと……。嫌というわけではないんですが、もう少しシックなほうがよかったかなと……」
ラヴィアラはピンク色のごてごてしたドレス姿だった。こんなのが戦場に現れたら、一周して神の兵でもやってきたのかと思って、恐れるかもしれない。
「ラヴィアラ、よく似合ってるぞ」
「アルスロッド様、それ、褒めていることになっていませんからね?」
そのやりとりをお茶を飲みながら、静かにフルールが笑っていた。
できれば戦場の疲れはフルールみたいなおしとやかな妻と、のんびりとくつろぎながら癒したいのだけど、セラフィーナがいる限りは無理だろうな。
「あれ、もしかして、ケララさんも摂政様の妻に当たるのでしょうか……?」
ルーミーはそのあたりのことがよくわかっていないらしい。うん、まだルーミーには少し早い。
「そのことはあまりお気になさらなくてけっこうですよ」
セラフィーナがまたくすくす笑っていた。
ずっと立ったままなのもおかしいので、俺は空いている席についた。
「おかえりなさいませ」
フルールがきれいな声でそう言った。
「わたくしもうれしいですわ。今度ばかりは摂政様も危ういと聞いていましたから」
ルーミーの声は感極まったようにふるえていた。
ああ、心配をかけすぎてたな。
妻の顔を見て、珍しく俺は反省した。自分一つの命ってわけじゃないんだ。妻を路頭に迷わせるわけにはいかない。
「俺もみんなのところに戻ってこられて本当によかったと思ってる」
そのあとは政務も一度止めて、妻たちとなごやかなお茶の時間を楽しんだ。
こういう時間もたまにはいいよな。