48 王都支配のための下準備
その後、俺はシヴィークをシャーラ県五郡を有する子爵に任命した。
「あまり平和な土地よりはこういうところのほうがよいかと思って、お前に任すことにした。ネイヴルと同じぐらいに平定してくれ」
「はて、五郡も余っている土地はシャーラ県にはないかと」
たしかに五郡に海軍を有するソルティス・ニストニアの所領を足すと、ほとんど余りはなくなる。
「服属している領主の一部の土地を移す。所詮、小領主だ。どうということはない。むしろ、反抗してくれたほうが話は早い」
「なるほど、それなら私が行くのが正しいかと」
「そうだな。本拠のほうは小シヴィークに任せておけ。いいかげん、小シヴィークもうるさい親から離れたいだろう」
小シヴィークもいい歳なのだが、親父がまったく引退せずに元気にやっているので、家長という感じがないのだ。
「かもしれませんな。メルヤ県に逃げたアントワーニの残党にも気をつけます」
もちろん、それも考えたうえでの人選だ。
「しばらく地ならしをする時間になりそうだ。性急に王都に入るのは怖い。王都の人間からすれば、俺は訳のわからんなり上がりの若造でしかないだろうしな」
まだ、俺は二十歳を過ぎて少し経ったばかりの人間だ。
何をしでかすかわからないと気味悪がられる。
気味悪がられるだけならいいが、それで反抗を誘発するのは少々困る。
――正しい判断だ。木曽義仲も期待に反して都の評判がよくなくて、破滅しおった。上洛する時はよく考えておくがよいぞ。
また聞いたことのない人間の名前を出されたが、俺の世界でも大軍で王都を陥れたが、二か月で奪還されて滅亡した将軍がいた。
食糧を確保していなければ、大軍で攻め込んで王都を奪っても、王都で略奪をするしかなくなる。住民をごっそり敵にまわしては統治などできない。
――そういうことだ。まだお前は覇王の半分も生きておらん。ゆっくりとやれ。あわてた者ほど滅ぶのも早い。
慎重論を言ってくる覇王というのもおかしな話だが、王だろうと魔王だろうと、自分の権力は長く持ちたいだろう。
●
シヴィークがシャーラ県に入る前に服属していた小領主の二人が変死した。
ラッパが殺したとしか考えられない。
そいつらは地元に籠城して反乱を起こしたので、そのままシヴィークを遣わして、鎮圧した。代々、その土地を守っていること以外に何も面白みのない連中だ。
メルヤ家の兵が何度かシヴィークのほうを攻めたが、いずれも小競り合いという感じだった。
この次に攻めとるべき土地についてもヤドリギから聞いた。
その時のヤドリギはワーウルフの踊り子の姿をしていた。
城にいて、おかしくない格好ということだろう。それに踊り子の姿なら、そのまま旅芸人の一座に入って各地を巡ってもなんら不自然ではない。
「メルヤ家は家臣団の力が強いということはご存じですね」
「ああ。連中の合議制で決めるのを旨としているな。それを法によって明文化しているほどだ」
――なんだ、六角のような連中だな。
オダノブナガも心当たりがあるらしい。家臣に牛耳られている領主ぐらいどこにでもいるだろう。
「統制を図ろうとするメルヤ家当主のザイラン・メルヤと家臣団が反発しているそうです。ザイランはどうやら侯爵に従うほかないのではないかと考えているようです」
まあ、県一つを押さえているだけの状態で、俺に勝てるとは思わないだろうな。
「こちらとしてはアントワーニの者たちを差し出してもらえれば、悪いようにはしない――と伝えておいてくれ」
「御意」
「ああ、家臣団に見つからないようにではなく、家臣団にも見つかるように伝えておけ」
「御意」
そうすれば、根も葉もなかろうが、連中は揉める。
揉めれば、こちらに旨味が出る。
戦争以外でも敵を屈服させる方法はある。
「それと、城西県にあるオルセント大聖堂に忍び込んだ者がいるのですが、あそこの大僧正はこちらに味方するのもやぶさかではないと」
城西県は実質、オルセント大聖堂が支配していた。領主は個別に配されてはいるが、ほとんど力を持たない。
「そうか。いよいよ、王都入りのための準備も考えないといかんな。そのために勉強もせねば」
王都のことを何も知らないのでは政治を行えない。
「そういったことは何も知りませんゆえ」
ヤドリギがぺこりと頭を下げた。
「かまわん。適材適所だ。ケララに頼む」
それから先、半年ほどは表面上、俺は落ち着いていた。
ただし、自分ではサボっていたわけじゃない。ケララを呼んで、王都の儀式や政情、王都の人間の価値観に至るまで詳しく訪ねた。
王になるのはを名乗っている皇太子ハッセだが、政治を行うのはこの俺だ。
「よくもここまでご熱心に学ぼうとされますね」
俺がノートまで取っているものだから、ケララも驚いているようだった。とはいえ、ほとんど顔には出さないが。
「田舎者と思われたくないんだ。まず、無力な連中にバカにされるのは腹が立つし、評判が落ちれば、出ていったパッフス六世を呼び戻す流れが起きかねない」
過去、王都を支配した権力者だけならけっこうな数になるが、安定して十年持ちこたえた者となると、話は変わってくる。
その原因は王都に対する無理解だ。
王都というのは、ほかのどの都市とも違う。まず、人口が三万とも四万とも言われている都市はほとんど例がない。ほかにも複雑なしがらみが凝縮しているようなところがある。
「わかりました。私も全力で知識をお伝えいたします」
ケララは決して嫌な顔をしない。たしかに皇太子が真面目一辺倒と言っていたのもわからなくはないが、だからこそ俺は安心も信頼もできた。
家臣をどう使うかも君主の腕の見せどころだ。
「では、王都の商業についてお話しいたしますね」
「ああ、いや、今夜はもう勉強はいい」
俺はケララのほうに近づいて抱き寄せた。
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ケララを抱いた翌日、俺は三人目の父親になった。ちなみに女の子だった。
フルールは気丈な女だが、それは出産にもあらわれるらしくて、立ち会った者の話だと、ほとんど苦しい顔をしていなかったという。
そして、祝いの内々の行事を行っている時に、動きがあった。
隣のメルヤ県で内乱が起きたというのだ。
チャンスが巡ってきてくれたな。




