66 大聖堂を誘い出す
「侮ってもらわないと、ずっと猫をかぶられるかもしれないからだ」
「猫をかぶるというのは、どの勢力のことでしょうか……?」
ノエンは周囲にほかに敵になる勢力がいないと考えているのか、よくわかっていないようだった。
「いずれ、はっきりする。相手が都市の利権を守る者ということを示さないといけないなら、今が好機だからな」
変な話、どっちでもよかった。ここで何も起きないならこちらが安定して勢力を広げるだけだし、攻められたとしても致命傷にはならない。
そして、早馬が俺の陣に来た。
「申し上げます! オルセント大聖堂が摂政を討つ兵を挙げたとのことです!」
「よし、来たな!」
思わず、手を叩いて快哉を叫んだ。
ラヴィアラが「どうして喜んでるんですか! 挟撃の危険もありますよ!」と文句を言ってきた。反乱の報にはしゃいでいるのでは、おかしいと思われてもしょうがないか。
「ラヴィアラ、以前、お前は大僧正を不気味だと言ったな。結論から言えば、全然そんなことはなかった」
「ど、どういうことです? ちゃんとお話になってくれないとわかりませんよ。ラヴィアラだけじゃなく、ほかの家臣もそうだと思います!」
たしかにあっけにとられている家臣の顔がいくつか見えた。もちろん、話はするけどな。
「言葉のほうで大僧正は意思を隠し通していた。しかし、あの男は結局、合理的な策をとった。だったら、あいつが何をしてくるかは結把握できる。変な話、何をしてくるかわからん奴より、よっぽど扱いやすい」
俺は陣の地図に棒を置く。
「なあ、オルセント大聖堂の力が強いのは、なぜだと思う? まさか信心の力が強いからなんてことはないだろう?」
ラヴィアラに顔を向けてみる。あまり、妻を試すような真似はよくないかもしれないけど。
「ええと……お金があるからではないですかね?」
「つまりはそういうことだ。じゃあ、なんで経済力がオルセント大聖堂にはあるのかというと――」
俺はぽんぽんと都市の名前が書いてあるところを棒で指していく。
「都市の商工業者と都市そのものから、あそこはずいぶん信仰されている。もちろん、それなりのお金がオルセントに入る。その原因はいくつかある」
今度は領主の名前が書いてあるところを棒で指す。
「王都周辺部には強大な領主がほぼいない。昔から王都近辺の土地は権利が錯綜していて、小領主ばっかりだからな。そいつらも政治的に失脚すると、あっさり土地を取り上げられたりする」
「となると、都市は領主に保護を求めたって、何の役にも立たないということですか」
「そう、ラヴィアラの言うとおりだ」
ラヴィアラはそれだけで少しうれしそうだった。この顔に出すぎるところは治したほうがいいんだけどな……。
「じゃあ、王都近辺で力を持っているのはオルセント大聖堂というわけだな。領主権に関しては城西県しか持っていないけど、周辺の県も影響下にある。前に俺が税の徴収権をもらった都市も息がかかってるところが多い」
「それって大聖堂を思いきり挑発してたってことですか!?」
ラヴィアラの耳がいつも以上にとがったように見えた。
「まあ、そうなるな。土壇場で裏切られるぐらいなら、先にあぶり出そうと思った。王都のそばでそんな大きな力を行使されてるとやりづらくてしょうがない」
オルセント大聖堂を最低でも管理下に置けないことには王都周辺を押さえたことにすらならない。王都周辺にも力が行き届かない摂政なんて話にならないだろう。
「しかし、オルセント大聖堂は表面上はすぐに反発はしなかった。領主権を持ってるわけでもない都市の政治に口を出すのはやりづらかったんだろう。あるいは、今戦うのは無理と思ったか」
この時点ではまだ大僧正の動きが予測できない。
そこで俺を攻めやすいようにお膳立てをした。
わざわざオルセント大聖堂が兵を出せば挟撃できる位置に出兵した。
王都周縁の前王の与党をつぶしていけば、俺の権力は安定化する。オルセント大聖堂はより反抗しづらくなる。
あまりじっとしていれば、ほかの都市からの信用も失って、摂政の俺になびく都市や商工業者が増えかねない。
最も適切な時期にオルセント大聖堂は俺に兵を出した。
大僧正は軍事戦略に関して、まともな頭を持っているってことだ。
けど、それだけならどうってことはない。
――ったく、なかなか大きな博打を打ちおって。これで坊主どもにやられたら、お前の権力は瓦解するかもしれんのだぞ。
オダノブナガはあきれているらしい。坊主に心を許すなって忠告したのはそっちじゃないか。
――それにしてもここまで思いきりケンカを売りにいくとは思わんかったぞ。もう少し、王都の権限を吸収してからでも遅くなかった。面従腹背でやることだってできただろうに。
そこはほら、俺って根っからの武人なんだよ。
本音を言うと、途中から兵力が増えすぎて、力で押しつぶす戦いばかりになって、飽きてきたのだ。
一見、互角に見える戦いに勝っていくから面白いんだ。十倍の兵で囲めば、そりゃ砦は落ちる。けど、そこに将の質は関係ない。
――その点はまったく同意しかねる。覇王が命懸けで戦ったのは桶狭間と金ヶ崎と、まあ……まだなくもないが、少ないな。
それでいいんだよ。俺はアルスロッドであって、オダノブナガじゃないんだから。
――ふん。どうせ、こうなったらお前は言うことを聞かんのだろ。討ち死にだけはするなよ。覇王はこんなところで終わるつもりはないからな。
それは俺だって同じだ。摂政が最終目標でここまで来てない。
――ここは西側領主の側に殿を置きつつ、王都に全力で逃げ帰れ。坊主どもも王都を焼き討ちにする覚悟はないだろ――
「よし、ノエン、兵士を五千やるから敵領内の町に入って、俺たちの側に軍事協力させろ。協力しないなら殺して、焼け」
――おい! なぜ、退かない!
今回の表向きの目的は王都西側の清掃活動だ。敵を滅ぼしてから、王都に「凱旋」する。
ノエンは「はっ! とことんやらせていただきます!」と顔を輝かせた。この男も最近、見せ場がなくて寂しそうだったからな。権威より戦場がほしい者が俺の幕下には何にもいる。
「俺は違う街道から攻め入る。大聖堂の連中が味方になろうと関係なしに滅ぼされるということを見せつけてやる。ついでに見せしめの意味で都市のいくつかは叩き壊してもいい。今回はどこが敵でどこが味方かをはっきりさせる戦いだ」




