53 王の妹、ルーミー
本当にうれしかったし、だからこそすべて懸念点は話そうと思った。
「でも、その娘と子供が産まれれば、君の子供が王になれないかもしれない」
「前に言ったはずよ。わたしの子供が王の器じゃないなら王にしなくていいって」
迷わずにセラフィーナは言った。
「わたしは旦那様が英雄になるための道を応援する、そのつもりで嫁いでるから。そしたら、どちらが正しいかなんて明らかのはずよ」
そう言われてしまえば、答えはもう決まっていたと言ってよかった。
「そうだな。まだ前王のパッフスを支持する連中は王国内に広範にいる。そいつらを倒すまでは今の王と結びついてるほうがいい」
摂政として権力を握った者ならいくらでもいる。
ただ、これをずっと維持できた者になると、ほぼいないと言ってよかった。
この摂政を追い落とそうとする奴らが、どうしても結託するからだ。とくに従来の摂政は自前の軍事力が知れていたから、各地で蜂起されると、すべてに対処することができなかった。
「わかった。王には妻として迎える準備があると言っておく」
「うん、そうであるべきよ。でも、今日は――」
セラフィーナは俺に体を預けてきた。
「わたしを愛してほしいな。王都に攻める作戦の間、ずっと待っていたんだから」
俺はセラフィーナをきつく、きつく抱き締めた。
「わたしが十三歳の小娘なんかに負けるわけがないわ」
●
俺が妹を妻にする用意があると言うと、ハッセは想像以上に喜んでいた。
そして、その妹、ルーミーと一度引き合わすと言われた。
そういえば、ルーミーなんていう娘と会った記憶はない。それもそのはずで、なんでも修道院に入れられて勉強をしていたらしい。
もし、王になるのが絶望的だったらそのまま尼にさせるつもりだったようだ。
たしかにハッセのそばにいれば命を狙われる恐れもなくはないが、ずっと修道院で勉強している分には安全だ。
しかし、結婚といっても、子供と言っていい年齢だし、形式的なものだろうな。もしかしたら、大人びた娘なのかもしれないけど。
気位の高い、ものすごく高慢な女なんじゃないかと俺は少し不安だった。
もし、娘が兄の王に文句を言えば、俺の立場も悪くなりかねないし。
会見用の部屋の席に着くと、俺は相手が来るのを待っていた。
外で護衛が詰めているが、部屋の中では二人きりになる。
だが、予定の時間になってもなかなかルーミーは現れない。
おかしいな……。それともわざと遅刻して、自分のほうが上だとアピールするつもりか?
――なあ、摂政よ。何か人の気配を感じるぞ。間違いなく、誰かが部屋におる。
オダノブナガは気配の察知もできるらしい。たいした職業だ。
まさか、刺客か? 俺は剣に手をかけた。一人や二人の刺客なら返り討ちにできる程度の能力が俺にはある。
――いや、殺気でないのは明らかだ。
ふと、カーテンが揺れた気がした。
「そのカーテンにどなたか、いらっしゃるな?」
そう言うと、そのカーテンからきれいに髪を結いあげた少女が顔をのぞかせた。
「あらら、ついにばれてしまいましたね」
にっこりとその少女は笑って、こちらにすたすたと歩いてきて、頭を下げた。
「ごきげんよう、摂政様。新王の妹、ルーミーと申しますわ」
少なくとも、俺にびくびくしているという様子はないみたいだ。
俺も席を立って、あいさつする。
「はじめまして、摂政をつとめさせていただいております、アルスロッド・ネイヴルです」
「うわあ……殿方って大きいんですのね……」
まるで珍獣でも見たように言うと、ルーミーは背伸びをして、俺との背を測ろうとした。ちなみに俺のほうが頭一つ分以上、高い。
「別にことさら大きいつもりはないですが。むしろ、姫が小さいのかもしれませんね」
「あと、殿方はみんなヒゲ面なのかと思っていたんですが、摂政様はそうではないんですね。むしろ、あごがつるりとしていて清潔です」
「ええ、ヒゲは鬱陶しいので剃るようにしていますが」
変なことを言う奴だなと、ちょっと面白くなった。
「修道院にいると、殿方と出会うことはめったにないもので、おっかなびっくりだったのですわ。それでカーテンごしに様子を見ていたんです。もし、オークやオ-ガみたいな方だったら逃げ出そうと思っていましたの」
「そういう連中はもっと北方や辺境にしか住んでおりませんから、ご安心ください」
世間ずれしてないというのが会話からすぐにわかった。まさしくお姫様らしいと言えばそうだ。
「それに、摂政様は過去に幾度も戦争で武功を重ねた方と言いますから、ずいぶん野蛮な方ではないかと思っておりましたの」
俺は少し声を出して笑った。なんて、正直な人なんだ。
「野蛮というのは否定いたしませんよ。人を殺したことも何度もあります。修道院の教えからしたら、とんでもない悪党かもしれません」
「そんなことはありませんわ」
少女は首を横に振った。
「わたくし、瞳を見れば、その人が悪党かそうではないかはわかりますの。摂政様の瞳は澄んでおりますわ。ですから、摂政様は善人です」
「善人ですか、それはうれしいですね」
「なので、合格です」
いきなり、ルーミーはぎゅっと抱き着いてきた。
「あなたは怖い人でも悪い人でもないみたいですから、あなたのところに嫁ぎますわ。よろしくお願いいたしますわね」
「俺が化けの皮をかぶっているかもしれませんよ」
「いえ、瞳を見れば、それぐらいわかりますわ」
これは、新しい妻とはしばらくおままごとでもするほうがいいかもしれないな。
妻ができたというより、妹ができたみたいだ。
「ねえ、ところで摂政様、ご質問なのですが」
がばっとルーミーは顔を上げた。
「はい、なんでしょうか?」
「摂政様はやっぱりこの王国を乗っ取られるつもりなのです?」
とんでもないことを直球で聞かれた。
「わたくしは修道院でこの国の行く末を見ておりましたわ。そしたら、どうもそうなる雰囲気をぷんぷん感じましたの。修道女の方々もそのようにおっしゃっておりましたし……」
「俺は王に歯向かう敵を倒していくことしか考えていませんよ」
また、満面の笑みでルーミーは抱き着いてきた。
「ありがとうございますわ!」




