59 お茶の儀式
「いまだにそれが何かかわからないのですが、センノリキュウという職業なんです。いったい何語でしょうか?」
ヤーンハーンの顔はとぼけているようではなかった。
俺もそれが何かはわからなかったが、俺やケララに近いものであることは察しがついた。
――はっははははは! そうか、利休までおるのか! だいたい、この世界の職業とやらが読めてきたぞ!
やっぱり、オダノブナガが知ってる名前か。
――どうも、覇王の時代の人間がこの世界の職業として機能しておるようだ。どういう仕組みかはわからぬが、同時代に生きた者しか職業になっておらぬから、そういうことなのだろう! これは猿とか信玄とかいろいろとやってくるかもしれんな。
職業が猿って意味不明だけど、どういうことなんだろう。猿神みたいなのがいた世界なんだろうか。
「念のため聞くが、そのセンノリキュウというのが自分の心に話しかけてくるようなことはなかったか?」
「そういったことはありませんね~。ただ、私にはなぜかこの不思議な職業が私に語りかけてくる気がしてはいるんですよ。お茶のことをこの世界に伝えなさい、伝えなさいと」
ぼんやりした内容だったのでまたファンネリアが顔をしかめた。一方でケララは無表情なままその言葉を聞いているので、どういう気持ちでいるかはよくわからない。
「わかった。ぜひ、お前の言うお茶の心とやらを教えてもらおう。どういった準備がいる?」
「普段着で私の屋敷に来ていただければご案内いたします。と申しましても、摂政様ともなれば、豪華なお召し物になるとは思いますが」
「あの……摂政様、騙し討ちということもありえます。あまり出向くのは……」
「ファンネリア、俺は剣にも覚えがある。なんならラヴィアラも同席させれば守ってくれるさ」
よくわからないものは、ひとまず試してみなければ始まらないからな。
約束の日が来るまで俺は個人的にヤーンハーンと、あの女が広めようとしているお茶についてラッパに調べさせた。
ラッパの数も拡充させたので、こういうことにも活用できる。どちらかというと、市中で活躍させるようなものは、軍事訓練をそこまで受けていない二軍に当たるものだが。
報告にはわざわざヤドリギが二階にある俺の寝室にまでやってきた。
窓を開けておけば、壁伝いに入ってくる。
「今日は使用人の格好なんだな」
城内で働くメイドの姿をヤドリギはしている。犬耳が目立つが、ほかにもワーウルフのメイドはいるはずだし、そこまでおかしくはない。
ここまで目つきの悪い使用人は少々使い勝手が悪いだろうが。
「見た目が弱そうな者に化けるのが基本です。相手に侮りの心が生まれれば、そこにつけこむことができます」
ずっと、頭を下げてひざまずいたまま、ヤドリギは報告してくる。
「その考え方は嫌いじゃない。それで何かわかったことはあるか? それと頭を上げていい。工作員が礼などにこだわるな」
「御意」と短く答えると、ヤドリギはベッドに座った。ベッドからだと、部屋の中がよく見渡せる。敵が来た場合に対処しやすい位置ということだろう。
「ヤーンハーンは茶式と呼ばれるお茶の会を何度も開いています。彼女の立場から商人の中ではかなり普及しているようです。前王の役人中にも参加者は多くいました」
「ならば、やはりサロン的なものか」
それなら、これまでの茶会と大差ないが。
「それが非常に狭い部屋でホストと客の二人が向き合って茶を楽しむという、極めて儀式的なものです。部屋も茶式のためだけに作った奇妙なもののようです」
「ふうん。たしかに宗教的なことをヤーンハーンも言っていたな」
「そういえば、摂政様は宗教をお信じではないようですね」
珍しく、ヤドリギのほうが俺に質問をしてきた。
「おそらくだけど、俺の職業は熱心に何かを信仰すると能力が落ちそうなんだ」
「御意。ただ、庇護者ではないと判断しますと、オルセント大聖堂が敵に回るおそれもありますので、その点だけご留意ください」
「肝に銘じておく。それと、既存役人の身辺調査も進んでいるか?」
「順調です」と言いながらヤドリギがうなずく。「やはり、前王への内通者が一定数いるようです」
そのうち何割かは両勢力と手を結んでおこうとする奴だろうが、そのうち、手を下すとするか。
「じゃあ、ヤーンハーンの茶式に顔を出さないと、本当のところはわからないな。これで今日の話は終わりだが――」
ふっと、魔が差した。
俺は近づいて、ヤドリギの肩に手を置いた。
「ラッパは夜伽の手練手管も知り尽くしているのか?」
「もっとほかにお美しい姫君がいくらもいるかと思いますが」
まったく動揺を見せないヤドリギを見ていると、かえってものにしたいと思う気になった。
「もし、お前が自分のことを美しいと認識してないとしたら、お前は自分のことだけはよくわかっていない」
「お任せいたします。何をお望みでしょうか?」
「その、言いにくいんだが、実のところ……セラフィーナやラヴィアラには頼めないようなこともあるんだ……」
ヤドリギは小さくうなずいた。
「そういうことなら構いませんが、ずっと落ち着いているので興ざめかもしれませんよ」
長らくヤドリギと夜を共にしたいと思っていたので、その念願がかなった。
「どうでしたか?」
氷のように冷たいヤドリギに言われた。
「女に翻弄されるのもなかなか悪くないな。まあ、英雄色を好むってやつだ」
といっても、そこまで破目ははずしてないはずだけどな。子供が増えると、それ自体が政治問題化するし……。
夜風が入ってきて頭は冴えていた。
眠れないし、もう一仕事しておくか。
いずれ、摂政となってから最初の大きなことをやる。
茶式はその前の遊びだな。




