58 変な薬商
オルトンバには銃の製造と改良を行うように命じておいた。
なんで改良まで含んでいるかというと、オダノブナガがこう言ったのだ。
――これは正真正銘の銃であるが、もっと効率をよくすることができるぞ。こういった火縄と弾の分離式では手間が一つ増える。
それなら答えも全部教えてくれと思ったのだけど、ちょくちょくこの覇王は出し惜しみをする。
――そこから先はドワーフという者に考えさせてくれ。覇王も細かな作業工程までをすべて熟知しておるわけでもないしな。しかも、この世界は魔法というほかの概念もある。
まあ、あまり口うるさすぎるのも面倒だしこんなものでいいだろう。現状、とくに困った点はないし。
そして、オルトンバの件がすんだあと、脳内にこんな報告が来た。
――特殊能力【覇王の見通し】がランクアップ! 都市や交易に関する経済感覚がオダノブナガ並みになるのに加え、優れた能力を持った人物を認識することができる。酩酊など意識混濁下でない限り、常時発動。
ありがたいけど、これ、面接の前から獲得したかったな……。
それならどの人物に才能があるか、すぐにわかっただろうに。
――それは順序を勘違いしておる。これは獲得に見合うだけのものをお前が発揮したことで追認のように与えているのだ。お前が覇王を職業としていても、何もせずに生きておれば、追加の能力は何も得なかっただろう。
なるほど、レベルアップのためには経験を積まないといけないってことだな。
たしかに職業が付与されただけで、とんでもない能力を発揮されたら、歴史が無茶苦茶になる。
数年に一人、農民から英雄になる器のものが現れて、反乱でも起こされると大迷惑だ。
けど、これでここから先は変わった才能を見逃さずにすみそうだ。身分の高い者はある程度目がいくけど、庶民みたいな層に天才が眠っているかもしれない。
とくに今回みたいに試験をやれば、身分の低い者も採用する可能性がある。そこに貴族や領主層の価値観を覆すような大物が混じっているなら、見極めておきたいところだ。
そして面接の続きが行われた。
一次試験でかなりしぼりこんでいるわけだから、そこから優れた才能を見分けるというのは、むしろ難しい。ある意味、ここに残っている時点でそれなりの頭はあるというわけだからだ。
そして、その日の三人目。
頭に角が生えた女が現れた。
「ヤーンハーン・グラントリクスと、申します」
ゆっくりとした口調で、竜人の女がしゃべった。それだけで、空気がどことなく穏やかなものになる。
「さすが王都の試験だな。いろんな人種がやってくる。竜人種はずっと西方の土地の出身と聞くが。たしか、元はこの大陸の出身でもないとか」
「はい。私も七十六年前にこの土地にやってきて、薬の商売をはじめました。今では王都に進出して大陸に六店舗を経営しておりますぅ」
見た目はまだ二十代ほどだが、竜人もエルフ同様長命というから、そのせいだろう。
「この試験を通ってきたぐらいだから、故実にも秀でているというわけだな。それで、どうして役人になろうと思った?」
「そうですね~、長い人生、いろんなものを見聞したほうが面白いと思ったからです」
面接とは思えないぐらい、のんびりした態度だが、商売人としては相当優秀なはずだ。見た目の雰囲気に騙されたりしないぞ。
「あとは~、私の考えているお茶の思想を広めたいな~と」
「お茶の思想?」
変なことを言い出す奴だと思った。
しかし、その時、どこを見てるかもわからないようなヤーンハーン・グラントリクスの目が大きく開かれた。
竜人の瞳は大きい。自信と決意みたいなものがその瞳に宿っていると思った。
俺の体がびくんと跳ねた。
――特殊能力【覇王の見通し】が稀有な才能を発見しました! タイプ:特殊技能
なるほど、自分の直感を強化してくれるわけだな。
「お茶というと、友達や仲間うちで語らい合うためのものなのではないか? そこにお茶菓子を置いて、昼食の後や夕食の後にリラックスして話し合う」
「そういうお茶もよいとは思います。ですが~、そこには心というものがありません。ただ、鳥がさえずっているようなもの」
財務官僚のファンネリアの顔がちょっといらだった顔をした。ファンネリアがこういう表情になるのはかなり珍しいな。
「摂政様の前で、あまり煙に巻いたようなことを言うのは感心いたしませんな」
同じ商人であるはずなのに、ファンネリアとはそりがあわないのか。
「そんなつもりはありません。私は真面目です。お茶はもっと精神を落ち着け、自己と向き合う時間を提供してくださいます」
「ならば、もう少し具体的に教えていただきたいところですな。あなたも商人なのであれば、心がどうとかあいまいなことをおっしゃるのはやめるべきです」
なるほど、ファンネリアからすれば、こういう雲をつかむようなことを言う奴は信用できないのか。信用できない奴と仕事をするのは難しいからな。
「それを語ることは無理ですね。言葉で語れるようなものではありません」
ファンネリアはむっとしていたのか、犬耳に当たるものがぴんと立っていた。
「摂政様、この商人はどうにもうさんくさいです。あまりこういった手合いを信用されないほうがよろしいかと」
「まあ、待て待て」
俺はファンネリアを手で制した。
「ヤーンハーン、もしかして君は特殊な職業を与えられたことがあるんじゃないか?」
「よくお気づきですね」
またヤーンハーンはほんわかした空気に戻った。
「実は、私はほかの大陸から渡ってきたので職業を授けられるのはずっと先で、実はつい二十年前のことなんです」
では、もう成人してのことなのか。
「いまだにそれが何かかわからないのですが、センノリキュウという職業なんです。いったい何語でしょうか?」




