61 職業との対話
「この世界の誰一人として、職業と向き合うことになるとは思ってなかっただろうな」
俺はあらためてオダノブナガという男を見つめた。やはり、どことなく俺に面影が似ている。
異なる世界の住人と血がつながるわけがないから、完全に偶然だろうが。
「そうなのだろうが、別にありえぬことでもないだろう? なにせこの世界では職業というのは神が授けるものということになっておるはずだ。神との対話ぐらいなら、この土地の坊主もウソか本当かは置いておくにしても、やっている」
「ならば、その神が授けた職業とも対話していいだろうって言うのか? もともと、職業に人格なんてないんだ。戦士も僧侶も商人も、それは純粋な職業名であって人の名前じゃない」
「一般的にはな。だが、ここにはミツヒデとかリキュウとか明らかに人名を職業にしておるのがほかにもおる。例外ではあるんだろうが、アルスロッドよ、お前は例外の側である」
「だな。そう考えるしかない」
もともと肝は据わっている性格だ。現状を全部受け入れることにする。
「しかし、アルスロッドよ、お前、覇王によく似ているのう。なかなか男前ではないか」
「それは俺を褒めてるようで、自分を褒めてるだろ。まあ、エイルズ家は美男美女は多かったというからな」
「血筋など、どうでもいい。覇王が言いたいのは、もっと心根の部分である。お前の面構え、天下を取るつもりの顔をしておる。そんな顔の人間は日の本でもまったく見ることがなかった。つまり覇王が唯一無二であった」
俺もだんだんと楽しくなってきた。この男とは話が合いそうだ。
「当たり前だ。俺は王の摂政で終わるつもりはない。いつかは自分の国を作る。さすがに時間はかかるだろうがな。まだ俺には大義名分もないし、それに民が新しい王朝を求めてない」
民の空気を無視して、王朝を作ったところで、敵対する者を燃え上がらせるだけだ。今はまだ早い。
「であるな。この覇王も今のお前みたいな立場には立った。けれども、ここでとどまってしまっては、三好長慶や細川高国と大差ない。それでは一時、権力を握っただけだ」
また聞いたことのない名前が出てきたが、おそらく異世界で王を補佐する立場に立った者だろう。
「この覇王、ここからじわじわと自分の権力を高めて、ついに将軍を超越したところまで上り詰めた。ここからが長いぞ」
この国に俺の先輩は一人もいない。
ただ、オダノブナガだけが先輩になってくれる。
「なあ、覇王。せっかくこうやって対話することになったんだ。せっかくだし、聞かせてくれないか」
「悪いが、事細かに覇王の業績を語ることはせんぞ。傍観するぐらいのほうが楽しいからな」
そんなところだけ、こいつ、空気読むんだよな。ずっと自慢話を聞かされてもたまったものじゃないが。
「じゃあさ、覇王になった時の気分だけでいい。それを教えてくれ」
俺はいつか、その地位をつかむ。
案外空しいのかもしれないが、それならそれでいい。頂点たるものの空しさを心行くまで味わってやる。
ふいにオダノブナガが寂しげな顔をした。
「実を言うと、この覇王も知らんのだ」
「はっ? なんで覇王が覇王たる気持ちを知らないんだ? 誰かに洗脳でもされてたのか? それとも権力を息子にでも押さえられてたのか?」
「この覇王が権力を確立した直後、謀反が起きて、死んだ。以降の歴史はたいして知らん。四十九日がすんで、気づいたら職業になっておった。四十九日の間に、謀反人の光秀も死んだけどな。ザマアミロ」
俺はちょっと唖然としていた。
「あんた、覇王って自称してるけど、覇王じゃなくないか?」
「そんなことはない! あくまで覇王だ! 九分九厘覇王だったから、もう覇王みたいなものだ!」
てっきり自分の王朝を作って何十年も権力の座についてたと思ってたけど、失敗してるじゃん……。
そして、けっこうムキになってるな。負けず嫌いの性格だったらしい。
「だ、だからこそだ……お前にはちゃんと覇王の地位についてほしいのだ……。どうせだからお前が頂点に立つところを見届けて、自分の溜飲を下げたくもある。光秀、死んだからちょっと溜飲下がったけどまだ足りん」
「そんな、親が果たせなかった夢を子供に託すみたいなこと言われても」
親近感湧いた分、威厳が落ちた。
「それぐらいいいだろうが。どのみち、お前の夢は王朝を築くことだ。目的は一致しているならば、お前はお前の目的に向かって進めば、結局同じことになる」
「それはそうか」
俺は嘆息する。
覇王といっても、やっぱり人間だ。神みたいな存在じゃなくて、もっとどうしようもないほどに人間臭い。
「オダノブナガ、あんたの顔を見れて、ほっとした」
「どういうことだ? ゴブリンみたいなのだったら嫌だなとでも思っておったっか?」
「あんたが俺の職業になったのには意味がある。俺とあんたで似てるところがあったから、あんたは俺の職業になった。野望も何も持たない庶民がお前を職業として授かることは絶対になかった」
俺は運命だか、神だか、何かに導かれてるってことだ。それの確信が持てた。
「おそらく、アケチミツヒデを職業にしてるケララも、リキュウを職業にしてるヤーンハーンも何か元の人物と通じる要素があったんだろう。だから、職業にできた。すべてはつながってるんだ」
「なるほど。やっぱり、お前は覇王ぐらいに頭がまわるな」
だから、それ、自分を褒めてるだけだろ……。
もっとも、覇王にそう言われて悪い気はしなかった。この男、愚かな者には平然と愚かと言うタイプだし。
「よいな。覇王になれよ。お前にはその格がある」
職業に言われなくてもなってやるさ。
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「――ょう様、摂政様」
呼びかけられていることに気づき、目を開いた。
ヤーンハーンが目の前にいた。
「ずいぶんと深く瞑想をされていらっしゃいましたね。こんなに早く、茶式の境地に入っていただけるとは思っていませんでした。感服です」
「いや、俺もずいぶんいい体験ができたよ」




