64 お姫様と接近した
セラフィーナの主催した妻たちとの宴はなかなかいいものだった。
そういえば、みんなが顔を合わす機会を作れていなかったし。
「もう少し、落ち着いてくれば、郊外の渓谷で水遊びなんてこともできるんだけどな」
ラヴィアラの耳がピクリと動いた。
「おわかりかと思いますが、それはお控えいただいたほうがいいです。屋外では暗殺者の行動を止めきれません。まして渓谷ともなると、すべての道を遮断することも難しいですし」
「わかっている。少なくとも妻たちを危険にさらすようなことはしないさ」
「ところで、今後の外交日程ですが、大きなものが控えていますね」
「オルセント大聖堂との会見だな」
城西県を支配しているオルセント大聖堂は事実上、王都近辺で最強の勢力だ。
「動員できる信者の数は王都近辺だけで二万、全国の拠点からかき集めれば、十万にもなるというな」
「しかも、強引に徴兵された農民兵と違って、信仰のために戦う者たちは精神面において屈強です。以前は軍事訓練もさほど受けていませんでしたが、どんどん軍隊の質も武器の質も上がってきているといいます」
「今のところはこっちの味方だが、さて、どうなるかな」
俺はゆっくりと葡萄酒を口に入れた。甘いものの後に食べたからか、苦く感じた。
連中は信仰に関係ない戦いは行わないと表向きは言っている。実際、王同士の争いにも手を貸すことはしなかった。それを続けてくれればいいんだが。
――坊主には絶対に心を許すな。あいつらは自分たちは正しいという顔をしてはいるが、その実、裏で無茶苦茶なことをやっている。それなら、堂々と無茶苦茶なことをやった覇王のほうがよほど誠実というものだ。
いや、それが誠実とは言わないと思うけど……オダノブナガの言いたいこともわかる。
宗教勢力というのは一種の貴族であり領主というのは、どこの世界でも大差ないんだろう。純粋な信仰のための団体だと思っていたら痛い目を見る。
とくにオルセント大聖堂はもともと異端派に由来しながら、強大化し、大きな権力を得た者たちだ。しかも、大僧正の地位は宗祖の一族が代々継いでいる。
もともと、宗教の新しい動きは人口が多い都市部で起こる。となると、人口が固まっている王都近辺でそういったものが生まれるのも当然の流れだ。
かつて、王統同士の争いの際に、モナ派という神殿の武闘派を王家が動員して、対立する貴族を滅ぼしたことがある。
しかし、その後、モナ派は王都内部に自警団のようなものを置いて、王都を扼するような行動に出た。
数か月とはいえ、王都の警察権をモナ派が握るという極めて特殊な事態になったのだ。ほかの信仰を持つ商人などが殺されたりしたという。
結局は有力貴族がこれを弾圧したが、あれは相当危険な兆候だった。モナ派は今ではもう少しおとなしくなっているとはいえ、宗教勢力との関わりは慎重にやらないといけない。
「ちょっと、ラヴィアラさん、今だけは政治の話はダメよ」
俺が難しい話をしていると思って、セラフィーナが咎めてきた。
「これは息抜きの場なのよ。武官の顔をするのはナシ」
「とはいっても、ラヴィアラはそれが仕事ですから……。羽目を外すのはあまりエルフは得意ではないんです……」
「はいはい、言い訳もナシ! どこかで息抜きをしなきゃ、摂政に重要じゃない日も、暇な日もないんだから、疲れて倒れてしまうわ!」
それも一理あるといえばあるよなと俺はセラフィーナの言葉を聞いていた。
「ほら、ラヴィアラさんももっと飲んで。まるで悪魔の背徳の宴みたいな気持ちで楽しみましょう」
「いえ、それはまずいですよ……。いろんな神殿から怒られます……」
まったくだ……。そんな風紀が乱れたことまで、こっちは願ってないからな……。
だいたい、摂政の評判が悪くなる。
「わかってるわよ。でも、真面目なだけでなんとかなるっていう発想だと足下をすくわれるわ。敵対する領主ではなくて、もっと別のところから」
セラフィーナもふっと真面目な顔になる時がある。
「たとえば、それはどこだ?」
「王が新しくなった。しかも、摂政の本拠から商人が入ってくる。商人の中で利害の対立はじわじわ起こってるわ。自分がいた県でもそういう動きがあったことがあるの」
その三秒後には、セラフィ-ナはまた笑いながらルーミーにお酒を飲ませにいった。
「ほら、お姫様、今日は無礼講よ。少しぐらい酔っぱらっても罪はないわ」
「わたくし、修道院時代から、お酒は飲むべきではないと教わっていましたので……」
「心配いらないわ。十歳すぎたら、もう大丈夫よ。すぐに気持ちよくなるわ」
「おいおい! 強引に飲ますな!」
俺が止めに入ると、ルーミーがぎゅっと抱き着いてきた。
「摂政様、お酒はまだ怖いですわ……」
「うん、俺がいる限りは無理に飲ませないから安心してくれ。セラフィーナ、こういうのは教育とは言わないぞ。変なことをするなら、教育係を解任して、フルールに任せるからな!」
「そうね。以後、気をつけるわ。でも、感謝してもほしいものね」
「ん? どういうことだ?」
こういう時、セラフィーナは素なのか、何か考えてるのか判断が難しい。
「ほら、お姫様との距離が近づいたみたいだから」
俺にひしと抱き着いていたルーミーは、たしかにこれまでとは違う恋する娘の顔になっていた。
「殿方の体はこんなにがっしりとしているのですわね……。お兄様の体はもうちょっとぶよぶよしていたのですが……」
ハッセと比べられるのはどうかと思ったが、たしかにそれぐらいしか男の体を見たことがなくてもおかしくないな。長らく修道院に入っていたわけだし。
「長く、武人として戦わないといけなかったから、自然とこういう体になるんだ。陛下が武人のような体にならないのも、また必然なんだよ。王が何度も戦場に出なければならないという事態は好ましくない」
「そ、そうですわね……。しかし、どうして摂政様にひっついていると、安心するというより胸が苦しくなるのでしょうか……」
俺はその頭にぽんと手を載せた。
「それはきっと修道院では学ばないことなんだと思う」
ゆっくりとこの正妻との距離は縮めていこう。
奥でセラフィーナがドヤ顔していたのが、ちょっとイラっときたけどな……。
新年最初の更新なんで、ちょっとほんわかした回にしました。そろそろ久しぶりに合戦書きます!




