52 妻に相談する
俺は正直言ってすごく困惑した。
「陛下、私にはすでにセラフィーナというエイルズ・カルティス侯爵の娘を正室としております……。ですので、妹君を正室にするなどというのはできない相談です……」
「侯爵の娘だろう? こちらは王の妹だ。今の奥方より地位だけなら間違いなく高い。流浪の最中は、この妹をどこの馬の骨ともわからぬ男にやらねばならんのかと悲しい思いもしておったのだが、これで心置きなく摂政殿の妻にしてやれる。亡き父王も喜んでおられるだろう」
新王は完全にこの話を進める気だ……。弱ったぞ……。
「私の妹を妻とすれば、摂政殿は私の義理の弟。あなたにはぜひとも王家の親類となっていただきたいのだ」
それは、たしかにうまい話でもあった。
もし、その妹との間に子供が産まれれば、それは王族の血を引く者だ。新しい王朝を開くうえで、かなり強い大義名分になる。
少なくとも、王家に適当な人間が誰もいないとなれば、王になってもなんらおかしくない。正統性は確保される。自分が王朝を簒奪してないと言い張ることも可能だ。
けど、セラフィーナがどんな気持ちになるだろうか……。
うれしいわけがない。政治的決断だけで妻を不幸にするのはしのびない。
こういった場合、定石としては元の正室が側室ということに形の上ではなるというのが通例だ。
ただし、明らかに妻の実家と敵対するような縁組であった場合は、事実上の縁組解消となって、離縁ということになったり、母方の実家が娘を送還したりする。
「陛下、妹君がまだ十三歳というなら、そう焦る必要もありますまい……。職業を授かる儀も行っておられぬはず。それからでも遅くはないかと……」
「私が王になっておらず、くすぶっているままならそうしたが、いまやあなたも摂政。婚姻関係を結んで、お互いに結束するのは自然なことと思うが」
どうしよう。相手のほうが正論だ。
しかも、場合によっては王家を力ずくで滅ぼす恨みも買うことなく、国を乗っ取れる。俺の目的にも近道になる。
とはいえ、セラフィーナにどう説明すればいいんだ……。あいつは自分の子供を王にしたいだろうし。むしろ、そうじゃない妻なんているだろうか。
「と、とにかく……陛下は王位についたばかりで、こちらも摂政になったばかり……。性急にやる必要はありません……。王都近辺にはまだまだこちらを快く思わぬ者も多いですし、そちらの平定を終えてからでも遅くはないでしょう」
これは事実だ。いきなり王都に攻めてくる奴はいないにしても、様子を見ている者も、前王のパッフス六世派の者もいる。
「そうかもしれんな。だが、考えておいてほしい」
「むしろ、陛下こそ、ご正室をお迎えになることを考えるべきですよ」
ハッセには妻も子供もいるが、流浪の途中に家臣の妹や身を寄せている先の領主の娘を妻としていたため、正室というには身分が低かった。
「そうであるな……。だが、そなたの娘はまだ幼すぎるし、妹殿は嫁がれておるな。さて、誰がよいだろうか……」
よし、ひとまず話をそらすことはできたな。
近いうちにマウストからセラフィーナも王都に来ることになっている。
そこでさりげなく言ってみて、反応を見るか……。
●
俺がしばらく王都を離れられないので妻のセラフィーナが女官を従えてやってきた。
フルールはまだ子供が産まれて間もないので、マウストで休んでいてもらうことにした。
摂政の妻ということで、セラフィーナはこれまでで最も豪華なドレスを着飾っていた。
現在、この国の女でセラフィーナ以上に権力を持っている者はいないはずだ。
「摂政になってる旦那様はさらにかっこよく見えるわ」
会うなり、そう褒められた。
「もしかすると職業のボーナスのせいかもな。カリスマ性みたいなのも身分が上がれば上がるほど、この職業は高くなるみたいなんだ」
「どう、旦那様? これなら王都でも笑われないかしら?」
「今のセラフィーナを笑える勇気のある奴なんて誰もいないさ」
「それもそうね。わたし、王都に来るのは夢だったの。故郷はあまりに王都から離れていたから。帝王学を習ってはきたけど、田舎で使うのと王都で役立てるのとは意味が違うからね」
「セラフィーナ、早速だけど君に伝えておきたいことがあるんだ。政治の話だ」
「ええ、ぜひ聞かせてほしいわ」
俺はその夜、セラフィーナの部屋を訪れた。
まずは、新王に反抗的な領主を滅ぼす計画や、直轄領になった都市の総督に誰を派遣するかといったことを話した。
ある程度、答えが決まっていることでも、セラフィーナはこちらにない視点の提案をしてきたりするから、なかなか意味があった。
とくに女官たちから見た評判といったものは情報としてありがたい。それはつまり、俺の示した人物が優雅で洗練されてるかどうかの指標になる。
王都近辺の都市となると、力を持っている商人も数寄者や芸術家肌の人間が多い。
そこに無骨な人間を総督として任命しても、商人たちがバカにして心から従わない危険もある。
「故実に秀でているなら、ケララという子が一番ね。テーブルマナーも完璧だわ。だけど、一都市の総督をやらせるにはもったいない人材よね」
「そうだな。商人出身のファンネリアにも聞いておくか」
そして、頃合いを見計らって、俺は例のことを切り出した。
「実は、陛下からこういったことを言われたんだ……。純粋に、君の意見を聞きたい」
セラフィーナは話を聞く間、とくに表情を変えたりはしなかった。
「正直、正室には君がいるわけだし、俺も勘弁してほしいと思っているんだけど」
「どうして、そんなに悩むことがあるのかしら」
毅然とした態度でセラフィーナは言った。
だよな。とっとと断れと思うよな。
「ぜひ、迎え入れるべきじゃない! 権力が舞い込んでくるのよ!」
セラフィーナは俺の手をつかんで言った。
「えっ!? いいのか……?」
「わたしは英雄の妻になりたいと言ったはずよ。側室でも英雄の妻には代わりはないし、わたしの力が衰えるわけではないでしょう? むしろ、その十三歳の娘を操縦するぐらいの気持ちでいるわ」
やっぱりセラフィーナは豪傑肌だな。




