49 王都を視野に入れる
俺が庭に出ると、さっとオオカミがやってきた。そして、オオカミはラッパのヤドリギに姿を変えた。
「メルヤ県を支配していた伯爵、ザイラン・メルヤが重臣の一人を専横を理由に粛清、それに対して、重臣たち数名がザイランを攻撃、ザイランは居城を脱出して交戦中です。ザイランを支持する者もいるため、県は両陣営に分かれています」
「すぐにシヴィークにそのことを伝えてくれ。そしてザイランのもとには、アルスロッドはお前を保護する用意があると言ってほしい」
「おそらく、ザイランはアントワーニ家を保護している手前、こちらにつけないと思われます」
「なら、重臣の側と組んで戦うと言っておけ」
選択肢などないということを理解させてやる。
俺は軍隊がいつでも動けるように指示を出しておいた。
そして、ついにザイランがメルヤ県回復のために兵を出してほしいと使者を送ってきた。
重臣団はザイランの弟であるサルホーンを傀儡の君主として立てた。ザイランに対する攻撃は徐々に強くなっていて、進退窮まってきたようだ。
時は来たな。
俺はすぐに皇太子ハッセのところに出向いた。
「今こそ、お力をお貸しください。いよいよ王になるべき時が近づいてきました」
ハッセはすぐに俺に作戦を呑んでくれた。
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そして、マウストから一万の軍勢が出撃した。
ただし、総大将は俺ではない。
皇太子ハッセだ。
すぐ横に俺がいるが、あくまでも総大将は皇太子がやる。
「よいな! 伯爵であるザイラン・メルヤを追った奸臣たちを取り除くのだ! メルヤ県は王都からも近い。そんな近くでこのような混乱が起こっているのを見過ごすわけにはいかん! この私に従わない者は王家に逆らう者である!」
皇太子ハッセも久しぶりの戦場ということで声は硬くはあったが、自分の目標が近づいているだけあって、表情は生き生きしていた。
ここで皇太子が出てくれば、現在の王は重臣たちのほうに加勢せざるをえなくなる。
事態はメルヤ県だけの問題ではなくなるのだ。
今回の先鋒は黒犬隊隊長ドールボーに任せた。
容赦なく叩きつぶせと言っていた。
敵はサンティラ家などから増援が来ているとはいえ、せいぜい五千、一方でこちらは一万、さらにザイランの部隊も加えるとさらに数で増す。
敵は籠城策はとらず、平野に打って出てきた。
五千人で籠城することはさすがにできないだろうから、やむをえないのだろう。
それにゆっくり拠点の城で籠城していれば、その間にザイランに巻き返しを図られる。
俺はここで王都までの敵をすべて取り除く。それだけのことはできる。
黒犬隊の隊長ドールボーは一度敵とぶつかるとわざと退き、敵の隊列が伸びるように仕向けた。
そして、側面からも攻撃を仕掛けて、殲滅する作戦をとった。
ワーウルフらしい素早い攻撃だ。
まず、最初はこちらの勝ちと言ってよかった。敵は結局、いくつかの城に分かれて防御する策に移行した。敵の士気はある程度下がった。
「この調子だと、戦闘は長引きますかね?」
その夜、ラヴィアラに言われた。俺が居所にしている屋敷の部屋だ。テーブルには地図が戦略用の地図が置いてある。
「そんなことはないさ。今頃、別動隊が敵の居城目指して動いてる」
「別動隊? そんなの、ラヴィアラも聞いてませんよ……」
「うん。あえて言っていない。軍の周知の事実になってしまうと、敵にも知られるからな」
「とはいえ、ラヴィアラぐらいには言っておいてくださいよ……」
「いくつか理由があるんだ。自分が真打ちだと思ったほうが兵士もやる気になるしな。今頃、シヴィークが二千の兵を率いて、迂回戦術を取りながらメルヤ県の北部を荒らしている」
ラヴィアラは、そこで「あっ!」という声を上げた。
「そういえばシヴィークさんのところを経由せずに今回、軍を進めましたよね……。土地の経営に専念させるのかなと思ってたんですけど……」
「今、敵の居城は多くの兵が出払って中途半端な状態だ。ここを急襲して落とす」
俺は地図の上のコマを両側から動かして、敵のコマに近づけた。
「そして、ここに出ている敵軍もシヴィークとともに粉砕する。メルヤ家は実質、これで滅亡だ」
ザイラン・メルヤはせいぜい傀儡として生きていてもらおう。
俺は自軍のコマを奥へと進めた。
「これはメルヤ県をどうこうする戦争じゃない。そろそろ王都を取るぞ。こちらにつく者もある程度増えている。機は熟した」
この半年は俺に味方する者を調略で得る期間だった。その成果がいよいよ出る。
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翌日から俺の軍は、敵のこもる城を一つずつ着実に攻略していった。
最初に落ちた城の兵士は例によって皆殺しにした。
事前に降伏しない者には容赦しないということを見せつける。
敵に恐怖心を植え付けて、やる気を奪う。一方で、ハッセには皇太子に逆らう謀反人であるとしきりに言わせて、さらに敵の立場を危うくさせる。
このままいけば、ハッセが王になりそうであるということも連中はわかっているだろう。そのハッセに敵対していれば、奴らの立場はいよいよ悪化する。
そんな中、早馬の使いが俺の陣にやってきた。
メルヤ家の拠点であるドクト城がシヴィークの攻撃で陥落して、当主を自称していたサルホーンは王都へ脱出したという。
「バカが。せめて自分たちの軍のほうに脱出すればいいのに。飾りにそんな気概もないか」
俺はその日、シヴィークが敵の居城を撃破したことを伝えた。
「黙っていて悪かったな。だが、あの老兵は俺がナグラード砦にいた頃からの戦友なんだ。王都に真っ先に入る栄誉を与えてやりたかった」
王都という言葉に諸将が色めき立つ。
「こんな県は前座だ。俺は皇太子を王にするため、王都を目指す!」
今回で49話です。次回で50回目を迎えます。皆様のおかげで続けてこれました! 次回もよろしくお願いいたします!




