43 アケチミツヒデという職業
「そこで、ケララというドワーフの女も指揮官として使ってみようと思う」
重要な戦争ばかりだと、能力が未知数の人間を実戦投入するタイミングがなくなるので、こういう地味な戦争も意味がある。
極論、三千や四千の兵を率いて布陣するだけでも敵への威圧になるし、ブランド・ナーハムもありがたいだろう。
「ああ、あの学者騎士と呼ばれる方ですか」
少し、ラヴィアラが冷たい目をした。
「もしかして、妻にしたいと思っていらっしゃいますか? ああいうタイプの方は後宮にいませんからね」
「おいおい、俺は別に好色な男じゃないぞ……。そりゃ、ラヴィアラのところだけに入りびたるってわけにはいかないけど」
セラフィーナの部屋も、フルールの部屋も、そしてラヴィアラの部屋も足が遠くなったと思われないようにちゃんと訪れている。もっとも、三人とも本当に美しいから、通うのは苦痛じゃないが。
歴代の王で、後宮に通って体を壊した者や政務をかえりみなくなった者も知っている。そういうことはないように気をつかっている。
「す、すいません……。ラヴィアラだってアルスロッド様の立場もわかっています。フルールさんもこの方なら間違いないと思って、ラヴィアラとセラフィーナさんで選びました……。ですが、あまり女性が増えるのは寂しくはありまして……」
「心配しなくても、ケララとは何もない。ただ、あいつの実力は買っている」
「そういえば、アルティア様もお子さんに恵まれたらしいですね。女の子だったとか」
今度は俺が微妙な顔をした。
「もし、俺が生まれながらの王だったら、絶対に修道院に入れていただろうな……」
「アルスロッド様も、ラヴィアラと負けず劣らず身勝手ですね」
「なんだと。おしおきが必要だな」
俺はさっとラヴィアラの脇腹に手を入れた。
「アルスロッド様、そこ、弱いんですって……。あっ、こそばゆいです! ダメですって! あははっ! はははっ!」
知ってるさ。長い付き合いなんだからな。
●
俺は三千五百の兵を率いて、南に兵を進めた。
ブランド・ナーハムと合流するのではなく、むしろ、ブランドが挟撃されないようにオルビア県北西部の領主連合を攻撃するという形だ。
オルビア県は山深い土地だが、それはここでもそうで、ゲリラ戦術を使われると、なかなか厄介だ。
「ケララ、お前に三百の兵をつける。それで戦ってみろ」
「承知いたしました」
まずはお手並み拝見といこうか。
近衛兵というのは本来、多くの将兵は指揮しない。ただ、俺の陣営に入っている以上は、場合によっては何千の兵を率いることすらありうる。それができるか見極めたい。
一方で、ラヴィアラは俺が許可を出すと、山野に踏み込んでいった。エルフの血なのか、森に入って戦うような争いだとかえって燃えるらしい。そんな強敵じゃないし、大丈夫だと信じよう。
しばらくすると、ケララが涼しい顔で戻ってきた。戦場とは思えないほどに落ち着いているな。まるで書物でも読んでいる時のような表情だ。
凛々しいというのとも違う。将というより文官に近い空気だ。といっても、大軍を扱う人間になると、粗暴な山男みたいな人間もちょっと合わないのだが。
「やけに戻ってくるのが早いな。上手くいかなかったか?」
「敵将三名を討ち取りました」
「ほう! 短時間にしてはよくやったな!」
なかなかの成果じゃないか。山間部での戦いだし、敵を全滅させるようなことはほぼ無理だ。その中では十分な活躍といえる。
「もしかして、そなたの職業は戦争で活躍できるものか?」
考えてみれば女騎士なのだから、剣士だとか将軍だとか、そういった職業であってもおかしくはない。
「いえ、私はそういった特別な才能は持ち合わせておりません。ですので、古今の兵法書などに基づいて最善と思える手段をとったまでです」
相変わらず冷静沈着な女だ。
「ある意味、そなたの戦い方として適切だな。まだ、いけるか?」
「はい。私は主命に従うまでです」
結局、ケララはさらにそこから敵の将を五人以上討ち取る活躍を見せた。
久々に戦場に出たラヴィアラ以上の活躍だった。もっとも、ラヴィアラはどちらかというと単独行動がメインなので、単純比較してもしょうがないところもあるが。
敵の領主にはかなりの大打撃を与えたし、こちらの被害もほとんどない。ブランド・ナーハムも感謝するだろう。作戦としては大成功だった。
とくにケララの実力がよくわかった。
派手なことはできないが、堅実に敵を倒していけるところは評価に値する。これなら大軍を預けても大きな失敗はしないだろう。
「今回の戦、一番の活躍だったぞ」
戦勝してマウストに戻る途中、馬上で隣り合ったケララに言った。
「そう言っていただけると光栄です」
そういえば、聞いていないままだった。
「ケララ、お前の職業はいったい何なんだ?」
「実は……かなり特殊な職業で、信じていただけないことが多いのですが……」
そこでケララはほんのわずかに顔を曇らせた。
この女でも困った顔をすることがあるんだな。
「お前の言葉を疑ったりなどしない。言ってくれ」
「はい、どういう意味かもわからないのですが、アケチミツヒデと……」
どきりとした。
そんな名前をどこかで聞いたような……。
――覇王の勘はやはりよく当たるな。
そんなところで自分を褒めるなよ。
――アルスロッドよ、気を付けろ。この女はお前を裏切るかもしれんぞ。なにせあの明智光秀が職業なのだからな。
けれど、かえって、俺は面白くなってきたと思った。
そのアケチミツヒデを乗りこなしてやるよ。
なにせ、ずっとオダノブナガが使っていた重臣なんだろ? 利用価値は無茶苦茶高かったって証拠だ。
「そのアケチなんたらの声は聞こえるのか?」
「いえ、職業に声などあるのですか? ただ、有職故実に関する知識が三倍になるというものでしたが……。おそらく、今はついえた儀式をつかさどる役職の名前か何かなのでしょう……」
「そうだな、声など聞こえるわけないよな」
俺のオダノブナガとは根本的に違うらしい。
――やはり、職業になっても自我を持っているのは覇王ほどの男しかできないようだな。
そんなところでも自分を褒めるんだな……。




