70 敵将の首
三ジャーグの槍を持った兵士達が一斉に、槍を敵に振り下ろす。
ぐじゃ、と骨を砕く音がして、敵が倒れていくのが見える。兜が大きく陥没していた。
これだけの長さの槍となると、重さも相当なものだ。それをしならせてぶつければ、兜ぐらい十分に破壊できる。
そして、さらに敵の攻撃の範囲外から攻められるほどに長い。
「よし、俺もやらせてもらわないとな」
俺が抜いたのは一見すると分厚さを感じる剣。
「うおおお! これはまた古い剣ですなあ!」
赤熊隊の隊長オルクスが野太い声で叫ぶ。近くで転戦していたらしい。赤熊隊はほかの親衛隊と比べても個人の武勇を優先して選んでいる。
「これはな、摂政が継承してきたものなんだ。名前を『打ち正義』という」
打ち、というのは剣で打つように叩くものだからだろう。
「ほう。摂政など何度も政変で入れ替わってきたのによくもまあ、残ったもんですなあ」
そう、しゃべりながら三ジャーグ槍を振って、オルクスは敵を吹き飛ばした。それこそ、三ジャーグは敵兵が宙を舞ってほかの敵のところに落ちた。
「オルクス、お前、なかなか鋭いじゃないか。そうなんだよ、俺も最初は本当かと疑った。仮にそんなものがあっても、とっくに紛失しているだろうと思った。けど、調べてみて、事情がわかった」
俺は軽く、その古剣を振る。思ったよりも手になじむのが早い。
「摂政の大半はまともに前線になど出ないだろう? とくに平和な時代の摂政は従軍経験すらなかったかもしれない。その結果、王都の摂政が継承する蔵に置かれたままになっていたってことだ」
「つまり、その剣が戦場で活躍するのははじめてってことですかい?」
「いいや、それがわずかに刃こぼれの痕もある。大昔は使われもしたんだろう。久しぶりに人間を斬ることになりそうだ!」
俺は砦の中心部へと走る。
「オルクス! お前もついてこい! とっとと敵に引導を渡す!」
「ここを押さえているのはサルカイって小領主でしたな。摂政ともあろうお方が、こんな小領主一人斬らなくてもいいんじゃないですかい?」
オルクスも息を切らさずに走ってくる。砦の内部はほとんど平坦地で、動きやすい。
「そういう考え方もできる。けど、砦の支配者を摂政がみずから斬ったとなれば、士気はどうしたって上がるだろ? とことん上げて、大聖堂にぶつかってやる」
これはそのための前哨戦だ。
「わかりやした。それじゃ、オレは補助に専念しまさあ!」
両手で剣を持って、道をふさごうとする兵士にぶつける。兵士が吹き飛ぶ。後ろからオルクスが槍で首をざくっと突く。
「うん、リーチがもうちょっと長けりゃもっといいんだけど、そんなに悪くもないな」
まず敵の槍の攻撃を回避しつつ、距離を詰めてから、剣を振るう。
振ってしまえば、敵は威力を殺す手段もないから、その場に倒れることになる。死ぬことはなくても、骨を折るぐらいの衝撃はありそうだ。
そろそろ、声を上げていこうか。
俺は剣を振り上げて、叫ぶ。
「国王陛下に逆らう賊ども、よく聞け! 我こそ摂政のアルスロッド・ネイヴルだ! お前らの首をかき切って、陛下の御前に並べてやるからなっ! 戦う勇気のある者はここまで出てこい!」
守っている敵はぽかんとしているようだった。摂政が名乗りまであげて来るとは考えてなかったか。
「この剣は摂政が代々拝領する古剣である。だが、代々の摂政は惰弱ゆえ、これを使う機会がないままでいた。俺は国の安寧を妨げる賊がいる限り、これを振り続ける!」
味方から、声が上がる。こんなことを言ったのは敵を挑発するためじゃない。味方をやる気にさせるためだ。
敵にも骨がある奴がいた。「摂政の首をとれ!」とこちらに向かってくる一部隊がいた。
俺はちらとオルクスの顔を見た。一緒に突き進むぞという合図だ。
「オレは死ぬとしたら戦場と決めてますんでな。そのためにはこういう場所に出てこなきゃなんねえ。お引き立ていただきありがとうございますってことで!」
「生きて戻ったら、今度、ヤーンハーンの茶式を学べ」
「いやいや、ああいうのはオレには向いてないんで……」
本気で嫌そうな顔をしたな。
「うおりゃああああっ! 赤熊隊の隊長ことオルクス・ブライトだぜっ!」
オルクスが前に出て、三ジャーグ槍を強引に振るう。密集して攻めてきた敵がそれで散らされる。
俺はそこに『打ち正義』を叩きつける。
いつのまにか、俺の近くに「摂政様を守れ!」「隊長を守れ!」と赤熊隊の者たちが集まって、攻め寄せていった。
誤算だったな。最初からこいつらの士気は高すぎた。むしろ、命懸けの戦場を俺と同じで楽しんでいる。
「おい! 敵の総大将キンダ・サルカイの首だけは置いておけよ! 俺がやるからな!」
そんな注意を発しながら、砦を順々に攻略していく。
低いはしごを使ったわずかな高まりが砦で一番高い、主廓に当たる場所らしい。大将もそこにいるんだろう。敵の密度からもおおかたの見当がつく。
俺たちの軍はそこに殺到していく。敵側の士気は全体的にさほどいいとは言えないし、後ろから逃げ出そうとしている奴らもいるようだが、総大将がいるところだけは例外らしかった。それなりに応戦している。
実力はどうということはないけどな。順調に悲鳴があがっている。
赤熊隊とともに乱戦の中に入っていると、中で一人明らかに鎧が上質の中年男がいた。
「お前がキンダ・サルカイだな?」
男は絶望した顔になっていた。まさか、こんなにすぐに砦に攻めこまれるとは思ってなかったと書いている。
「間違いないようだ。今更遅いがはっきりと申し上げておく。常識的な戦いしかできないなら、俺はこの年で摂政にまでなっていない」
「うおおおあああっ!」
瞳孔を開いて、悲鳴みたいな声をあげて、その男が剣を持って攻めかかってきた。
俺は剣を思いきり打ち当てる。
敵の剣が舞う。
その間に、俺は剣を振って、男の首を飛ばした。




