5 一夜砦
俺とラヴィアラは砦に「凱旋」した。
砦のほうでも敵は全滅していたらしく、もう殺気立った空気はなくなっていた。
「ミネリアの連中を追い散らしてやった! 砦のふもとまで敵の死体であふれかえっているぞ!」
俺が剣を掲げると、野太い声が響いた。
大きな歓声だ。その声を聞いて、やっと一息つける気がした。
さて、あまりゆっくりしていられない。城将シヴィークと今後の話をしておかないとな。厳密には俺が今の城将なんだけど、城将のほうが呼びやすい。
城将が最敬礼をしてから俺のほうにやってきた。
「このご活躍、すぐにネイヴル城の子爵様にお伝えいたします。証人はこの砦の兵士すべてでございます!」
「いや、俺だけではどうなっていたかわからない。みんなの勝利だ」
「敵は確かに全滅させました。現在、死体を外の川に捨てているところです。置いておくと、腐敗しますので」
砦の裏手は川へと続く断崖なので、その点は便利だ。
「ありがとう、城将、ちょうど今後の相談をしないとなと思っていた」
「城将はアルスロッド様でございます。私のことはシヴィークとお呼びください」
「わかった、シヴィーク。軍議のほうを開こう」
砦の中でも一番奥まったところにある部屋で、俺とシヴィーク、それにラヴィアラを交えて、三人で話をする。
「今回は防戦できたけど、正直、防戦しただけだ。本質的な解決にはまだなってない。むしろ、敵の土地を奪うぐらいのことができないときつい」
こちらのネイヴル領と敵のミネリア領の間には、横に長い川が流れている。川の流れ自体はそう速くはないが、こちらの砦がある東側は大きな段丘になっている。向こうの丘はさほど高くはなくゆるやかだ。
「敵も対岸に砦を築いていますからな。この砦の敵を撤退させないと、状況を好転させるのは難しいかと……」
シヴィークが地図に指を落とす。この人物は歴戦の将だ。その人物が言っているのだから、間違いないだろう。
たしかに川の対岸にそれなりの数の軍隊を置かれたのでは、常に危機が去らないことになる。
ラヴィアラは困ったような顔をして、地図の川のあたりをにらめっこしていた。きっと、何か策がないか考えているのだ。ラヴィアラは昔から策を練るのが好きだった。
「夜襲をこっちからかけますか? 川は夜も流れる音がしていますから、行軍の足音は消されてまず聞こえないと思います」
なるほど。たしかに川は音を消してくれる。敵がやったことをやり返すというわけだ。しかし――
「敵の籠城中の砦を落とせるだけの兵力がこちらにはありませんな……」
向こうだって砦を作って守っているのだ。そんなに大きな砦ではないから、軍隊のすべてを収容しているわけではないようだが、それでも、その拠点のおかげで長期的な攻撃ができている部分はある。
砦に入りきれてない軍隊がいわば攻撃用に追加で徴集した連中ということだ。
「相手に打撃を与えるか、あるいは都合が悪い状況を作れればいいんですけどね……。ラヴィアラは思いつけないです……」
ラヴィアラの頭でもなかなかいい方法が出てこないらしい。
しかし、またしても俺の頭に声が聞こえたような気がした。
――案ずることはない。覇王の経験をお前は共有する力を持っているのだ。
直感的に、奇抜な策を思いついた。
実現可能性がどれだけあるかはわからないが、ある程度の工作兵を出せばできなくはないかもしれない。
「なあ、名案というか奇策を思いついた」
俺はラヴィアラとシヴィークの顔を順番に一瞥した。
「聞いてくれ。敵のノド元に邪魔でしょうがないものを作ってやる」
話の反応は思った以上によかった。できるわけがないとか、無理だとか言われると思ったのだが。
「それぐらい意外性のあることをやらないと、戦局を覆すことはできぬでしょうな。やりましょう!」
●
決行は二日後の夜だった。
敵がもう眠っているだろうという時間に川を渡る。
このまま砦を急襲しようとすれば、向こうもすぐに気づくだろうが、そんなことはしない。
目指すは敵の砦の北側にある丘だ。
襲われることもなく、無事に到着することができた。
あとは、せっせと土を掘る。
とくに敵が攻めてくる方向である南側を壁のようにして攻められないようにする。
もし、攻めてきたら、弓兵で高台から攻撃するつもりだったが、動きはないようだ。
「いいな、みんな! 時間との勝負だ! 朝になった時点である程度できてないと話にならないからな! 指示はすべてこの俺が出す! 今は俺にすべてを預けてほしい!」
兵士たちは全力で働いた。
正直、考えていた以上にみんな真剣に動いてくれている。
きっと、俺が一人で最前線に出たからだ。残っている兵士たちは俺のためなら死ねると思ってくれている。
これまで信頼のおける仲間と呼べるのは一緒に育ったラヴィアラぐらいだった。兄からは
まともな兵力すら与えられなかった。
それがこの砦に来て、ちょっと変わった気がする。
俺、もしかすると、兵や将を扱う素質があるのかもしれない。
それとも、これもオダノブナガという謎の職業のせいだろうか? オダノブナガというのが英雄の名前だとしたら、英雄的なカリスマ性があるのかもしれない。
やがて夜が明けて、空が明るみはじめる。
「みんな、ありがとう。どうにか間に合った」
敵の砦の北側に一夜にして、俺たちの土の砦ができていた。
そう、これが俺の作戦だった。
敵のすぐそばに砦があれば、こちらはそこに軍隊を駐留させられる。
向こうもうかつなことはできないし、なにより敵の土地にこちらの砦があるわけだ。放ってはおけないだろう。
とはいえ、まだ気は抜けない。すぐに敵が攻めてくるかもしれない。それに、緊急で作った砦だ。攻め込んできた敵を弓矢や槍で狙えるような構造にしたが、それも未完成な部分が多いから、朝になっても作業は続行しないといけない。
――よくやったぞ。これぞ、覇王の計略。一日にして敵の土地に砦を築けば、相手の意気をくじき、混乱を誘える。この力、存分に使え。
また、声が聞こえた。
ためしに、こちらから聞き返してみる。
なあ、あんたはオダノブナガって英雄なのか?
――いかにもオダノブナガは覇王の名。だが、今はただの職業名にすぎぬ。ただ、お前がその覇王の職を継ぐ素質を持っているから職として力を貸しているだけだ。お前を操る権利も力も持たぬから安心せよ。
意思疎通ができる職業って何なんだ? イレギュラーもイレギュラーだけど、信じてもいいだろう。疑ったところで、適性職業を消す手段なんてないしな。これが悪魔なら、もう対処法ゼロだろ。
――覇王も若き頃はうつけ者と嘲られた。それでも、名だたる英雄となった。お前にだって、それはできる。
その言葉、信じさせてもらうとしよう。
兵士があわててこちらに連絡を入れに来た。
「敵が攻め込んでまいります!」
そこまでは予想どおりだ。
「よし、みんな死守するぞ! 敵は浮足立ってる! 勝機はある!」
次回、新しい砦を守って戦います!